ポンコツ魔王とスイーツ
「どうしてコタローは私の形見を売っちゃうの!」
橋の下に帰ってクルルが目を覚ますと、かれこれ一時間は同じことを言っている。
「だーかーら! ある程度稼げるようになったら買い戻すって言ってるだろ! あの後、店主にしばらく売らないでくれって頼んでおいたから心配すんな!」
そんな邪険な雰囲気を漂わせていると、どこからか甘い匂いが俺たちを優しく包み込む。
いつもこの時間になると、焦げと甘い香りが俺たちの鼻腔をくすぐり、それをおかずに水を飲んでいたものだ。
「なぁ、折角だから、屋台のクレープでも食べるか?」
その提案に対してクルルは「え? いやでも、形見を取り戻すためのお金だし」と言いながらも、明らかに嬉しそうな顔をしている。
「はーい。今日が最後のクレープだよ。しばらくはこの町に来ないよー」
そんなおじさんの声が聞こえた直後、クルルは俺が手に持っていた一万イェンを奪い取ると、速攻で屋台の前に行き、「特性クレープチョモランマ、ニジイロ追加のチョコマシマシで!」と注文をする。
「どこでそんな魔法を覚えた?」
「女の子たちが注文しているのを毎回聞いてたからね! 自然に覚えちゃった!」
どんだけ食べたかったんだよ……。
俺は思わず涙が出てしまい、天を仰いでいると「はいチョモランマお待ち!」ととんでもない量のクリームがのったクレープが差し出された。
「うわーすっご! 見て見てコタロー! すっごい美味しそう!」
「あぁ、うまそうだけど胃もたれもしそう……」
それに五千イェンくらい使ってしまったため、後々のことを考えると大変ではあるが、今将来のことを考えるのは野暮だろう。
「うまぁ! コタローも食べなよ!」
そして、そのまま無理やりクリームを口に入れられた。
その直後、久々の糖分は俺の栄養不足の脳みそに電撃を走らせる。
「これだ!」
その声にクルルはビクッと反応したものの、「何が?」と言うとすぐにクレープを食べ始めた。
「らっしゃい! 何にしますか?」
おでこにねじり鉢巻きを携えながら、二人。俺たちは汗水たらしながら日銭を稼いでいた。
「クルル! かき氷の赤と緑一つずつね!」
「はいよ! 喜んで!」
あの時、思い浮かんだのはこの屋台式かき氷屋だった。
製氷機、屋台その他諸々はクルルが作れるし、シロップの原料となる木の実は俺が採取する。
それにこの屋台形式なら、土地もいらないためコストカットにつながる。
この材料費、人件費がほぼゼロの商売は思ったよりも好調で、ゴミ箱を漁らなくても飯を食べられるようになっていた。
「はい、次の方どうぞー」
俺が注文を受けようとしたその時、「いたぞ! あの屋台だ!」と声が聞こえた。
「クルル、マズいぞ! 憲兵が来た!」
そう危機を伝えると、俺とクルルは慣れた手つきで屋台を片付け、その場を全力で後にする。
俺たちは市の許可を得ないで商いをしていないため、近頃目に付けられているらしい。
だが、税金を支払わないでよいというメリットはそう簡単に捨てられない。
「クソッ! あいつらの逃げ足は一体どうなっているんだ!?」
ふふふ。俺たちは残飯あさりとして日々歩き、そして逃げ回ってきた。
そんな猛獣を温室育ちの子猫ちゃんが捉えられるわけがなかろう。
「クルル! 俺たちはこの闇の商売で天下を取るぞ!」
俺は逃げるという緊張感から、テンションが高まっているが、「あ、うん。そうだよね」とクルルはかなり冷静だ。
「どうした。何か不満があるのか? 金ならきっちり折半しているぞ」
そう尋ねると彼女は「いや、別に大したことじゃないんだけど。法にしっかり触れてるから魔王っぽいっちゃぽいんだけど、ね?」と語尾を細める。
「つまり?」
「僕たちの目標は屋台で天下を取ることじゃないから! 勇者を倒すことが目的だから!」
そう言えば俺の目標は勇者を倒して、元の世界に帰ることだった。あまりにもこの世界に順応しすぎて本来の目的を忘れていた!
「じゃあ、このまま勇者を倒しに行くぞ!」
「さすがに急過ぎでは!?」
テンションがハイになっている俺は、勇者を探して屋台を引き続けた!