1-9:キャラクターメイキングルーム(上)
気が付いた時には、英人は真っ白な部屋にいた。
部屋には窓も扉もなく、内側にも灯らしいものは何もない。だけど、どういうわけか部屋は隅々まで明るく見える。
「真っ白な部屋といえば、不慮の事故で死んだときに行く、女神とかがいる部屋だよな・・・?」
・・・ということは、俺は死んだのか!?
英人は身震いした。
実際には、体らしいものがなかったので、身震いをしたと、思っただけだったのだが。
「あなたは死んではおりません。」
どこからともなく、澄んだ中性的な声がした。先ほど、自分に話しかけてきた少女とは違い、感情が一切感じられない、極めて機械的な声だ。
「ここは、どこですか?」
英人はそう言った。いや、実際には体がないのだから、そう言おうと考えただけだったのだか、当人は言った気になっていた。
「召喚の間です。」
「えーと、何をするところですか?」
「召喚された先の世界で、あなたがどのような姿で、どのような力を持つかを決める場所です。」
機械的な声が疑問に即答してくれる。
・・・ははあ、姿や能力を決める、というこは、あれだ。
スマフォのゲームとかでよくある、ゲーム開始直後にキャラクターのパラメータとか属性とか見かけとかを決められる場所だ。
「要するに、キャラクターメイキングルームってことですか?」
「そのように解釈していただいて結構です。」
即答された。メイキングルームなんて言い回しが通るなんて、この部屋を作ったのは英人側の世界の存在なのだろうか?
いや、今はそこを詮索しても仕方がない。
メイキングができるということは、どこかでパラメータの一覧を見たり、設定することができるはずだ。
そう思って周囲を見回してみたが、白い部屋の中には何もなかった。そもそも、自分自身の体もないわけだし、どうやって見回せているのかもよくわからないのだが。
「どうやって設定するんでしょうか?」
「大まかな希望を言っていただければ、こちらで詳細の設定は致します。」
なるほど、初心者が細かいパラメータの設定をするのはしんどいので、ゲーム側でおまかせ的な設定を代わりにしてくれるようなものかな。
しかし、初心者モードがあるならば、上級者モードみたいな、自分で全部のパラメータを設定できるモードもありそうなものだ。
「自分でパラメータを確認しながら、設定することはできますか。」
「可能です。」
そう声がした次の瞬間、目の前にずらっとたくさんの画面のようなものが表示された。
「おおお!?」
表示された画面には、選んで取得できるスキルの一覧、スキルの情報、基礎的ないくつかのパラメータの設定画面、召喚先の世界の基本的な情報がそれぞれ表示されている。
「おおー・・・。」
ダメ元で聞いたのに、予想以上の反応が得られたことに、英人は感嘆の声を上げた、つもりになった。この画面を端から読んででいくだけで、十分な情報を得ることができそうだった。
さらに、白い部屋の隣になにやらドームのような、丸い天井の広い部屋が出現していることに気が付いた。
「向こうの部屋は何ですか。」
「設定したパラメータを試すことができるテストルームです。テストルームの設定画面はこちらです。」
そう言われた直後に出現した画面を見ると、モンスターを配置したり、地形、気候など、様々な環境の条件を設定して、作ったキャラクターの能力を試すことができるようだった。ドームは一見狭くみえたが、設定次第で地平線が見えるほどの広さに広げることもできるようだ。
「・・・こいつは凄いな。」
英人はつぶやく。もちろん、呟いたつもりだが、体がないので・・・いや、もうやめよう。
改めて部屋と設定画面を見る。正直、この部屋だけで永遠に遊び続けられるんじゃないか思える。ある意味、自由度が無限に高いゲームシミュレータのようなものだ。
「ちなみに、時間制限ってあるんですかね。」
「ありません。」
謎の声が即答する。
「すばらしい!」
英人は、思わず叫んでしまった。もちろん、心の中で。
時間を気にすることなく、自分が納得いくまでパラメータの調整ができる上に、キャラクターのテストまでできるなんて。
・・・これ何て言う神ゲー?
