1-7:敵意の矛先
「来るぞ!」
直後、エイトとミリエンヌに向かって、多数の光の粒が飛んで来るのが見えた。
「・・・!!」
ミリエンヌは声にならない声をあげ、思わず目を閉じる。
次の瞬間、大量の光の弾が二人を直撃した。
ずがーん!
光の弾は、着弾すると同時に爆発を起こした。またたくまに、あたり一帯は爆炎に包まれる。あまりに多くの弾が四方八方から飛来し、二人は全く避ける余地なかった、はずだ。
「・・・初手からこれかよ。」
エイトが呟く。今しがた爆炎に巻き込まれたはずの二人は、どういうわけかその爆炎を少し離れた場所から、もうもうと立ち上る煙を見ていた。
「とりあえず、勇者スキルが通用するようで何より、だ。」
再びドームの壁に無数の赤い光が灯りはじめる。エイトは、その敵意をむき出しにする、悪魔の眼のような光源をじっと睨みつけた。
「君は必ず守る。ここから動かないでくれ。」
エイトは、ミリエンヌに向かってひとことそういうと、返事をまたずに彼女の周囲に防壁のような壁を作り出す。それは不思議な壁で、ミリエンヌのほうから外を見ることはできたが、外からはミリエンヌの姿を見ることができない。
「これで攻撃されないはずだ。」
エイトはそう言い残すと、瞬時に姿を消す。
「あっ」
少女は、突然エイトに手を離されたことで、不安に襲われる。思わず、エイトの姿を目で追おうとした。しかし、エイトは瞬間移動したかのように、目の前から消えてしまっていた。
「!?」
彼女はエイトを追おうとして走ろうした。しかし、なぜか足が動かない。まるで、自分の足ではないかのように、まったく言うことを聞かないのだ。
「ど、どうして・・?」
足を動かせないまま、必死で目を凝らすと、ドームの反対側にうっすらと黒い人影を見つけることができた。赤い光に照らされて、それがエイトであることは、ミリエンヌにもすぐに分かった。
静寂があたりを包む。
エイトは、攻撃に備えて身構えた。
「・・・おや?」
彼は、訝しんだ。
あれだけの攻撃があったというのに、今度は何も起こらない。エイトは当然のように攻撃が来るものと思い、迎撃態勢を整えていた。しかし、ドームの周囲の赤い光は、魔力を集中させたところで突如として動きをとめ、エイトを攻撃する気配を見せなくなった。
彼は少しの間、そのまま動かずに様子を見ていたが、何もおこらないと見ると、わざと動いてみたり、音を立ててみたりした。
何をしても、赤い光には何の反応もない。
「うーん、これはいったい?」
エイトは首をかしげる。
「探索」
赤い光源が動きを止めた理由を探るべく、エイトは探査スキルで周囲を確認してみた。すると、赤い光源は少なくとも自分に対する敵意をもっていないことが分かった。
「そういえば、そもそも水路では敵意を全く感じなかったのに、あの罠の魔法陣は起動していたな。」
彼は魔法陣でここに転送された時に、違和感を覚えたことを思い出していた。
何ごとにも慎重な彼は、この世界に来てから、常に用心深く行動していた。高レベルの探索スキルを常時発動し、自分に対して害意のある生物、罠、設置型魔法といった、あらゆる脅威に対して警戒していた。
いつもなら、このドームに飛ばされる原因となった転送魔法陣の罠も、いつもなら容易に探索スキルで見つけられたはずだ。しかし、どういうわけか魔法陣に気が付く前に発動し、まんまと罠にかけられてしまった。不覚という他ない。
・・・まさか、俺の探索スキルより罠のレベルが高かったのか?
転送される直前、そう考えて魔法陣そのものを鑑定してみた。しかし、その時の鑑定結果は「エイトの探索スキルより、罠の魔法陣のレベルは低い」というものだった。
この世界のスキルや魔法には、よりレベルが高い側の効果が必ず勝つという法則がある。エイトの探索スキルはレベル5だ。それに対して、罠として設置されていた転送魔法陣のレベルは4だった。
罠の魔法陣は当然ながら、存在を隠すように設置されていた。しかし、存在を隠す力は、罠のレベルに依存している。罠のレベルより高いレベルの探索スキルを使えば、隠されていたとしても容易に発見できる。それが、この世界の基本的かつ絶対的なスキルのルールだ。
少なくとも、エイトはスキルについて、そのように理解していた。
・・・ということは、スキルに対する理解が間違っていたのか?
