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入壁審査

 迅は1つの墓標の前に立っていた。

 オルガの墓だ。


 採掘場から戻った迅が最初にしたことは、オルガの墓を作ることだった。

 無論、壁の中で作られているような立派な墓ではなく、亡骸を土に埋めて適用に石を積んだものだ。

 そこに、生前のオルガが大切に小屋にしまっていた剣を差す。

 なんの変哲もない、壁外では手入れも不可能だったことから状態も良くない、ただの剣だ。


 オルガは過去を語らない男だった。なぜ剣を持っていたかも、今となっては分からず終いだ。


 そのように作られた墓に、迅は両手を合わせて黙祷した。

 この半年間、迅にとってそれはオルガとの記憶だった。名前しか記憶のない迅はオルガに助けられ、壁外で今日まで生きてこられたのだ。オルガが特別迅に良くしてくれていたのは、他者を踏み躙り生きていく他の住人とは違う感性を迅に感じていたからかもしれない。迅とオルガは、壁外では珍しく、互いに助け合い生活していた。


 やがて黙祷が終わると、背後からシオンが声を掛けた。


 「私もいいですか?」


 迅は無言で頷くと、シオンが墓の正面に立てるように横にずれる。


 「ありがとうございます」


 墓前に立つと、迅と同じように手を合わせ黙祷した。

 

 * * *


 ――しばらく前、耀輪車――


 「私の剣となって世界を変えない?」


 「はい?」


 急な誘いに困惑する迅。先ほど「一緒に来ない?」とは誘われたが、なぜ言い回しを変えて再度誘ってきたのか全く理解できなかった。

 あまりにも「なにいってるんだこいつ」な視線を浴びせられ、耀輪車を運転中のシオンの白い顔は徐々に赤く染まっていく。


 「いえ、だから、その……私の組織に来ませんか……っていう……」

 真っ赤な顔をしたシオンが視線を前方に固定し、迅の側を見ないようにして言った。


 少し考えた後、迅はやっと言葉の意味を理解した。

 

 「壁内に……入れるのか!?」


 赤面するシオンに対し、迅は食いぎみに話す。

 迅のような壁外の人間にとって壁内に入ることは至極困難、不可能に近い。

 彼自身、こんなにも早くチャンスが来るとは思わなかったのだ。

 

 「そりゃ、入れると思いますけど。それほどの力があれば…… 多分、王国は力あるものを拒まないので」


 少々自信無さげに言うシオンは、最後に小さく「あまり例はないですが」と付け加えた。


 「もちろん、王国に入ってからの住む場所も提供します」


 迅のテンションの高さとの温度差から、赤面を脱したシオンは本題に入る。

 シオンの目的はあくまでビジネス的な取引だ。バルドの起こした事件の贖罪の意味合いもあるが、同時に明確な見返りも求めている。


 そして、その事には当然、迅も気づいていた。


 「それで、その見返りとして俺はなにをすればいいんだ?」


 そう返答する迅に、満足そうな様子のシオンが話を続ける。


 「話が早くて助かります」


 シオンはすっかりビジネスモードといった感じの振る舞いだ。

 再び迅に向き合い、その要求を伝える。

 

 「ジンさん。専属の傭兵として、私の組織に力を貸してください。その代わり、先ほど伝えた通り壁内での衣食住は保証します」


 * * *


 ――アルカディオン、壁内へ続く門――


 オルガを弔い、壁外でやることを済ませた迅とシオンは、アルカディオン王国へ入国するための門に来ていた。

 高く聳え立つ壁に作られた、高さ5メートル程度の鋼鉄で作られた扉。

 多くの壁外の民がこの門をくぐることを夢見て、そして諦めてきた楽園への扉だ。


 シオンはその扉の脇に記された魔術的な印に手の甲をかざすと、ゆっくりと音を立てながら扉が開く。

 扉が完全に開くと、シオンがその中に入っていった。


「これ、本当に俺が入っても大丈夫なんだよな?」


 迅が扉の外から声を掛ける。

 彼は過去に、監視員がこの扉へ入る隙に侵入しようとした男が両足を粉々にされてつまみ出される衝撃的な瞬間を目にしたことがあった。

 そのことから、壁の扉に入ることを躊躇しているのだ。


 そんな迅の様子を見たシオンが呆れ顔で手招いた。

 

