思い出してはいけない言葉
また、夢が記憶に残った。
嫌な夢だった、恐ろしかった。全世界に向けて夢流しをするつもりでこれを書くことにしている。いつもの文章化とは気分が違う、愉快の共有ではなく恐怖故の夢流しだ。
三日、待った。記憶が薄れ、忘れてしまうのを待ったのだ。だが駄目だった。未だ、夢の中で聞いたあの声が、ふとした時に脳裏に蘇る。
本当は、この文章化シリーズに載せるつもりはなかったのだ。あまりにも嫌で、怖くて、記録に残したくなかったから。
だが、薄れていかないこれを、一人で抱えているのも嫌で、ついに、書くことにした。
ホラーが苦手な方には注意を促しておく。私の力量ではあの恐怖を表現するには足りないと思うが、念のため。
その夢は、確か夢全体のほんの一部だったと思う。それまではいつも通り楽しく、変な夢を見ていたのである。何せ夢の中の私は百合作品同人即売会(In 何かすげぇ山奥)に機嫌良く参加したりしていたのだから。
だが、不意に場面が揺らぎ、百合作品同人即売会の会場であったはずの山奥は、突如として夢の中の私が生まれ育った町になり、目の前にあったはずのえちえち百合小説は姿を消した。泣いていいか??
その町は山奥にあって、手前を道路と、奥を森と接していた。そして、その森に“何か”を祀っている。年に一度、その“何か”に関する祭りを開催していて、数年に一度の周期で祭りの名が「○○祭り」から「○○大祭」に変わる。
そして、その“何か”の在る森には、決して入ってはいけない。祭りの時も、大祭の時も、決して。
普通なら、神輿は神社等、祀るべき神の坐すところを出発するものである。だが近づいてはならないが故に、この町の神輿は古ぼけた公民館から出発して、最後に森の前に置かれるのである。神輿の意味を成していないように思うのだった。
神輿が置かれる森の入口は奇妙なものであった。枯れた川のような様相なのである。しかもきちんと整備された。
まず広がる河川敷。コンクリートで固められた幾つかの坂と平らな箇所を挟んで辿り着く川底。河川敷も、そこから下っていく坂も平らな所も川底も、少しの芝生の緑と枯れた雑草の薄茶色に覆われていた。
その川底に当たる部分を歩いていくと森に入るのである。先が緩やかに曲がっていて終点は見えない。一体どうしてこのような形で整備されているのか、更には、入ってはいけないはずの森の奥まで、一体誰がどうやってこの川のような道を整えたのか。
……夢の中の私の視点に戻る。
突如、この不気味な町に、この町で生まれ育ったという属性を付けられて放り出された夢の中の私であったが、夢の中あるある現象として特に困惑することもなく新しい舞台を受け入れていた。
次の年の祭りは大祭になるらしく、それについて同い年の男友達と女友達と一緒に広々とした枯れた原っぱを歩いていた。
その枯れた原っぱは、先程の河川敷にそのまま繋がっている。私は遠目に見える森の木々を眺めつつ「大祭の当番に当たるなんてね」と男友達の不運を嘆いていた。大祭の支度は大変なのである。
その時ふと、男友達が「何か落ちてる」と足を止めた。釣られて止まり、その視線の先を追えば、地面に鮮やかな物が見えた。しゃがんで確認すると、それは赤いビー玉だった。
「お、ビー玉じゃん」
「わ、ばっちくない?」
男友達はご機嫌にビー玉を拾い上げてまじまじと眺めた。地面に落ちている誰のものだったかも知れないものを拾うなんてばっちい、と潔癖な私は顔を顰める。
変化は不意に現れた。
ビー玉を眺めていた男友達の目が正気を失って焦点を失くす。ふらふらと泳いだ目が、数歩先にまた別のビー玉を見つけ、彼はゆらゆらと一歩踏み出してそれを拾う。
「え、何……?」
「な、何か変じゃない? ね、ねぇ」
私と女友達は様子のおかしさに困惑して男友達を呼んだが、彼はそのまま点々と落ちているビー玉を追って歩き始めていた。拾い、進み、拾う。次第に前屈みになり、膝が地につき、両手が地面について、それでもビー玉を拾いながら彼は這いずり進んだ。
「な、なに、これ」
「ビー玉、どこまで続いてるの? どこに連れていこうとしてるの?!」
「さ、先回りしてみる?」
女友達が言うので、私たちは這いずる彼を追い越してビー玉の続く先を追った。地を覆う枯れ草の中、点々と落ちている赤、黄、青。追いかけて小さな坂を下り、平地を横切り、また小さな坂を下って気づく。川底の道だ。行き先は、あの森の中だと。
「こ、これ以上は進めないよ」
「でも、でもこのままじゃ……!」
私たちは、落ちているビー玉に触れないよう細心の注意を払いながら後ずさり、来た道を振り返った。男友達は、やはり這いずったまま河川敷に辿り着いていた。
彼は、ビー玉を一つも落とさず両手にしっかりと握り締めて、それ故に両肘を使って地を這っていた。決して髪の長い人ではないのに、前髪が顔を覆い隠して、その表情は窺い知ることができなかった。
ゆっくりと、川底の道を戻る。彼は、こちらに向かってきている。
この状態の彼にも触れてはいけないのだと漠然と思って、私たちは彼を遠巻きにしながらゆっくり、ゆっくりと歩いた。彼が時折頭を振り、人とは思えない挙動をするし、狭い道故にお互いの距離が近づくのがとても怖かった。
そしてすれ違う段階になって、彼が何か言っているのが聞こえてきた。
「……■■■■……■■……■■■……」
ぞわり、と背筋が凍った。多分、理解してはいけない類いの文字列だった。
すぐそばを這う彼の肘が、地面に擦れてぼろぼろになり、骨を覗かせている、その傷口のざらつきが目に焼き付いたかのように記憶に強く残っている。
その肘のざらつきを認識した直後、私はハッと飛び起きた。
まだ部屋は真っ暗で、外も家中も静まり返っていた。耳の奥で心臓がどきどきと早鐘を打っていた。夢か、と思った直後、夢の中の彼の最後の声が脳裏に蘇ってきた。
その瞬間、駄目だ!! と強く思って私は必死に頭の中を別の音で埋めた。聴いたばかりの曲、次の小説で使いたい台詞、お気に入りの音楽を必死に頭の中に流す。
彼が言っていた文字列を、思い出してはいけないのだと感じた。蘇ってこようとする彼の不気味な声を必死に遠ざける。それでも、何文字目かが「ブ」であったことが記憶に刻まれてしまった。
恐らく、洒落怖『ヤマノケ』の「テンソウメツ」と同じ類いの、この世にある意味ある言葉とは違う言葉なのだと思う。あれは創作で、これは夢のはず。なのに何故こんなにも「思い出しては駄目だ」と思うのだろうか。
今も、蘇ってこようとするその声を、私は必死に掻き消している。
カクヨムで先行夢流ししたらいい感じだったのでこちらでも更に夢流し。