3-14:令嬢の依頼(中)
四天王が出現した頃から、大森林の魔物が群れをなしているのが頻繁に発見されるようになった。単体の魔物はさほど強くはなく、星3の冒険者パーティでも難無く倒せる程度の強さのものだ。
しかし、今回出没している魔物たちは、群を成していて、多いときは10匹単位で行動していることもある。それだけの数にもなると。星3はおろか星4パーティでも簡単に全滅してしまう。
事実、ここ半年の間に大森林の中では魔物の群に襲われる事件が多発し、星2や星3クラスの冒険者がまともに活動できない状態になっている。その上、魔物の群は次第に伯爵領に近づいているようで、このまま放置するとホムトフまで魔物が押し寄せてくる可能性もある。
今のところは魔物の群はまだ伯爵領から距離を採ってはいるが、もしあれらが大挙して大森林から伯爵領へ押し寄せれば、大変なことになる。そこで、先手を打って魔物の群を領兵で討伐するという計画が持ち上がっている。
そのための、事前の情報収集として、野営が安全にできる場所、行軍できる地形、魔物の出没する場所といった、派兵に必要になる情報を集め、詳細な地図を作ってほしい。
依頼の内容をまとめると、おおむねそういう内容だった。
もともとは、探索スキルもちのマティアスのいる、ジルベールのパーティに依頼するつもりだったそうだ。しかし、彼らは別の依頼でホムトフを空けていて、もうしばらくは戻らないと聞いている。彼らを待っていると、地図作りが派兵の時期までに間に合わない可能性がある。
マティアスの探索スキルは、正確には「生物探索スキル」で、距離的には半径50m程度の生物を探索できるというものだと聞いている。ミリーの探索範囲も50m程度なので、探索範囲としてはマティアスと大差はない。ただ、彼の探索スキルは生物全般を探索できるので、ミリーの食料探索スキルの上位互換に近いスキルではある。
一方で、ミリーの食料探索スキルは、食料にならない生物や魔物は探索できないが、ある意味「食べられる」ことを見分ける、疑似的な鑑定スキルとしても使える。そのため、完全な上位互換というわけではない。場合によっては、ミリーのスキルのほうが使える場面も多い。
「それに、ミリーさんは探索スキルを持っているだけではなく、森歩きに非常に慣れていて、他の冒険者が2,3日かかるところを。1日で踏破してしまうと聞いています。」
「森歩きのスキルなんて聞いたことが無いが、そんな感じのものがあるのか?」
ソラルのそのセリフを聞いて、めずらしくエレナが興味深そうに反応し、ミリーを見た。その目に、虎が獲物を見るかのような鋭さがある。
「え、ええと・・・」
「スキルではないんですよ。戦闘経験みたいなものです。」
エレナの目線に怯んでしまったらしきミリーの様子をみて、オクトが代わりに答える。
「たとえば、剣スキルのレベルが上がると、剣の振りは早くなりますが、剣技自体が上達するわけではないですよね。剣技は戦闘訓練をして習得する必要があります。それと同じで、森を歩く経験を積むことで獲得した、森を歩く技術、みたいなもんですよ。」
「へえ、それは凄いな。そんな、森を歩くなんていう技術もあるのか。」
エレナは菓子をポリポリと頬張りながら、机の上にあるオクトとミリーが作った地図をじっと見つめ、再び口を開いた。
「森歩きも凄いが、この地図はいったいどうやって書いてるんだ?」
「え、ええと・・・」
「これは、彼女の地図作成というスキルで作っています。」
固まってしまったミリーに代わり、再びオクトが答える。
「なんだって!?そのスキルは伝説級のレアスキルじゃないか!」
地図作成スキルの話しを聞き、エレナは席から身を乗り出した。さすがの彼女も驚いたらしい。
地図作成スキルは、本人がいる周囲の地形や植生、生物の分布などの情報を、羊皮紙や木版などに直接書き込めるスキルだ。書き込まれる情報は、本にの持つ情報収集系のスキルによって増加する。ミリーの場合、食料探索スキルを持っているため、地形だけでなく、食用になる植生や生物の分布情報も同時に記録できる。
手書きの地図と違って、極めて正確に距離や方位が分かる地図が作成できるため、冒険者に限らず、各地を旅する商人、地形情報の有無が戦況に直結する兵士といった、幅広い職種の人々が、喉から手が出るほど欲しがるスキルのひとつだ。
しかし、このスキルを持つ人間は極めて少ないようで、王宮ですら持っている人物は誰もいなかった。王都にあった歴史書にも、過去にそういう人物がおり、世界の地図を作成したという伝説が残っているだけだ。残念ながら、作られたという地図は残っていないそうだが。
