表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

一閃両断

 漆黒の館、その外で迅とリヒトは向かい合っていた。


 日が落ちてからさらに時間が経過したからか、出歩いている人間は皆無だ。

 灯りも無く暗闇に包まれた大通りの中、唯一、石煉瓦で作られた黒縄会の建物の周辺だけが、いくつかのルナクタの灯りによって照らされていた。


 迅は自身の右腕に目を移す。

 先ほど切り落とされた迅の右腕は、ルナクタの光と共に接合され、元の姿を取り戻しつつある。

 

 リヒトはその様子を静かに眺めていた。


「律儀だな」


 迅がリヒトを睨み付けながら言った。それに対してリヒトは言葉を返さない。


 二人の間に沈黙が流れる。


 やがて、迅の右腕の輝きは収束し、完全に接合された。

 

 その光が絶えるその瞬間。二人は同時に地を蹴り、距離を詰めた!

 

 二人のスピードはほぼ同じだ。

 駆け出した地点の中間点で2人は交わる。迅はそのつもりで構えていた。

 刀と素手、その間合いの差を埋めるべく、中間点へ至る直前にルナクタで加速。


 しかし、迅の想定する交点から数メートル手前、リヒトは急停止した!

 腰を落とし、左手で握った鞘から刀を抜く動作と共に斬り上げる。


 居合斬りだ。

 

 だが、リヒトの立ち位置は間合いの外であり、迅に届く距離ではない。

 当然の如く、碧色に輝いた刀身は空を薙いだ。


 空振りか?

 

 否、これは刀身に込められた魔素を拡張し、実物の刃では届かない距離の対象を切断する、魔術による斬撃だ。

 そして、迅を右腕を切り落とした斬撃の正体でもある。


「……!」


 リヒトが刀を抜いた瞬間、迅は何かに勘付き、身体を右側に捻るように身体を逸した。

 刹那、先程まで迅の正中線を示していた位置に、キィンという音と共に閃光が走る。

 

 紙一重の回避だ。

 迅は魔素を感知することは出来ない。ゆえにこの斬撃が描いた閃光の軌跡すら、彼が捉えることは不可能である。

 しかし、迅は右腕を切断された経験と、天性の直感(センス)で不可視の斬撃を察知したのだ。


 それを見たリヒトは、一瞬、驚いた表情を見せる。

 彼の繰り出した一撃は、たとえ魔素を感知できたところで並の、いや、熟練の魔術師ですら回避困難な不意の一撃なのだ。

 完全に()()()()()という確信を裏切られた彼は、逆に隙を晒してしまう。

 

 そして、迅はその隙を見逃さない。


 迅は地面に手を伸ばすと、小石や砂を鷲掴みにし、掬い上げる動作でリヒトに向けて放り投げた。


 放り投げたと言っても、それらはルナクタの光を纏っている。

 リヒト目掛けて猛スピードで直進した。


 通常、投石や、弾丸でさえ、身体強化魔法に長けた熟練の魔術師にとって脅威たり得ない。

 しかし、取るに足らない筈の投石や、空気抵抗によって霧散してしまう砂は、ルナクタによって物理法則を超越した高速の散弾と化す。


 当然、リヒトはそれらが通常の砂かけとは異なることを理解していた。

 だが、隙を突かれ、避けるという選択肢が無くなったリヒトは、それを正面から受ける他ない。

 咄嗟に両腕で頭部を守るが、腕や胴体、脚など全身に散弾を浴びて、苦痛の声を上げた。


「ぐぅ……」


 小石は肉にめり込み骨を軋ませ、それよりも小さな砂はそれぞれが身体に突き刺さり肉を抉る。

 身体強化魔法が無ければ文字通り蜂の巣になっていただろう。


 迅はそのまま走り続け、怯むリヒトの胴体に思いきり拳を突き立てる!

 恐るべき慣性の乗った拳によって、身体がくの字に折れ曲げられ吹き飛ばされたリヒトは、その先の民家に激突。

 民家は音を立てて半壊した。


 「な、なんだ!?」

 

 中から驚いた表情をした家主の男が顔を出す。

 崩れた木造家屋の一部、その中にリヒトが埋まっているのを確認した男はリヒトに駆け寄った。


「おい!あんた大丈夫か!?」

 

 男が木材の山を素手で掴み、それを撤去し始める。


「今助けてやるからな……」


 リヒトを助け出そうとする男を、迅は黙って見ていた。先程の一撃に十分な手応えを感じていたのだ。


 しかし、唐突なキィンという音と共に、男の顔を一閃、閃光が縦断する。

 

