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4.


チリン


「いらっしゃいませ!」

「B定食3つ、うち2個はご飯大盛りに出来る?」

「大丈夫です。あ、ありがとうございました!」

「ご馳走さん」


チリン


 本日も目まぐるしいランチタイムの真最中。しかし、ここ二日間、私は半泣きになってないし、愚痴も格段に減った…気がする。


「Aランチ2出来ました」

「ありがとうございます!あ、デザート残り少ないですよね。右奥のトレーに次のが多分固まっていると思うけど、確認お願いします!」

「承知した」


 小さな厨房からはこの場には似つかわしくない返事が返ってきた。


 かったいなぁ。カチコチの解凍中のお肉のようだ。


 いや、何回かやんわり伝えてみたんだけどね。改善の兆しが全くみえないので、これも個性だと早々に諦めたのよ。


「Bセット3個、左2つが大盛です」


 今の彼の姿は、黒髪オールバックではなく色は茶色に、また前髪がつくられ髪質まで柔らかそうなサラサラヘアに変化していた。


 ちなみに蒼い目はそのままだけど、レンズのぶ厚い円縁メガネをかけて耳にはそれぞれ3、4個の赤や紫の石のピアスを着けていて。


 ……なんか真面目そうなのにチャラいという不思議なバイト君が誕生した。




***




「レインさん、両方あるけど、どっちにしますか?」


 閉店の札をかけた2時頃からが我々のご飯タイムである。


「あ、自分でやります」

「いーから、どっちですか?」

「では、Bセットを」

「了解」


 テーブルを拭いてくれている彼は、迷った末にBセットのメンチカツを選んだ。


「運びます」

「ありがとう」


 彼は、意外と重さのある2つのトレーを危なげなく運ぶ。その背中は仕事柄なのか姿勢がとても綺麗過ぎるのよね。


 これ、絶対騎士達に同業者だってバレるでしょ。


 まぁ、ようは外からだと全身は見えない厨房内の配置にして正解だって事。


グッジョブ私。


 いや、肯定感が大事って言うじゃない? 一人暮らしの一人飯屋な私は、自分を1日一回意識して褒めているのよ。


「口に出さなければキモくないし。あ、待たなくていいですよ」


 キチッと席に座り待っている彼に先に食べ始めるよう伝えるのは数回目だが、毎回頑として動かない。


「はぁ、負けるわ」

「何がですか?」

「いえいえ、なんでもないです」


 仕方がないので作業を中断し、彼の前の席に座わると小さく頂きますを呟き、まずはサラダを食べてからメンチカツにかぶりつく。


「美味い」


 私が言おうとした台詞を目の前の人が言ってくれた。うん、美味しいよね。


「火を通したんですか?」

「正解です。温めより表面を軽く焼いたほうが衣がサクッとするし」


 魔法石という万能な石のお陰で冷凍や冷蔵、温め、トースターのような機能がついた物もあるので高い買い物だったけど、満足している。


「温かい食事は温かく。冷たいのは冷たいまま提供するのが一番美味しいですよね」


 保温機能のある蓋付きバットに入れているけど、揚げ物などは時間の経過によりサクサク感が半減してしまうので、少し焼くと美味しいのよ。


「春キャベツもどきでボリュームもでるし歯ごたえも良いから最近のメニューの中でも気に入ってるのよね」

「何個でもいけます」

「まだあるから。よかったらどうぞ」


 綺麗な食べ方だけど、かなりのハイペースでお皿の中身が消えていくので、お代わり用のメンチカツがのったお皿を前にだせば嬉しいらしく、口角が少しだけ上がった。


 こう、普段が無表情に近いから、ちょっとした変化が嬉しくなるのよね。


「正直、どうなるかなと思っていたんですが、とても助かってます」


 自分も手を動かし食べながら彼に感謝を伝えた。


「いや、まだ皿に盛るくらいしかできていない…です」


 ちらりと彼を見れば謙遜ではなく、本当に困ったような様子に真面目過ぎではと心配になる。


「私、言い方がキツイから不快にさせていたらごめんなさい。衛生面とか盛り付け方とか妥協できなくて。此処は、私がいた世界と違うんだって頭では分かっているんだけど、順応しきれてなくて」


 只でさえ作る工程から提供するまでの時間などが決められた施設にいた私は、衛生観念がゆるめな国の人達からすれば、かなり神経質な奴だろうな。


 そんな私に対して文句も言わず、伝えた通りに手際よく盛り付け片付ける彼には感謝しかないのだ。


「これ、サービスね」


 新鮮な果物を入れた牛乳モドキ寒を出して彼の前に置いた。


「また試作品。どうですか?」


 少なくともこの街で見かけない牛乳寒は、果物の酸味と甘みのバランスが悪いと一気に不味くなると私は思っているので味の感想がとても気になるのだ。


 イチゴのような赤、蜜柑にそっくりな果物がつるりとした中に埋まっている姿はコントラストが美しい。


「不思議な食感ですが、冷たくて美味しいです」


 あまり話をしなそうな彼が、考えながら伝えてくるのも素直な感想なんだと、とても参考になる。


「よかった」

「もう少しいた、あ、いえ」

「見ての通りバットで作ったから大量にあるのよ。だから大丈夫です。これくらいはまだ食べれるかな?どうぞ」


 散歩をしていて偶然通りかかった場所で身寄りのない子供達がいる施設を発見した私は、その日に余ったおかずなどを夕方に届けに行くのが最近の習慣になっている。その為、試作のお菓子も持っていくから躊躇したんだろう。


「あ、また運ぶの手伝ってくれますか? 今日は特に重くなりそうなので」

「勿論」


 運搬のお礼として好きなだけ食べてと言えば、彼は、いそいそとデザートのおかわりに手を付け始めた。




***



「でも、暗いですから」

「子供じゃないし大丈夫よ」

「でも」

「私の特技というか能力はご存知ですよね?」

「それは」

「急ぎなんですよね?早く行かないと!」

「すみません」


 施設に丁度到着した時、青く光る小鳥が飛んできてレインさんの前でホバリングして消えた。その魔法で作られた鳥は、上司から至急城にという連絡だったらしい。


一度振り返った彼に手を振れば彼は、会釈して消えた。


「転移魔法ってやつかな?凄いなぁ~」


 流石異世界!カッコイー!と感心していた私は、この約20分後に呑気すぎたと酷く後悔する事になる。


「ふがっ」

「声を出しても殺す。無駄に暴れても殺す」


 何故なら、お店兼自宅まであと少しという所で突然後から伸びてきた手に口を塞がれ誘拐されたのだった。




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