3-25:ミリーの探索
オクトが隠蔽スキルを使い、森の上空を移動していった後、ミリーはいつものように一人で探索を続けていた。
冒険者になって、探索クエストを始めた直後は、知らない場所を一人で行動することなどできなかった彼女だったが、今ではすいすいと歩き回ることができる。
もともと、森の中を歩くことは得意だったし、今はオクトの隠蔽スキルのおかげで、魔物に不意打ちを受けることも無いと分かっている。加えて、最近になって取得した地図作成スキルで、自分の周囲の情報が可視化されるようにもなった。おかげで、初めて歩く場所でも、全く迷うことなく移動することができる。
時々、地図を見て周囲の情報を確認しつつ、目視でしか確認できない情報を追記する。そして、探索スキルで薬草や食料になる植物の実を見つけると、それを少し採取して品質の確認をした。そうして、確認し終わった薬草は籠に集めて、街で売って現金に換える。
特に高い品質の薬草を見つけたときは、ミリーにだけ分かるマークをつけて、区別しておいた。オクト曰く、高品質な薬草が取れる採取地の情報は、ギルドに提出する地図からは、削除して提出するのだそうだ。
「いい採取地の情報を、全部教える必要はないよね?」
オクトがそういいながら、自分たちだけで使う地図だけに、良質の薬草や食料の取れる場所を書き込む様子を、ミリーは思い出していた。
そうして、彼女が新たな薬草の群生地を見つけ、ひとつひとつ品質の確認をしていたときのことだった。
「・・・?」
ふと森の影で、何かが動く気配に気が付いた。
即座に、薬草の灌木の影に身を隠す。隠蔽スキルがかかっているので、動かなければ見つからないと分かってはいる。しかし、それでも隠れたくなるのは本能的なものだ。
身を隠すと、すぐに食料探索スキルを使う。食料になるような動物ならば、それで反応があるはずだ。しかし、気配のある方向に、食料になるような獣や虫などの反応は見つからなかった。
魔物だろうか?
ミリーは身構える。
その直後、茂みから出てきたのは、若い女性の冒険者だった。人族に見える女性で、背丈はミリーよりは高い。赤茶色の髪の毛が印象的だ。
彼女は、足を引きずって歩いているようで、一歩一歩が重い。だらりと右腕が垂れ下がり、左手で右肩を押さえている。よく見ると、右腕には血が滲んでいる。右腕が動かない所を見ると、かなりの大けがをしているようだ。
ミリーは彼女の怪我の酷さを見て、隠れていたの茂みから、思わず駆け出していた。
「大丈夫ですか!?」
ミリーが声をかけると、その冒険者はつんのめるように、その場に倒れこみそうになった。ミリーは慌てて彼女を支えると、ゆっくりとその場に座らせた。
「ごめんなさい、パーティが魔物の群れに襲われて・・・。」
冒険者はそういうと、苦痛にたえかねるように、体を痙攣させた。
「しっかりしてください!」
すぐにミリーは回復魔法を使いはじめる。淡い光が冒険者の体を包んでいく。
冒険者は、ミリーが回復魔法を使うのを見て、一瞬驚く様子をみせた。しかし、腕の痛みがなくなったのか、彼女の表情は次第に和らいでいった。
「あ、ありがとう。こんなところで、回復魔法を使える冒険者に会えるなんて、私は幸運だったわ。もうだめかと思ってたのに。」
「何があったんですか?」
そう言いながら、ミリーは腕以外にも回復魔法をかけていく。大けがをしているのは右腕だけだったが、それ以外にも体のあちこちに打撲の傷が見つかった。よほど酷い目にあったらしい。ただ、回復していくにつれ、彼女の顔色もよくなってきた。
「私はティティ。星3ランクの冒険者よ。助けてもらって、本当にありがとう。」
回復がひと段落したところで、その冒険者は深々と頭を下げた。ミリーも反射的に軽く頭を下げる。
「私はミリーと言います。星3ランクの冒険者です。ティティさん、いったい何があったんですか?」
「討伐クエストで、パーティの仲間と森に来たんだけど、恥ずかしいことに、ロックリザードの群れに不意打ちを受けてしまったの。やつらと武器の相性がよくなくて、逃げることにしたんだけど、突進を避けきれなくって。」
ティティと名乗った冒険者はそう言うと、腰から水筒を取り出してぐっと水を飲んだ。
「それは大変でしたね・・・。他の人はどうなったんですか?」
ミリーは、ロックリザードの固い皮膚を思い出していた、確かに、剣や弓しかもっていなければ、倒すのは難しいだろう。強くなったミリーでも、一人では相手にしたくない魔物だ。
ミリーの問いにティティは首を振る。
「わからないの。みんなバラバラに逃げたから・・・でも、タフな連中だから、やられてはいないと思うのだけど。」
「まだ追ってきてるんでしょうか。」
ミリーは、ティティの出てきた茂みの方角を見る。