 男の顔が縦に真っ二つとなり、ズルリ……と顔面の前半分が落ちた。

 即死だ。


「マジか……」


 迅が驚きの声を上げる。

 

「B級上位……いや、A級レベルか?」

 リヒトの声だ。

 リヒトを下敷きにしていた木材は、先程の一刀で解体され、中からはほぼ無傷のリヒトが現れた。


「見くびっていたよ、()光掘り」


 リヒトは迅を見据えて言う。


「本気で殺してやる」


 碧色の刀身が、さらに濃く輝いた。


 * * *


 ――さて、どうしたものか。


 迅は先程の一撃に全てを掛けていた訳ではない。

 が、渾身の一撃を叩き込めたのは、リヒトが迅の強さを見誤っていたことに起因する。


 ここから先は油断無し。

 あのような好機はもう訪れないだろう。


 ――俺にも武器が必要だ……

 素手で倒しきれなかった以上、迅は武器となるものを必要としていた。しかし、辺りを見渡しても得物と成り得る物は無い。


「行くぞ」


 居合の構えを取ったリヒトが呟くと、刀を抜き、そのまま横方向に薙いだ。

 動作の走りを見た迅は、やむを得ず垂直方向に跳躍。刹那、閃光が走り空気は振動する。


 リヒトはさらに、宙に浮く迅を目掛け返す刀で斬り上げた。

 

 2撃目は回避不可能と見た迅は、自身の左斜め下方向から迫る不可視の刃を、右足で強く踏みつけた!


 その瞬間、バチッ!という音と共に、迅の右足に込められたルナクタとリヒトの魔素の刃が爆ぜて火花のように散る。

 

 太刀筋は不可視だった。

 つまり迅は、数メートル先で振り抜かれようとしている刀の向きだけを頼りに踏みつけ、斬撃を防いだのだ。


 神業で攻撃を凌いだ迅は、宙返りで着地。

 そのまま地を蹴って飛び出した。


 ――消費は多いが、ルナクタでガードできることはわかった。このまま接近戦に持ち込む……!


 壁内で手に入ったルナクタは純度が高く、燃費も良い。

 しかし、腕の再生や身体強化、そして先程のガードで迅の身体に残ったルナクタの残量は1/3近くまで消費されていた。

 辺りにはルナクタの街灯が設置されているが、それを吸収する隙は無く、迅の選択肢は短期決戦に限られているのだ。


 一瞬で間合いを詰めた迅に対し、リヒトは刀の柄を短く持ち、碧い刀身を短刀のように縮小させて応戦する。インファイトにおいて、リーチの長い武器は取り回しの悪さが仇となるが、彼の刀には無関係だ。

 迅の拳や膝から繰り出されるラッシュに合わせ、刃を当てるようにして攻撃を捌く。

 それは、生身で繰り出される攻撃に対してのカウンターともなる。


 しかし、何合打ち合おうと、迅が傷付くことはなかった。

  

「硬すぎんだろ!!」


 ついに、冷静さを欠いたリヒトが叫ぶ。


 迅は攻撃の瞬間、多量のルナクタを局所的に纏うことで、手や脚が刃で傷つけられることを防いでるのだ。


 ――纏う、当てる、戻す、纏う……

 迅は心の中で唱える。

 

 彼は、体外で纏ったルナクタを、攻撃後に再吸収することで消費されるルナクタを最小限に止めていた。

 戦いの中でルナクタの効率化を修得したのだ。


 やがて、徐々にリヒトが圧され始める。

 危なげなく攻撃を捌いていたリヒトの額には脂汗が滲み、その精彩を欠いた動きからは、先程までの余裕は見えない。


「……!」

 

 やがて――迅の攻撃を抑えきれなくなったリヒトは、致命的な隙を晒す。


「チィッ!」


 これで最後かもしれない、好機(チャンス)

 

 ルナクタの光を集中させることを修得した今の迅であれば、その拳でリヒトの身体強化を貫いて破壊することが出来る。


 必要なのは、治癒魔法ですら修復不可能な致命的破壊だ。


 『魔術師を殺すなら、頭か心臓を狙え……』


 突如、迅の脳内にフラッシュバックめいた言葉が響く。

 狙うべくは、――心臓だ……!


