3-20:スキルの訓練(下)
彼女は、オクトが風魔法を使い始めてから、暇さえあれば魔力を集めて掌の上の空気を掻きまわすイメージトレーニングを行っていた。その日も、食事から戻ってすぐ、日課のようになっていたイメージトレーニングを始めたところだった。
掌の上で踊る、小さな渦巻を眺めながら、ミリーは感慨深そうに呟く。
「里の人たちは、みんな風魔法が使えたんです。でも、私は使えなくて・・・。」
どうやら、エルフは生まれつき風魔法スキルを持っていることが、当たり前というほどに普通なことらしい。ところが、ミリーが持っていたのは水魔法、火魔法、回復魔法のスキルだった。本来なら魔法系のスキルを三つも持っていること自体、珍しいことなのに、風魔法スキルを持っていないことで、エルフ連中からは蔑まれていたそうだ。
しかも、それでいて里には水魔法や火魔法が使える者が他にいなかった。そのせいでミリーは、料理や洗濯、掃除といった家事に役立つこともあり、あれやこれやと仕事をさせられることになったという。
「回復魔法スキルはどうだったんだ?」
「回復できる人は、私の他にも何人かいました。でも、狩りをしていて怪我をした人が何人もいるときに、森の奥まで行って治したことは何度かあります。」
「それは、さすがに感謝されたんじゃないのか?」
「私の回復スキルのレベルアップができる機会なのだから、ありがたく思うように、といつも言われました。」
「・・・エルフ、思った以上にダメな連中だな。」
オクトの、この世界でのエルフのイメージは、悪化する一方だ。
「それにそしても・・・」
・・・俺のスキルは大概チートだと思っていたけど、ミリーってもしかして、もっとチートな存在なんじゃ??
掌の上でくるくる回る渦巻を、嬉しそうに見つめているミリーを見ながら、オクトは思った。ミリーは何度も鑑定しているので、チート的な能力はないと思っていたのだが、鑑定では分からない、何らかの要因があることは確実だ。
思い当たることはいくつかあった。
一つは、オクトがミリーに偽装スキルをかけ続けていることだ。それが何か影響している可能性はある。
そう思って、試しにミリーにかけている偽装スキルを解除してみた。
久しぶりに見る長い耳を見て、ミリーはエルフなんだなぁと、オクトはしみじみ思う。
彼女の金髪に混じる緑色の毛も、オクトの世界の感覚からすれば、お洒落にしか見えない。あちらの世界で言うところの、ポイントカラーのようなものだ。忌まわしいと思うこちらの世界の感覚は、オクトにはまったく理解できない。むしろ、彼女を可愛らしさを引き立たせているじゃないか。
・・・この状態でいられないのは、もったいないなぁ。
オクトは心のうちで溜息をつく。
無論、そんなことは口にはださない。ミリー本人は、緑色の髪の毛のことを嫌がっているのは、よく分かっている。
「オクトさん?」
「あ、ああ、ごめん。」
ミリーにきょとんとした目で見られて、オクトは正気に戻った。
気を取り直し、偽装を解除した状態で、オクトが身体強化スキルを使ってみる。スキルを使うと、ミリーの体もぼんやりと光る。
ということは、偽装スキルは関係ない。
次のひとつは「NDA」だ。契約した人物の間で、これは秘密を共有するためのに、オクトが自分で作成したスキルである。
・・・しかし、これは可能性低いよな?
NDAのスキル自体には、魔力を共有するような能力は勿論ない。さすがに自分で作ったスキルだけあって、その副作用についても理解はしているつもりだった。しかし、想定外のバグとか不具合みたいな可能性はある。
それで、二人で宿屋にこもって、一日かけてNDAの影響についても実験してみた。魔力を共有する実験自体はすぐ終わるものの、NDAの解除やかけ直しに時間がかかるからだ。
結論からいえばNDAは関係なかった。これは、まあ想定通りだ。随分と苦労した割には、拍子抜けする結果ではあったが。
最後の心当たり、といえば・・・
「やはり、隷属魔法か。」
オクトは呟く。最初から、これが一番可能性が高いと考えてはいた。ただ、隷属魔法をかけた相手とスキルが共有されるという話は、これまでに聞いたことが無い。それに、現時点では隷属魔法を解除することができないので、これが原因なのかを確かめるすべもない。
「さっさと魔導コンピュータを作る必要があるな。」
そのためには、速やかにクエストをクリアして星4冒険者になり、研究用の施設を建てる必要がある。ミリーに魔力が流れる原因については、そのあとにゆっくりと探ることにしよう。
ここのことが、オクトが星4ランクになることを急ぐ遠因になっていることは間違いない。
それからは、オクトは探索の間は常に何らかのスキルを使うようにして、ミリーのスキル取得やレベルアップに努めるようにした。
とりあえずは、自衛のために必要な武器スキルとして、弓と短剣のスキルを習得させた。身体強化スキルは戦闘の基本になるため、優先して上げるようにした。戦闘に関しては、スキルを上げるだけでは十分ではないので、森の中の弱い魔物を相手に、戦い方を覚える訓練もした。
戦闘訓練については、以前からオクトが機会を見てミリーに稽古をつけていたが、いまひとつ気が進まないようだった。しかし、スキルの共有化のことが分かってからは、その様子もかわった。
訓練を頑張れば、オクトを手助けできる強さになれるかもしれない。そうミリーが思うようになったのが大きい。それからは、戦闘訓練に身が入るようになり、スキルアップの訓練も積極的に行うようになった。
真面目に取り組み始めると、ミリーの上達は早かった。
彼女にいくつか武器を使わせてみたところ、弓や短剣との相性が良いようだったので、これらを重点的に訓練した。魔法スキルは、もともと持っていた火や水の魔法スキルより、新しく覚えた風魔法の伸びが良かった。このあたりは、エルフとしての種族特性があるようだ。
星3ランクに昇格するポイントが溜まるころには、相変わらず攻撃は得意とはいけなかったが、防御や戦闘支援に関しては、ランク相当以上の動きができるようになっていた。ミリーも、弱い魔物相手なら一人でも十分相手ができると分かり、少しずつ自信がついてきたようだった。
これなら、星3への昇格試験で、ミリーが一人で摸擬試合をしても大丈夫だろう。
・・・最悪の場合は、星5の連中と戦った時のように、身代わりをするつもりだったけど。
しかし結局、星3と星4へは、摸擬試合なしでランクアップできることになった。
これは、いろいろと事情を抱えるオクトたちにとっては好都合なことだった。