「ううん、大丈夫だと思う。知ってると思うけど、ロックリザードは足が遅いし、縄張りの岩場からあまり離れないから。さすがに、ここまでは来ないでしょう。」
「そうですか・・・ティティさんが無事でよかったです。」
ミリーはほっとした顔でそう言った。
「本当に助かりました。このまま森の中を歩いていたら、他の魔物の餌食になるところだったわ。武器も荷物も落としてしまって、食べ物もないし、本当にどうしようかって思ってたの。」
ティティは両手を広げて見せた。確かに彼女は、武器も持っていなければ、冒険者が誰でも持っているような、背負い袋も持っていなかった。
「荷物はどこで落としたんですか。」
「そう遠くはないと思うのよね。怪我もなおしてもらったから、探しにいってみようと思う。」
ティティはゆっくりと立ち上がる。しかし、まだ本調子ではないのか、立ち上がろうしてして何度か膝をついてしまった。
「じゃあ、私もお手伝いします。」
ミリーは彼女の覚束ない足取りをみて、思わずそう言う。例えそうでなくとも、一人で大森林の中を丸腰で歩くのは、さすがに危険すぎる。
「そんな・・・嬉しいけど、あなたに悪いわ。」
「大丈夫ですよ。ちょうど、ティティさんが来たほうへ行くつもりでしたから。」
ミリーはそういうと杖を掴み、にっこり微笑んだ。彼女の金色の髪の毛が僅かに揺れる。
今日の彼女は、珍しく口が回った。
話している相手が、女性の冒険者だということも勿論ある。怪我をしているところを助けたという自負もあった。それに、ティティが冒険者にしては口調が穏やかで、ホムトフの冒険者によくいるような、威圧的なしゃべり方をしないことも良かったようだ。
「そういえば、あなたは、ここで何をしていたの?」
ふと気が付いたように、ティティはミリーを見る。
「私は、湖の近くの地図を作るクエストで、ここにきています。」
そう言って、ミリーは作りかけの地図の木版をティティに見せた。ティティはそれを見て、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに何か合点したようだった。
「ああ、あなたがあの、採取を専門にしているっていう、星3の冒険者なのね。そういえば、金髪の小柄な女の子と、茶髪の若い男の子の、ちょっと珍しいパーティだって聞いたことがあるわ。」
「え、私たちのこと、知っているんですか?」
ミリーは思わず顔を伏せる。
「知ってるもなにも、ホムトフのギルドで、あなたがたを知らない人なんて、ほとんどいないでしょうよ。」
「えええ・・・そうなんですか?」
「そりゃそうよ。採取なんて、普通はあまり実入りのいいクエストじゃないのに、それを端から受けていく冒険者なんて、それだけでも目立つわ。それに、大森林の地図を作っているという噂も聞いてたけど、本当なのね。」
ティティはそう言いながら、ミリーの持っている地図を興味深そうに眺めた。
「すごいわね・・・こんなに詳しい地図があれば、森の中でのクエストは、とても楽になるでしょうね。みんなが欲しがるはずだわ。いったい、どうやって作っているの?」
「え、えっと、それは、ちょっと話しにくいんですけど・・・」
ミリーは、ティティにじっと見つめられて、耐えきれずに目を伏せる。そして、これまで自分がスキルや能力のことを、自分の口から他の人に説明することがなかったことに気が付いた。
彼女のことは、いつもオクトが他の人たちに説明していた。彼は、何を話すべきか、何を隠すべきかをいつも考えていて、辻褄が合うように、うまくミリーの力について説明した。ミリーはそれが当たり前だと思っていたが、自分ではそういう説明ができないことを、今更ながらに自覚していた。
「あ、ごめんなさい。話したくなければ、話さなくていいわ。自分のスキルのことは、誰でも秘密にしたいものよね。」
ティティは、ミリーのもじもじとした様子から、何かを察してくれたようだ。
「ごめんなさい、うまく説明できないんです。」
「ううん、気にしないで。」
申し訳なさそうにするミリーを見て、ティティは首を振った。
「同じパーティの冒険者は、一緒じゃないの?」
「オクトさんとは、この先のほうで合流する予定なんです。」
ミリーは、オクトが進んでいた方向を見る。
「私が来た方向に近いのね。ロックリザードに出会ってなければいいのだけど。」
「オクトさんなら大丈夫だと思います。」
「ふうん、随分と信頼しているのね。」
ティティは、ミリーの落ち着いた様子を見て、感心したよう頷いた。
「でも、そういうことなら、一緒に探してもらえると嬉しいわ。地図を持っているミリーさんといっしょなら、とっても心強いもの。荷物の中には、ギルドカードも入っているし、商売道具もいろいろ入っているから、失くすととかなり困るのよね。もちろん、お礼はするわ。」
「はい、喜んで、お手伝いします!」
ミリーは笑顔でそう答えると、ぐっと杖を握った。