英人は、ふつふつと湧き上がる高揚感を抑えることができなかった。これまでの人生で、これほどまでに、心の底からワクワクしたことが、果たしてあっただろうか?。
そういえば、先ほどまであれほど眠かったのに、疲れも眠気も全くない。体がないからかもしれないが、空腹感も無ければ、寒いとか暑いといった感覚すらなかった。
体がないまま、目の前の画面をどうやって操作するのだろうと思ったが、見たい項目に意識を集中させるだけで、その項目の説明が表示された。選択したい項目も単に「選択したい」と思えば選択された。最初のうちこそ、体を動かすことなく反応する画面に少々とまどったが、英人はすぐにこの状態に慣れて、自由自在に画面から情報を引き出すことができるようになった。
「設定が終了しましたら、その旨お伝えください。」
謎の声がそう告げたのも、英人はほとんど聞いていなかった。それほどまでに情報の引き出しに夢中になっていた。
◇
召喚される先の世界は、英人の世界でいうところの16-17世紀頃のヨーロッパ程度の文明があり、王様や貴族が国を治めていたり、神様を祭る国があったりするらしい。蒸気機関や電気はないけど、火薬や銃に近い武器は存在しているようだ。
人間族以外の「立って歩く知能のある種族」もたくさんいるようで、少なくとも「エルフ」「ドワーフ」「獣人」という文字が見える。「立って歩く知能のある種族」のことを「人間」と呼び、英人の世界でいうところの「人間」は「人族」と呼ばれているらしい。
さらに、魔物や魔族、魔王という存在がいて、英人はそれへの対抗兵器として召喚されるらしい。コンビニの前で聞いた声も「魔王を倒してください」と言っていたので、最終目的は魔王の討伐だろう。
ただ、魔物の情報は大量に閲覧できたが、魔王や魔族の情報は何故かほとんどなかった。存在しているということが書かれているだけだ。
「魔王についての情報はないんですかね?」
ダメもとで聞いてみる。
「ありません。」
回答はそっけなかった。
「何故、ないんですか?」
さらに食い下がってみる。
「システムの管轄外の情報です。」
「え、それってバグってことですか。」
「お答えできません。」
うーん、何だか怪しいぞ。しかし、無いと言うのだから無いのだろう。取り合えず、あちらに着いたら早急に魔族の情報を集める必要があるな。
英人はそう思いながら、次の「スキル」のページを開いた。
あちらの世界は、科学がそれほど発展していない代わりに、スキルという超能力のようなものがある。例えば、料理スキルとか、木こりスキルとか、片手剣スキルとか、火魔法スキルといった具合だ。
日常生活から戦闘まで、さまざまな細かく分化したスキルが存在していた。あちらの世界の住民たちは、多かれ少なかれスキルを持っていて、それを使って生活したり、外敵から身を守ったりしているようだ。
スキルは、能力を底上げしてくれるタイプのものと、そのスキルを持っていないと能力が使えない、という二つのタイプがあるそうだ。
例えば、料理スキルは、それがなければ絶対に料理ができないというわけではなく、料理スキルを使って料理をすると、より美味くて様々な効果のある料理が作れる、ということらしい。
また、料理をするという経験を積むことで、料理スキルが無い状態から、料理スキルを得ることもできる。より正確にいえば「料理スキルがレベル1に上がる」ことで、初めてスキルを持っていると、この世界の人たちは認識できるのだそうだ。
これに対し、一瞬で離れた場所を移動できる「転位」の能力は、転位スキルを持っていないと使うことができない。この類の、持っていないと使えないタイプのスキルは、訓練によって得ることはできない。
転位スキルは、風魔法スキルをレベル7まで上げることで、サブスキルとして取得するか、生まれながらに偶然持っているかのいずれかだそうだ。この手のスキルは取得が難しいことから、持っている人はそれだけでステータスとなったり、そのスキルを使った商売が成り立ったりするらしい。