「大丈夫ですから、早く来てください。」


 急かされた迅は覚悟を決めたのか、おそるおそる一歩踏み出す。

 迅が完全に扉の中に入ると、扉はひとりでに閉まり「ガコンッ」というロックの音が鳴った。

 

 * * *

 

 扉の中は一直線に続く石造りの廊下が広がっており、入口近くの両壁には人の出入りを管理するための窓口が設置されていた。

 窓口に座っている女性が、壁外から入ってきた迅とシオンに声を掛ける。


「おかえりなさいませ。シオンさんですね。もう一人の方は……未登録……?」


 迅を見た途端、柔らかな表情だった窓口の女性の顔に警戒の色が走る。

 

「未登録の方が入国することはできません。事情がある場合でも事前の連絡無しに扉を通過した際は、警告せずに即処分することがあります」


(え!?)


 淡々と恐ろしい発言を続ける女性に、迅は戦慄した。


「シオン!どこが全然大丈夫なんだよ!」


 小声で問い詰められたシオンは、「大丈夫です」とだけ返すと入国窓口の女性と会話を続けた。


「彼は魔力の適正があるんです。計測すれば入国できますよね?」


「それは測定結果によります。極めて稀なケースですが……」

 

 女性は迅に対して疑いの目を向けている。

 しかし、仕事は仕事なのだろう。魔力を持っているという証言がある以上、マニュアルに則って測定を受けさせる必要があると判断された。


「では窓口の隣の扉に入り、測定を受けてください」


「ありがとうございます」


 シオンが短く礼を言うと、「こっちです」と迅を手招く。

 その様子をみた窓口の女性は、去り際のシオンに言った。


「今度から、こういう時は事前に連絡してください。あと……今朝一緒だった男性はまだ壁外に残っているんですか?」


 もう一人の男性……バルドのことだ。


「死にましたよ。この人が殺したんです」


「えっ?」


 そう言うとシオンは先に廊下を進んでいってしまった。

 門に入ってから一番の驚きを見せる女性に、迅は軽く会釈をするとシオンの後を追う。


「なあ、俺、門をくぐった瞬間に殺されてもおかしくなかったんじゃないか?」


 スタスタと早歩きなシオンに並走し、その顔を覗きながら迅が問い詰めた。

 それに対して「結果的に大丈夫だったじゃないですか」と迅に見向きもせずに言い放った。


「……実は知らなかったんだろ」


「そんなことありません」


 シオンは強がった。

 

 * * *


 アルカディオンへの入国もとい入壁に必要な要素は、単純に()()()()()()()()()()()()()()である。

 もちろん、財力などの例外もあるが基本的に必要なのは魔力だ。


 窓口の隣に位置している扉を開くと一人の小太りな男が待っていた。

 部屋の広さは人間5人がかろうじて入れる程度で、既にその男が2人分のスペースを占めていた。


 「や、やあ……き、君が魔力を測定しに来た人……?」


 会話慣れしていないのかたどたどしく話す男は1本の黒い剣を持っていた。

 シオンが肘で迅の背中をつつく。

 先ほどの迅とのやり取りで図星を突かれたせいか、「ここからは自分でやってください」といった風に対応を迅に丸投げした。


(まあ、俺のことだしな……)


 一応、自らを納得させた迅が男と向き合う。


「えーと、そうです……それで俺は何をすれば?」


「か、壁の人が外の人呼ぶ……こっ、こんなこと……滅多にないから……方法、考えた……」


 つまり、誰かの紹介で壁外の人間が入国を試みるという前例が少ないのだろう。

 新参者の魔力測定の方法については、あまり定まっていないみたいだ。


 男は持っていた黒い剣を迅に差し出すと。説明を始める。


「こ、これ……お、俺の剣……。魔力を込めると、光る……。ま、魔力……足りなかったら……ひ、光らない……。そ、そのときは……君……殺す」

 

 魔力で反応する剣を扱えなかったら殺す。単純に言えばこういうことだ。


(まずいな……シオンが言ってたけど、俺から魔力を一切感じなかったらしいし。この剣、反応しないんじゃないか……?)