()った」


 重く、鈍い音を立てて、迅の光る拳がリヒトの胸部に突き立てられる。

 ルナクタの光が花火の様に散り、衝撃波がリヒトの全身を覆うように駆けた。


 リヒトの表情は苦痛に歪み、やがて体内で行き場を失った大量の血液が口から溢れだした。

 

「グ……フッ……」


 そして、そのまま迅の方向に力無く倒れ込む。

 

 胸部に突き立てられた迅の拳に支えられるような形になるが、そのバランスも崩れ、右斜め前方に倒れ始めた。


 しかし、


「……くッ!」

「……!」


 迅は驚くべき光景を目の当たりにする。

 渾身の一撃で心停止させた筈の男が、自身の右足を踏み出し、バランスを取り戻したのだ。


 次の瞬間、リヒトの身体から魔力が溢れ出す。

 それは、魔力を感じ取れない迅にすら、何かが辺りに充満する感覚を与えた。


 ――何かヤバい……!

 

 得体の知れない危機感を覚えた迅に、行動を起こす暇すら与えず、リヒトが吐血混じりに小さく呟いた。

 

「――識界(ダアト)


 刹那、迅の右腕の肘から先が地面に落ちる。

 

 ――何が起きた!?なぜ生きてる?……斬られたのか!?


 疑問に思考を支配されつつも、迅はリヒトから距離を取る。

 4,5メートル離れたところで、空間を満たしていた何かの気配から脱したことを感じ、リヒトを見据えた。


「衝撃の……ハァ……分散だ………」


 満身創痍のリヒトが口を開く。


「殴打の瞬間……衝撃を……全身に分散させた……」


 ――時間稼ぎか……


 この瞬間にもリヒトは治癒の術式によって自らの傷を回復している。

 もちろん、迅もそれは理解していた。しかし、迅にもそれを咎められない理由がある。


 ――ルナクタが切れた……腕の止血に使った分で最後だ。


 付近にはルナクタの光源があるが、近い距離では無い。隙を晒して取りに行くのはリスキーだ。


「分散魔法は……変換した魔素の発散に使う……胎衝撃に転用したのは初めてだけどな……」


 ――くそッ……なにをしてるんだ俺は!一か八か、ルナクタを回収するべきだ。


 間も無く、リヒトの回復が完了する。それまでに行動を起こす必要があった。


 ――いや、待てよ。


 不意に過る、1つの考え。

 

 変換した魔素の発散……そして、腕を切り落とした不可解な斬撃。あの瞬間、迅の周囲には存在感のある何かが充満していたことを思い出していた。


 ――イメージしろ。これは、きっと俺の解釈次第でどうにでもなる。


「何を考え込んでいるんだ……まさか、息切れか?」


 既に回復を終えたリヒトが問い掛ける。

 息切れ。迅にその言葉の意味はなんとなくでしか理解出来なかったが、おそらく、魔術師にとってのルナクタ切れのようなものだと推測できた。


「なら、終わりだな」


 リヒトが刀を構える。

 迅は腕を伸ばし、掌をリヒトに向けた。


 その様子にリヒトは一瞬だけ警戒したが、何も起こる気配が無いことを悟ると、攻撃動作に入った。


「死ね……!」


 ――!!


 抜刀、そして居合切りの発生の直前。それは起きた。


 リヒトの足元に落ちていた迅の右腕。

 それが眩い光を放ち、爆ぜた!


 撒き散らされた血しぶきと光は指向性を持ち、間近のリヒトに降り注ぐ。


 ルナクタは万物に有害である。


 リヒトに付着した光はルナクタの収光現象を発生させた。

 付着した箇所から黒く変色し、激痛を伴い肉体を破壊する。上半身を中心に降り注いだことで、一部は顔面にまで付着し、完全に視覚を奪った。


「ぐッ……!」


 迅は何をしたのか?

 彼は、リヒトの使った謎の切断攻撃から着想を得て、遠隔でルナクタを操作することに考えついたのだ。

 迅の身体にルナクタは残っていない。なら、切り落とされた腕には?

 渾身の一撃を繰り出した直後に切り落とされたのなら、少なくない量のルナクタが残っている筈だ。


 ――腕を炸裂させ、ルナクタを浴びせる。ここまでは上手く行った……!


 一か八か、迅は賭けに勝った。


「クソッ……!なんだ!!」


 しかし、魔法が使えない者達には致命的だった収光現象も、治癒魔法が使える魔術師には目眩まし程度にしかならない。

 現に、リヒトは痛みを伴いながらも治癒魔法によって、蒸発した部分の肉は埋まり、黒変した皮膚は元の色を取り戻しつつあった。


 だが、それで良い。

 迅にとって、その役目は目眩ましで必要十分。


 やがて回復したリヒトの眼に移るのは、少し離れた場所に立つ迅だ。

 今は光を失っているが、先程までは黒縄会の庭を照らしていた光源の足元。


 その場所には光輝く迅が立っていた。


「ルナクタ……?マジかよ」


 隻腕となった迅と、未だ無傷だが明らかに疲弊しているリヒト。


 その決着が、付こうとしていた。 


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