オクトとミリーが地図作成を始めた直後の頃は、オクトが映し出した探索結果の映像を、書写スキルで木の板に写していた。そのため、少なくともオクトがまず探索したい場所を一人で移動して回る必要があった。また、オクトの探索スキルは、生物の見分けはつくが、それが食用になるかの見分けがつかない。だから、食料になる生物の情報はミリーが直接歩き回って集め、あとから地図に個別に書き込んでいく必要もあった。
そうした作業を延々と繰り返しているうちに、ある日突然、ミリーの書写スキルがレベルアップした。そして、なんとサブスキルとして、レアスキルである「地図作成スキル」を覚えてしまったのだ。これにはオクトも驚いた。
ミリーが自分で地図作成スキルを持ったことで、オクトがわざわざ歩き回らずとも、ミリーが一人で地図を作れるようになった。しかも、地図はリアルタイムにできあがっていくのだ。
生産性の向上が半端ない。
彼女は「これで絶対に迷子にならないですね!」と無邪気に喜んでいたのだが・・・
「これはもう、特別クエストなしで星3に、いやもう星4でもいいんじゃないのか?なあ、ラフィーナ。」
エレナが興奮気味にいう。
「すみません、エレオノーラ様、さすがにそうは参りません。冒険者には戦闘スキルも必要ですから。ギルドもスキルだけではランクアップを認めないと思います。」
部屋の隅のほうに控えていたラフィーナが、申し訳なさそうに言う。
「なんだ、冒険者ギルドもずいぶん頭が固いじゃないか。」
エレナはどかっと椅子に座り込むと、少し乱暴にそういう。その表情から、彼女が不機嫌なのが手に取るようにわかる。だが、彼女は突然にやりと笑った。
「わかった、ならば二人ともわが伯爵領で雇おう。父上も快諾するはずだ。」
「えええ!?」
オクトとミリーが同時に叫ぶ。
・・・そんなのアリなのか。
いや、アリなのか?
そもそも、冒険者がランクを上げる目的の一つに、貴族に能力を買われて仕官するというのもあったはずだ。だから、領主に雇われるというのは、ある意味ゴールかもしれない。領主に仕えれば、生活は安定するだろうし、ミリーの今後を心配することもなくなる。それは願ってもないことだ。
でも、貴族に使えるとなると様々なしがらみからも、逃れられなくなる。王宮と関わりになるだろうなぁ・・・うーん、それは避けたい。
・・・やっぱりナシだな!
「なに、気が進まなければ、ミリーだけでも良いぞ?」
オクトが複雑な表情をしているのを見てか、エレナがそう付け加えた。
「えええ!それなら、私もお断りします!」
ミリーが珍しく即答する。しかし、彼女は言ってから怖くなったのか、彼女は自分の顔を両手で隠してしまった。
そんな彼女の様子を見てにやにやしているエレナの横で、ソラルがやれやれと頭を掻くのが見えた。
「エレオノーラ様、あまりお二人を困らせないでください。依頼を受けていただけなくなりますよ。」
それでもエレナは抵抗した。しかし、ソラルが理路整然と性急にそんなことを決め手はダメだと説明すると、エレナに勢いがなくなってきた。反論する気がなくなってきたというよりは、小難しいことを聞いているうちに嫌気がさしてきたのだろう。
「うーん、残念だなあ。いつもで気が向いたら、城まで来てくれ。歓迎するぞ!」
結局エレナは二人を雇うことをあきらめ、しぶしぶ椅子に座りなおす。
「ははは・・・。」
オクトは苦笑する他なかった。
だいたい、伯爵家からの依頼を断るなんていう選択肢は最初からないのだ。貴族からの依頼を断るなんてことをして、ただで済むわけがない。少なくとも、王都の貴族たちはそういう態度をとっていた。
クエストを断ることなどできないし、伯爵家で雇うといわれたら、それにも従う他ない。ミリーが即座に断ってしまったが、王都であれば捕らわれて牢に入れられかねない。
だが、オクトはエレナがそんなことをするとは、露ほどにも思っていなかった。実際、ソラルも彼女の背後に控える兵士たちも、軽口だといわんばかりの態度で流してしまった。
以前、この伯爵領を訪れたときにも思ったことだが、本来は一方的に命令できる立場にいるはずの、彼らのこうした気さくな態度は好感がもてる。それだけ、ここでは庶民と領主との関係が近いということだろう。
・・・王宮と関わり合いにはなりたくはないけど、それが無ければ、辺境伯につかえるのも悪くはないかもな。
再び菓子をつまみはじめたエレナと、やれやれという様子で主人を諭す目線を送るソラル、そしてその背後でそれを生暖かく見守る兵士たちの様子をみて、オクトは何となく、そんなことを思ったりした。
「大変失礼いたしました。」
ソラルはそう言って咳払いをひとつすると、何ごともなかったかのように話をつづけたのだった。