「や、……やってみて。身体、強化と……同じイメージ……」


 不安を抱く迅に、男が黒い剣を渡してくる。


(身体強化なんて知らねぇよ……)

 

 迅はシオンの方を見てアイコンタクトで助けを求めるが、なんの助け舟を出す素振りも無くなぜか余裕な表情で迅を見ていた。


 (ドヤ顔じゃねぇか……)


 ――やるしかない。覚悟を決めた迅は剣を受け取り、心の中で祈るようにして力を込めた。


(あっ、でもこれ……)


 剣を握ってすぐ、迅は気づいた。黒い剣が白い輝きを纏い始める。

 

 そう、ルナクタだ。

 迅は魔力ではなくルナクタのエネルギーを剣に注ぎ込み、疑似的に剣の機能を再現したのだ。


「おおおお……お、お前、本当に……魔力、持ってる」


(ちょっと残っててよかったぁ……)


 心の中で迅は安堵した。

 魔力測定が光る剣だったことも、バルドと戦った際のルナクタが微量に残っていたことも、迅にとって僥倖であった。


「じゃあこれで魔力は証明できましたよねもう行ってもいいですか?」


 剣が光ったのを確認するや否や、シオンが急かすように背後の扉を開けながら言った。

 

「え!?、あ……うん……」

 

 男は急に急かされて少し驚いた様子だが、確かにその言葉に肯定する。


「あ、じゃあこれ返すんで」


 迅もシオンの意図に気付き、すぐに光っている剣を男に返却しそそくさと扉に向かった。


「じゃあ私達はこれで……」


 二人が室外に出たところで、シオンが別れの挨拶をして扉を閉めた。


 * * *


「あっ、生きて出てきたってことは本当に魔力があったんですね」

 

 部屋を出ると、門の窓口にいた女性が声を掛けてきた。

 それに対して、シオンは「はい。それでは急いでいるので……」と会話が広がらないように、無理やり切り上げる。

 

 女性は少し不思議そうな表情を浮かべるが、「いってらっしゃい」と迅達を見送った。


 * * *


 二人は小走りで廊下を進む。

 

「なあ、さっき言ってた“登録”ってのは?」

 

 突如、迅が思い出したかのように言った。


「壁の外に出る人が必要な手続きですよ。あれには魔力が要るので、そもそもジンには無理ですよ」


「やっぱり俺の力、魔力じゃないのか……」


「ええ。力を使ってても、全く魔力を感じませんから。それに気づかないあの男もどうかと思いますが……それよりも……急ぎましょう」

 

「……だな。極力長持ちするように込めたつもりだけど、そろそろやばい頃合いだと思う」

 

 ここまで迅達が急いでいるのは理由があった。

 測定に使用した黒い剣。あの剣は、迅がルナクタを流してしまったので直に崩壊する運命にあったのだ。


 例え、目の前で剣が破壊されても「実は魔力がありませんでした」という考えに直結する可能性は低いだろう。しかし、今ここで問い詰められる事だけは避けたいと二人は考えていた。

 

 二人は歩くペースをさらに速める。その後方では窓口の女性が不審そうに見ていたが、二人は気にしない。


 やがて廊下の最奥。アルカディオン王国の入口へと到達する。

 それは、外から入ってきた門と同様の形をしていた。


「さあ、いきましょう」


「ああ……!」


 迅は期待していた。外の住人達が楽園だと語っていた――壁の中。

 ついにそこに至れるのだと。


 そして、見つけなければならない。

 迅、そしてオルガ達を虐げていたその元凶たる存在を。


(ぶん殴ってやんないとな……)


 やがて、扉が開かれる。


 「――ようこそ、壁の中の地獄へ」


 シオンが皮肉交じりに歓迎の挨拶を唱えた。

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