かくれんぼ
急いで部屋に戻った私は、追いかけてきたアナを締め出して、ドアに鍵をかけた。
そして、手紙を書く。
もう、ここにはいられない。
ダイナンの邪魔になるくらいならば、私は消えた方がいい。
『今までありがとうございました』
たくさん書きたいことはあるけれど、時間がない。
優しいダイナンは、私のことを聞いたら追いかけてきてしまうだろう。
ダイナンは、相手が私だと知らなかったのだと思う。
知っていたら、あんな風に怒鳴らなかった。
それを信じられるほどに、私はこの家で大切にされてきた。
知っていて、私が他に行き場がないと知れば、きっと自分を殺してでも私を大切にしてくれるはずだ。
だけど、私はそんなことは望んでいないのだ。
彼に愛する人がいるならば、その人と幸せになって欲しい。
愛する人と結ばれなくても、彼女を想っていたいのなら、そうして欲しい。
――嫉妬で胸が張り裂けてしまいそうだけど。
いい子ちゃんぶってないで、ダイナンに泣きついてしまえばいい。きっと、ダイナンは受け入れてくれるだろう。そうして、結婚してくれると言ってくれるのだから、結婚してしまえばいい。
頭の片隅で、そんなことを考える。
でも、それは幸せなのは一瞬だから。
ダイナンを不幸にしていることにも、愛されないことにも、私は苦しめられて、幸せになんてなれない。
「チェルシー様?」
アナが廊下から優しく呼びかけてくれる声がする。ごめんね。
私が出ているように言ったから、私の命令を無視して部屋に入れないことは分かっている。
窓を大きく開く。
シーツを外に向けて放り投げた。
そして、自分はクローゼットの中に潜り込む。
そこは、私の大好きなものであふれかえっている。
父からもらったドレス。ソフィアからもらった刺繍道具。ダイナンからもらったぬいぐるみやアクセサリー。
どれもこれも大切すぎて、しまい込んでいたら、使って欲しいと困った顔をされてしまった。
辛いときに、これらを並べて眺めて喜んでいた。しっかり使っていると言えば、みんな照れたように微笑んだ。
嫌な人たちばかりの城に持って行くのは嫌で、ここに入れたままだった。
私が戻って来ることは無かったはずなのに、私がいた時のまま、変わっていないクローゼット。
こんなに優しい人たちを苦しめたくない。
今から、私を探しに外に向かうだろう。
それが落ち着いたら出て行くのだ。
この宝物の中から、いくつかは持って行かせて欲しい。どれにしよう。ダイナンがくれた髪飾りがいいかな。
そんなことを考えていた時、ガチャガチャと鍵を開けるがした。
「チェリー!?」
ダイナンが追いかけてきてくれたのだ。
彼ならば、私が許可など出さなくても、ドアを開けることが出来る。
そして、真っ直ぐ手紙を置いた机へ向かって、開け放した窓を見て、彼は使用人たちに探しに出るように言うだろう。
その間に、私は出て行く。
一人になって、ボロボロと流れ出る涙をぬぐいながら、必死で声を出さないように気を付ける。
楽しいことを考えなければ。二度と涙が止まらないような気がする。
「チェリー、みいつけた」
突然、明るい光がクローゼットの中に入り込んだ。
私は何が起こったか分からずに、呆然と開いてしまったクローゼットの扉を見つめる。
そんな私に構わずに、優しい手が私の頭を撫でる。
「大丈夫だ。後は任せてくれ」
ダイナンが外に呼びかけると、いくつかの足音が歩いていく音が聞こえた。
「いろいろなものに埋まっているチェリーも可愛いけど、もっと近くで顔を見せて」
「ふ……ぇ?」
力強い腕が、ひょいと私を持ち上げる。
「ああ、チェリー!なんて可愛いんだ!」
そのまま、脇に両手を入れられて、お人形さんみたいに高い高いをされた。
「お兄様!?」
私はそんな小さな子がされるような抱っこをされる年ではない。
あっという間に涙が引っ込んで、顔を赤くする私を見て、ダイナンはきまりが悪そうな顔をして、私をそっと下した。
「ごめん。あんまり嬉しくてはしゃいでしまった」
はしゃいでしまったなんて。
とっくに成人して、父の跡を継ぐために勉強しながら働いているダイナンが、子供のようなことを言うから、唖然としてしまう。
三年ぶりに見るダイナンは、背も高くなったのかもしれないが、体に厚みが出て、たくましくなった。
「何故、私がいる場所がわかったのですか?」
「チェリーはかくれんぼのときは、いつもあそこだろう?」
そうだった。
かくれんぼをするのは好きだったが、暗い場所で一人になるのは怖くて、宝物の山に埋もれるために、いつもあそこに隠れていた。
だけど、あそこは最高の隠れ場所で、早々に見つかる事なんてなかったのに。
「チェリーがわくわくしながら隠れているのなら、付き合ってもいいけれど、泣いているチェリーを放っておくことは出来ないからね」
我慢していたけれど、鼻をすする音はしっかりと聞こえてしまったらしい。
しかも、子供の頃のかくれんぼの真相まで分かってしまった。




