私の剣
迅とシオンは、互いに無言で見つめ合っていた。
たった今殺した男と目の前の女の関係を見定めるように見つめる迅に対し、シオンは得体の知れない魔術でバルドを始末した迅を警戒するように睨んでいる。
先に口を開いたのは、シオンだ。
「あなたは……何者ですか……誰かに雇われて採掘隊に紛れていた……?」
恐る恐る問い掛けるシオンに、迅が答える。
「俺は誰にも雇われていない。ただの光掘りだ。」
光掘り――それは、壁外でルーミナイトを発掘させられている者達。迅やオルガ達を指す蔑称だ。
その単語を聞いたシオンは一瞬、やや気まずそうな表情を見せる。
彼女は壁外の人間に対して差別意識を持っていない。壁外に関してただ無関心なだけなのだが、光掘りと名乗られたことで、壁内の業を見せつけられたような気分になったのだ。
「バルド……その男を殺せる魔術師が、自分をそんな蔑呼で呼ぶことがあるんですね」
シオンの皮肉混じりの返答を、迅はあえて無視して自身の問いを投げ掛けた。
「俺にも聞きたいことがある……モンスターの襲撃はこの男とあんた、二人でやったのか?」
やや怒気が感じられる語尾の強さにシオンは気圧される。
シオンは小さく首を振りながら、しかし目線は迅から外さないように恐る恐る答えた。
「私はなにもしていません……その男が一人で全部やったことです……」
その額には冷や汗が浮かんでいる。
それに対して、迅がすぐに何かを言うことは無かった。見定めるようにシオンを睨み付けながら思索しているようだ。
数秒の沈黙。シオンにはそれが、とても長い時間に感じられた。
――しばらくして、迅がやっと口を開く。
「わかった。たしか、あんたもこの男に襲われていたもんな……信じるよ」
「……ありがとう」
シオンはホッとした様子だ。
バルドと共犯だと思われてしまったら今度は自分が殺される。その危険が去ったと判断したシオンは気を取り直すように会話を続けた。
「私はシオン……それで、本当にあなたは何者なんですか?力を持っているのになぜ壁外に?」
当然の疑問だ。
光彫りを自称するのなら、迅は壁外の人間ということになる。それはつまり魔素を扱う力、──魔力を持っていないということだ。
バルドと戦える人間が魔力を持っていないということはありえない。
「自分が何者かはわからない……半年前から記憶が無いんだ。それに、この力もさっき身に付けた」
自分ですら理解できていないといった風に答える迅。その様子を見たシオンは訝しむように迅を見ていた。
「"さっき"って……」
(言っていることが本当なら、壁外で暮らしていたということも筋が通る。しかし、彼は本当のことを言っているのだろうか?あの戦い方だって、一朝一夕で身に付くモノではない。実はバルドを殺すために雇われた殺し屋でした、のほうがまだ納得が行く)
「なぁ、シオン……だっけ」
「えっ」
呼び掛けられ、シオンはハッと我に返った。
「その、今日の採掘は多分もう無理だよな?」
唐突な話題の切り替わりに、シオンは面食らってしまった。そして、今日の採掘量が未達であることを思い出す。
バルドの計画は迅によって阻止されたが、監視業務の失敗という点に置いては計画通りに進んでいた。このまま王国に戻っても黒縄会がシオンをどう扱うかわからない。
「そ、そうですね……」
心ここにあらず、といった様子のシオンが返答する。一瞬、迅と二人がかりで採掘を続けることも考えたが、時間的猶予の無さと、そもそも今の状態の迅に自身の尻拭いをさせるのは危険だと思い断念した。
そんなことは気にも止めてないかのように迅は話し続ける。
「だったらもう、王国まで送っていってくれないか?友人を早く弔ってやりたいんだ」
(友人……?)
シオンの疑問を他所に、迅は少し離れた場所に寝かせていたオルガの遺体を担いで戻ってきた。
その様子を見たシオンは理解する。
採掘隊は全滅したであろう中、迅が一人の遺体だけをここまで運んできたということに。
迅がオルガの亡骸に向ける、憂いを含み故人を偲ぶ様な表情。それをシオンは作り物だとは思えなかった。
(彼はきっと、本当のことを言っている。本当に壁の外で過ごしてきたんだ。壁外で暗躍するような王国の殺し屋が、人の死を偲べる筈がない)
「ごめんなさい……その、私がもっとしっかりしていれば……」
頭を下げるシオン。
それを見た迅は少し驚き、そして困ったよう笑った。
「そんなことを言う監視の人は初めて見たよ」
「バルドは私が雇った傭兵です。知らなかったとは言え、気付けなかった私にも責任があります……」
自身の力不足が要因の一つとなり、誰かの大切な人を奪ってしまった。シオンはそのことを謝罪せずにはいられなかったのだ。
迅は少し悩んだ末に穏やかな表情を作って言った。
「……いいんだ」
オルガの仇は既に取った。迅にとって、それはバルドだ。
シオンに襲撃の意図が無かった以上、彼女に対して何かの責任を求めることはない。
迅は、オルガの遺体を丁寧に荷台に詰んだ。
* * *
「ジンさんはこれからどうするんですか?」
帰路に着く準備が整い、二人は耀輪車に乗り込んだ。
シオンが"天城迅"の名を聞いたとき、王国の人間には名字が無いことから名前を"アマギジン"と勘違いしたことは、また別の話である。
「とりあえずオルガを弔う。形だけでも墓を作ってあげたいんだ。それからは……」
耀輪車に揺られながら、迅はそこで言葉を止めた。
これからのことを聞かれ、オルガの遺言がフラッシュバックしたのだ。
「それから……?」
耀輪車のハンドルを操作するシオンは、言葉を詰まらせた迅を心配そうに見ている。
そして、先程と比べてやや清々しい表情をした迅が、止まっていた言葉を再び紡ぎ出した。
「王国でふんぞり返ってる奴らをぶん殴りに行くんだよ」
「へ?」
拳を握り自信ありげに話す迅の回答を聞くと、シオンは大きく美しい薄青色の目をぱちくりさせて面を食らっていた。
「いや、シオンのことじゃなくて。こう、今の王国……壁の外に溢れた人間を押しやって奴隷扱いするようなシステムを作った奴ら。そいつらをぶん殴りに行くんだ」
「……」
シオンは黙り込む。その耳に入った言葉がとんでもない無謀だったからだ。
この王国では純粋な強さや権力、そして金、それらが力とされており絶対の基準である。力を持った個人や組織が上に立ち、力無きものは虐げられる。それは、壁の内も外も変わらない。皆それを受け入れて生きていた。
それを真っ向から否定し、「ぶん殴る」とまで言って見せた男が目の前にいる。
普通ならとんだ大馬鹿者だと笑われるだろう。しかし、シオンは迅から妙な説得力、凄みを感じずにはいられなかった。
「ねぇ、だったら……」
シオン自身、壁内でその言葉を聞いたところで靡かなかったかもしれない。壁外という広い世界で、単にシオンの気が大きくなっているだけなのかもしれない。
だが、彼女は明確な意思を持って決心した。
「私と一緒に、壁内に来ない?」
――私の剣となって世界を変えない?
序章となる第一章はこれで完結となります