ちなみに、魔法という言葉は「スキル」とほぼ同じ意味で使われていた。自分以外を対象として使うスキルを「魔法」とか「魔法スキル」と呼び、自分を対象とするものを単に「スキル」と呼ぶらしい。その区別は曖昧で、例えば鑑定は他人を対象としても「スキル」扱いだ。「スキル」も「魔法」も、画面の説明にはどちらも「魔力を消費して何らかの効果を得る能力」と書かれているので、本質的な違いはなさそうだ。
スキルにはレベルがある一方で、キャラクター、というか人間自身のレベルというものは無かった。個々のスキルごとに経験値があって、経験値が一定に達すると、そのスキルのレベルが上がる。そうして、スキルをレベルアップさせることで、できることが増えたり、能力が強化されたりする、という感じらしい。
「いわゆる、完全スキル制だな。」
なお、魔法使いや剣士のような「職業名」や「クラス」にあたる設定項目は無かった。名乗るだけなら、誰でも自分で「魔法使い」と言い張ることができるようだ。もちろん、周囲が信じてくれるかは別問題だろうけど。
改めて、英人は目の前に並んでいる自分のパラメータの設定画面を見た。
「なになに、スキルポイントを使って、初期スキルを取得できます、か。」
画面の左上のあたりに、「スキルポイント」と書かれた文字があり、その横に大きく30と数字が書かれている。その下に「取得済スキルリスト」と書かれた欄があり、すべて空欄になっている。
空欄のひとつを押してみると・・・実際には体がないので、押そうとしてみただけだけど、取得できるスキルの一覧が表示された。
「うわー!すごい数だな。」
表示されたスキルの数は、ざっと見ただけで数百という単位であるようだ。火魔法や水魔法、光魔法といった、ファンタジーでよくありそうな魔法スキルから、片手剣、槍、弓といった武器スキル、料理、木工、金属加工といった生産系スキル、伐採、採取、採石といったアイテム取得系スキル、鑑定、探索のような情報系スキル、などなど、英人が思いつくようなスキルはあらかた存在するようだ。
「このスキルを一つ一つ調べるだけで、どれだけ時間かかるやら。」
いやー本当に、時間制限がなくてよかった。
英人はスキルリストを片っ端から見ていく。
「ん?」
膨大なスキルリストを見ていると、スキルの横に(レア)と書かれたものと、(ユニーク)と書かれたものがいくつかあることに気が付いた。
レアスキルは、他のスキルを一定以上にあげると取得できる「ことがある」スキルのことだそうだ。レベルが一定まで上がったとしても、必ず覚えられるわけではないので、かなり取得者が少ないスキルとなっている。
さらに、ユニークスキルは、世界で一人だけしか持つことができないスキルのことだそうだ。ユニークスキルは生まれたときから持っている場合と、生まれた後に突然覚えることがある。どちらにしても、あちらの世界の住民は、偶然取得する以外の方法では取得できない。
しかし、この部屋では自分で選んで、ユニークスキルを取得することができる。
「何だって?、そんなの絶対取得するしかないじゃないか。」
英人は思わず興奮する。
スキルの取得には、スキルポイントを使う。スキルポイント1で、スキルをひとつ取得するか、スキルのレベルを1上げることができる。スキルの最大でレベルは10。
割り振れるスキルポイントは30あるようだ。ということは、30種類のレベル1のスキルを得ることもできるし、レベル10のスキルを3つ取ることもできる。
「30ポイントって、もしかして30歳だから?」
「はい。29歳でしたら20ポイントです。」
「なんと、そうだったんだ。」
英人は、自分がぎりぎり30歳になってたことを、初めて喜んだ。