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虚構の勇者  作者: かに
第一章:召喚勇者とエルフの少女
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1-5:エルフの少女

エイトは牢の鍵を開けると、瀕死のエルフに近づいた。


エルフの少女の息は荒く、顔は完全に青ざめている。立ち上がることはおろか、目を開けることすらできそうにない。


「治癒」


エイトは治癒魔法スキルを使った。みるみるうちに、エルフの体中にあった痣が消えていく。


「体力回復」


次に、極限まで低下しているであろう、体力の回復をした。ほどなく、エルフの顔色がよくなり、呼吸も落ち着いてきた。


「解毒。疫病除去。退魔、解呪」


エイトは、徹底的にエルフから悪い状態を取り除く魔法スキルを使っていく。


ふと、そこでエイトの魔法スキルに抵抗する何かに気が付いた。


「・・・隷属魔法?」


解呪魔法スキルに抵抗があったのは、少女にかけられた隷属魔法だった。おそらく、逃げられないように無理やりかけたものだろう。しかも、無理やり解除しようとすると爆発して、周囲に被害を与えるような罠が仕込まれていた。


「うーん、これの解除には時間がかかるな。」


時間をかければ解除することはできそうだ。でも、あまりゆっくりしている暇もない。


・・・さて、どうしたものか。


エイトは思案しながら、少女にかけられた隷属魔法を、スキルを使って詳しく調べていく。


「隷属先を書き換えるだけなら、すぐできそうだな。」


ざっと調べたところ、隷属魔法の「主」を書き換えることなら、短時間でできそうなことが分かった。それ以外の書き換えをするには、細かく仕掛けられている罠を回避しながらの作業になるので、短時間では難しそうだった。


・・・とりあえず隷属先を自分に変更しといて、時間がとれるときに全体を解除するか。


一時的にでも隷属先を自分にするということは、奴隷という制度のない世界にいたエイトには抵抗があるものではあった。しかし、それをしないまま放置するのは危険があった。


もし、彼女が「ここから出てはいけない」というような命令を「主」から受けているかもしれない。そうであれば、彼女がここから出ようとした瞬間に、命令違反となって何らかの罠が発動する恐れがある。そういう危険を避けるためにも、主を書き換えて、彼女への命令をすべて解除しておきたいところだ。


エイトは一瞬、これでいいのだろうかと逡巡したが、すぐに思い返して隷属魔法の書き換えを始めた。


・・・後でちゃんと解除するから、今だけ主になるのを許してくれ。本当、あとで絶対解除するから。いたずらとかしないから!


エイトは誰に対するともつかない言い訳を心の中でつぶやきながら、書き換え作業を続けるのだった。


ほどなく、主の書き換えは無事終了した。エイトは解除が確実にできていることを確認してから、エルフの少女に向かって言った。


「すべての命令を解除する。」


その言葉に反応してだろうか。少女がゆっくりと目を開いた。


「!!」


少女は、すぐそばに誰かがいることに気が付き、身をこわばらせる。見覚えのあるフードをみて、フードの連中からこれまでに受けた仕打ちを思い出してか、エルフは恐怖に体を細かく震えさせ始めた。


「気が付いたようだね。」


エイトは、エルフの少女を刺激しないように、できるだけ落ち着いた静かな口調でそういった。


「動けるようになったようで、良かったよ。」


エイトはそう言うと、続けてスキルを使った。


「洗浄」


「!?」


エルフの少女は、唐突に水流に包まれた。


溺れる!?


そう思い、水から逃れようと手を伸ばそうとした。しかし、水流は一瞬のことで、あっというまに水はどこかに消え去った。


予想外にエルフの驚く様子を見せたので、エイトは思わず狼狽えた。


「申し訳ない、驚かせるつもりはなかったんだ。ちょっと髪の毛や手足を綺麗にしただけだよ。」


そういわれて、エルフは自分の手を見る。


腕には痣もなければ傷もない。それどころか、今しがた湯舟を出てきたかのような、血色のいい綺麗な肌がそこにあった。


「どこか痛いところとか、具合が悪いところはあるかい?」


そういわれて、エルフはゆっくりと起き上がってみる。体のあちこちを動かしてみるが、どこも痛いところはない。ほとんど見えてなかった目も、今は良く見える。地下室の饐えた匂いは不愉快だったが、それも鼻が問題なく機能していることを意味していた。気が付けば、体の震えも止まっていた。


