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あなたの愛は要らないけれど妹さんは貰っていきます

「アリアナ! お前との婚約は破棄するっ!」

「……は?」


 アリアナ・ケンジー男爵令嬢は、婚約者であるアホラ・バカール伯爵令息の言葉に、間抜けな声を上げてポカンとした。

 正確にはバカール伯爵令息ではなく、バカール伯爵だ。

 なぜなら今日は、バカール伯爵とその夫人の葬儀の日だからである。

 

「アリアナ、私を愛しているお前にとってはショックなことだろうが。……結婚の話はナシだ!」

「いや、愛してなどいませんが?」


 アリアナの冷静な突っ込みなど聞こえていない様子で、アホラは続けた。


「両親は亡くなった。そして、実の妹だと思っていたプリシラが義妹だと判明したのだ」

「それがどう関係しているのですか?」


 アリアナは首を傾げた。

 不思議そうに見ている彼女に、アホラはイライラしながらプリシラを指さしてまくし立てる。


「この可愛い(プリシラ)を見ろっ! お前みたいな赤毛で茶色の瞳なんていう地味な女と結婚しなくても、オレには金髪に青い瞳で整った小顔の(プリシラ)がいるんだ。彼女と結婚するっ!」

「ほへっ⁉」


 驚きのあまり、アリアナからは再び間抜けな音が出た。


「いやいや。ご両親の葬儀の日に婚約破棄とか。ましてや妹と結婚とか。ないでしょう? いやぁ~、ないない」


 へラリと笑って手を振るアリアナに、アホラは怒気を強めた。


「お前のっ! そういう他人を馬鹿にしている態度も嫌いなんだっ!」

「いや実際、馬鹿だよね?」


 アリアナは冷静に突っ込みながら、呆れた表情でアホラを見た。

 キラキラと輝く金色の髪に澄んだ青い瞳。

 このアホラという男。

 見た目だけは美しいが中身がちっとも麗しくない。

 ペラッペラな男なのだ。


 王立学園時代には、アリアナが何度フォローしてあげたか知れない。

 今春卒業したばかりの18歳であるにもかかわらず、アリアナは割とマジで苦労していた。


 亡くなった人たちのことを悪く言いたくはないが、バカール伯爵夫妻もなかなかのものだった。

 アリアナは男爵令嬢ではあるが、商家であるため実家が太い。

 その太い実家をあてにしての婚約であったにもかかわらず、アリアナの家を馬鹿にした発言は数知れず。

 伯爵位からみたら男爵位など吹けば飛ぶような地位に思えるだろうが、時代は変わった。

 地位より金。

 それが現代社会というものである。

 なのにである。

 バカール伯爵家の者たちは、ケンジー男爵家の金は欲しいが馬鹿にしたがった。

 そんな勝手な人たちに、アリアナだけでなく、両親や兄たちもイライラしていた。


 そもそもバカール伯爵とその夫人は、婚約者というだけでアリアナに学園での息子の世話を丸投げしてくるような人たちであった。

 実家から引っ張っていったお金を使えよ、とアリアナは何度思ったか分からない。


 彼女は色々と出来る方のタイプではあったが、気分が乗らないことに関しては怠け者でいたい派である。

 アホラのことに関しては、だいたいが気乗りしない。

 なので、やってあげなきゃいけないのが本当に辛かった。


 アリアナの回想を遮るように、呆然としていたプリシラが口を開く。


「お兄さま、その話は本当ですの?」


 プリシラは美しい金髪に青い瞳を持っている。

 葬儀の場に相応しい地味なドレスで身を包んでいても、彼女の輝きが損なわれることはない。

 キラキラと輝く髪をハーフアップにして黒いレースの下に隠しても、細くしなやかな体を喪服で包んでも、プリシラはとても美しい。

 外見の特徴から言えば、アホラとプリシラはとてもよく似ていた。

 だが中身はまるで違う。


「ああ。本当だ。私たちは結婚できる」


 得意げなアホラを見つめる青い瞳に宿る知性は、彼のそれを凌駕している。

 わなわなと震える、プルプルのピンク色した唇。

 可憐でいて知的、そして道徳心を備えたプリシラの青い瞳に、兄への軽蔑が宿るまでに時間はかからなかった。

「冗談はおよしになさって、お兄さま」


 なのに、アホラはそれに気付かず、プリシラへ得意げに書類を見せた。


「ほらコレを見てごらん。私とお前との間には血縁がない。だから安心して私の妻になってくれ」

「ちょっと拝借」


 アホラがプリシラへと差し出した書類を、横からアリアナが持っていった。


「お兄さま? そういうことではございません。アリアナさまとの婚約を取りやめるというお話は本当ですか?」

「ああ。アリアナなんかと結婚したら、お前と結婚できなくなるからな」

「私はお兄さまと結婚なんてしませんっ」

「安心しろ、プリシラ。お前と私には血のつながりがないのだから、結婚への障害などない」

「あります。私の意思です」

「えっ?」

「私はお兄さまと結婚する気なんて欠片もありません。お断りします。アリアナさまがお義姉さまになることを、とても楽しみにしていましたのに残念ですわ」

「まぁ、嬉しいわ。プリシラさま」


 アリアナはプリシラに向かってニッコリと笑みを向けると、先ほどの書類を彼女の前に差し出した。


「ねぇ、ちょっとココをみてちょうだい」

「なんでしょうか、アリアナさま」

「ほら、ここの……プリシラさまのお父さまの名前。これって、私のおじさまだと思うの」

「え?」


 驚くプリシラに、アリアナは悪戯な笑みを浮かべて言う。


「私たち、従姉妹かもしれないわ」

「ええっ⁉ ……あぁ、もしもそうだったなら……。わたしとても嬉しいですっ!」

「ん、私も嬉しいわ。……ねぇプリシラさま? この家に残っていたって良いことはないわ。一緒に我が家へ行きましょう」

「え⁉ いいのですか⁉」

「いいわよ、いいわよ。プリシラさまなら、私の両親も歓迎するわ。それに従妹かもしれないのよ? 確認しなきゃ」

「はい」


 プリシラが嬉しそうにうなずくのを見て、アリアナも嬉しそうに笑った。


「え、ちょっと待って? オレだけが、この屋敷にひとりで残されるのか?」


 プリシラは兄へと振り返ると冷たく言い放った。


「そうですよ、お兄さま。家事も、仕事も、おひとりでしっかりなさってくださいね」

「今まで支援した分の費用の返済と、婚約破棄の慰謝料もヨロシク~。じゃ。妹さんは、貰っていきますね~。バイバーイ」


「……え? そんなぁ~」


 血の繋がっていなかった愛しい妹と、可愛げのない元婚約者が、連れ立ってキャッキャウフフしながら去っていく後ろ姿を、ひとり残されたアホラは呆然と見送ったのだった。

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