そうだとすれば、エイトにとっては捨て置けない事態だ。彼の生存戦略を根本から覆す可能性がある。何としても解明せねばならない。
・・・と、そこまで考えて、とある、とても単純な可能性に思い至った。
「もしかして・・・」
ふとエイトは、ミリエンヌのいるあたりに目線を向けた。
「もしかして、こういうことか?」
そう言い終わるが早いか、エイトの姿はエルフの少女の姿に変化していた。
ずががーーん!!
間髪いれず、光源から多数の光の弾が、エルフの少女めがけて飛来する。彼女は避ける余裕もなく、その場で爆発が巻き起こった。ように見えた。
「・・・そういうことか。」
その爆発から少し離れた場所に、再びエイトの姿があった。爆発が終わっても、今度はドームの壁面には赤い光が灯らない。それを見て、エイトは確信した。
再び少女のいるはずのあたりを見る。彼女は爆炎に包まれてなどいない。分かってはいたが、実際に彼女の気配を感じると、エイトも少し落ち着くことができた。
「これは、盲点だったな。」
そう言いながら、彼は頭を掻く。
「俺には害意を持ってないのに、俺の同行者には害意をもつという存在がいるなんて。」
エイトは、探索スキルで「自分に害意のある存在」を探索していた。だから、彼に害意を持っていなかった転送魔法陣を見つけることができなかったのだ。しかし、魔法陣は彼女に対して反応した。その結果、二人は罠に嵌まることになったのだ。
そう考えれば、赤い光源が彼を攻撃してこない理由は推測がついた。
「奴らはどういう訳か、俺には眼もくれず、あの子だけを敵と認定しているらしい。」
思えば、こちらの世界に召喚されてから、彼は全方位から敵意を向けられていた。魔物や魔族からはもちろんのこと、王宮の中でも全く気が抜けない程度には、常に敵意に晒されていた。だから、彼は危険を察知する方法として、当然のように「自分に害意を持つ存在」を対象として探索していた。
そんな彼は、いつも一人で行動していた。もともと、できるだけ他人と距離をとるように生きてきたエイトは、元の世界でもこちらの世界でも「自分の守るべき存在」を持ったことがない。
それが故に、自分が連れている人物だけが敵意を向けられ、それを自分が守らなければならないという場面に出くわしたことがなかったのだ。いや、むしろそういう場面に遭遇したくなくて、あえて守るべき存在を作らないように生きてきたのだ。
エイトは、この世界ではそこそこ強い存在だという自負があった。
王都で刺客に襲われたときは、その自負を無くしかけはした。しかし、襲われたおかげで勇者スキルを失っていないことを知り、むしろ強さを再確認したところだった、ミリエンヌを救い出したのも、今なら彼女を助け出すことくらいはできるだろうという、自分に対する自信があったからに他ならない。
実際、彼は強かった。
魔王軍最強と言われる、時の四天王ですら、彼の前には敗れ去ったのだ。過去1000年にわたって、一度も倒されたことがないという時の四天王「ステイシス」を、彼はたった一人で退けた。そんな偉業を打ち立ててしまえば、たとえ彼でなくとも、自分は強い存在だと考えることだろう。
「まだまだ、ということか・・・」
エイトは自嘲気味にそう呟く。彼の内側に、忘れようとしていた暗い過去の記憶が広がっていくのを感じた。無意識のうちに、拳を強く握る。
「ああ、もう、鬱陶しい!!」
突然、彼は頭を大きく振ったた。
そして、何かを払いのけようとするかのように大声で叫んだ。それから、自分自身に何かのスキルを発動する。
そのスキルの発動が終わった時には、彼の表情の翳りはすっかり見えなくなっていた。いや、見えなくなったというよりは、隠したというべきだろうか。まるで、見せたくない醜く暗い何かを、大きな白い布で覆いつくしたかのように。
「さて、仕切り直しだな。」
エイトは朗らかにそう言うと、再び身構えた。その手には、蒼い短剣が握られていた。