「どこも、痛く、ないです・・・」


少したどたどしい口調で、エルフの少女がそう答える。もともとそういうしゃべり方をするのか、まだ十分に回復できていないからなのか、エイトには判別がつかなかった。ただ、彼女のエイトに対する警戒心が緩んでいることは感じ取れた。


「そうか、良かった。」


エイトは、はあっと息を吐いた。その溜息からは、心底安堵したという雰囲気が、エルフにも感じられた。


「あ、あの、助けていただいて、ありがとうございます。」


少女は、深々と頭を下げると、エイトにそういった。洗浄スキルでサラサラになったストレートの金色の髪が、魔法具の灯に反射してキラキラと光る。その輝きに、エイトは思わず息をのむ。


この子、とんでもなく美少女だな



・・・知っていたけどね!


実は、エイトはこの少女に見覚えがあった。だからこそ、見捨てておけず助けたともいえる。


彼女を前に見たときは、もっとこう太々しい感じで、しゃべり方も堂々としていた。髪の毛は緑色だったし、目の色も赤みがかかっていた。最初に床に伏せっているのを見たときは、よく似た別人物かと思ったが、こうしてみると、やはり同一人物にしか思えない。


双子のもう一方という可能性もあるかと思ったが、エイトは鑑定スキルを使って確信した。


・・・やはり同一人物か。


鑑定結果は、エイトの記憶通りだった。


「どうして私を助けてくれたんですか?」


自分をじっと見つめるエイトを、透き通るような蒼い瞳で見返し、少女はそう言った。


「え、えっと・・・たまたま通りがかって・・・」


エイトは思わず目を逸らせた。少女に心を見透かされたような気がしたからだ。そうでなくとも、金髪蒼眼の美少女エルフが放つ視線の破壊力に、彼女いない歴イコール年齢だったエイトが、耐えられるはずもない。


少女はふと倒れている男たちのほう見た。あの人たちは?とエイトは尋ねられたような気がした。


「あー、うん。俺はあいつらの一味じゃない。ここを通りがかったのも、君を見つけたのもたまたまだ。もちろん、助けたことも。」


ややぶっきらぼうに、エイトはそう答える。正直、少女相手にどんな口の効き方をしたらいいのか全く分からなかったのだ。


そう、確かに見つけたのはたまたまだけど、助けたのはたまたま以上の理由はある。おそらく、ここに捕らえられていた原因のなん分の一かは、エイトに原因があるだろう。そうエイトは考えていた。


エイトがそこで言葉を区切ると、エルフはちらりと彼の来ているフードに視線を落とした。今度は、どうして私を捉えた人たちと同じフードを着ているのと、エイトは問われたように感じた。


「あ、ああ。これは、ちょっとしたトラブルがあって・・・」


エイトは、街中でいきなりフードの連中に襲われたこと、隙を見てフードの男を一人倒し。入れ替わったこと。フードの一味の振りをしてアジトに戻り、隙を見て脱出しようとしていたこと、などを短く答えた。言っていることに嘘はない。


隠していることはあるけど。


「それで、偶然ここを通りかかった訳なんだけど、あまりに酷い扱いを受けていた君のことが放っておけなくて・・・。」


つい助けてしまった、という言葉をエイトは飲み込んだ。彼女に隠していることもあったし、下心が全く無いとは言えなかったからだ。


しかし、エルフの少女には、エイトがほとんど善意だけで、何の関係もない自分を助けてくれたと思ったようだ。少女のほうも、男というものがよくわかっていないようだ。もしかすると、見た目通りの年齢なのかもしれない。


「・・・ありがとうございます。もう助からないと思っていました。」


疑いをもたない、キラキラと光る蒼い瞳で見つめられ、エイトの目は泳ぎに泳ぐ。


・・・ぬおおおおおおっ!


気恥ずかしさと、微妙な後ろめたさに突き上げられて、エイトはどこかに走って逃げたい衝動にかられる。しかし、彼はかろうじて踏みとどまった。


「いや、人助けは当然のことだよ・・・」


そういいながら、エイトは曖昧な表情を浮かべ、心の動揺を隠すことに腐心した。


「と、とにかくここを出よう。」



エイトは急に立ち上がると、胡麻化すようにそう言う。実際、よく考えなくても、今はエルフの美少女との会話を楽しんでいる場合ではない。


「そう遠くなく、奴らの仲間がやってくる。それまでにここを脱出しないといけない。」


「えっ・・・」


エルフは、身を振りわせた。これまでにフードの一味から受けた、酷い扱いを思い出したようだ。


「・・・一緒に逃げるか?」


エイトはそういって、エルフを見た。


「連れて行ってもらえるのですか?」


エルフの少女は、エイトを不安そうに見上げてそう言った。


「ここまで助けておいて、今更置いていくなんてことができるわけないだろう。」


エイトはそういうと、倒れているフードの男たちを見る。彼女をここに置いていけば、また同じ扱いをされることは目に見えていた。


「で、でも、私は、その・・・」


少女はそういうと、口ごもる。無意識に、自分の髪の毛を触った。


・・・ん?


エイトはそこで初めて気が付いた。エルフの金髪の髪の中に、未だに緑色の毛が混じっていることに。


・・・そういえば、あの野郎が魔族の血がどう、とか言っていたな。


エイトは、床に転がっている男をちらりと見て、男をぶっとばす原因になった会話を思い出した。


この世界では、緑色の髪の毛を持っているということは、魔族の血を引いていることを意味するのだそうだ。魔族は人族にとっては侵略者であり、この世界を汚す、忌むべき存在であると認識されていた。


そのため、魔族の血を受け継ぐとされる混血の人族は、この世界では迫害される対象であった。実際には、特別な力を持っているわけでもなく、魔族のように人族の体をのっとるような力を持っていることはほとんど無いらしい。そもそも、本当に魔族の血を引いているのか、確認する方法があるわけでもなく、その真偽を確認することもできないそうだ。


しかしこの世界では、緑色の髪の毛といえば魔族であり、緑の毛が混じる者は、誰もが魔族の血を引いているものだと思われるのだそうだ。だから、不運にも緑色の毛を持って生まれてきた者は、髪の色を染めたり、髪を編み込んで人目につかないようにするといった工夫をして、自分の髪に緑の色が含まれることを隠すのだという。


エイトは、そんな話を王宮で聞いたことがある。


エルフは、前から見ると金色の髪の毛しか見えないが、後ろから見ると大半の髪の色が緑色に見えた。以前、彼女に会った時、最初の時点では髪の毛は完全に緑色だった。ただ、最後に見たときには完全に髪の色は金色になっていた。もう大丈夫だろうと安心したのだが、どうもそれは彼の勘違いだったようだ。


おそらく、これほどまでに緑色の髪の毛の割合が高いと、不用意に人前に出ればすぐ気疲れ、相当ないやがらせを受けるに違いない。緑色の部分が多すぎて、帽子やフードでも被らない限りは、隠すことは難しいだろう。


二ホン人のエイトには、この世界の人族が、緑色の髪の持ち主を目の敵にする気持ちは正直よくわからない。しかし、エイトが気にしないとしても、この少女は大いに気にしている。それに、実際に町の中を歩けば、彼女がすぐに不愉快な目にあうだろうことは、これまでの別の人物との経験からも容易に予想できた。


「その髪のことを気にしているのか。」


「・・・はい。」


エルフは伏し目がちにそう言う。


「ごめん、ちょっと頭を触るよ?」


エイトがゆっくりと手を伸ばすと、エルフは一瞬躊躇するような素振りをみせた。しかし、すぐに観念したかのように目を閉じた。そのしぐさで、頭に許可が得られたと判断したエイトは、ゆっくりとエルフの頭の上に右手を置く。ピクン、と小さく頭が動くのが感じられた。エイトは構わずスキルを使う。


「偽装」


エイトが呟くと、エルフの髪の毛が淡く光りだす。その光が収まるまで待って、エイトは手を離した。


「これでどうかな。」


エルフは、どんな変化が起こったのかを確認しようと、自分の長い髪の毛をつまみあげた。


「・・・色が変わってる!?」


エルフの顔に驚きが広がるのが分かった。つまんだ髪の毛は、完全に金髪だった。


「本当に色を変えたわけじゃない。金色に見えるようにしただけだ。」


「変装の・・・スキル?」


少女は自分の髪の毛を灯にすかして色を確かめるが、どう見ても完全に金色の髪の毛にしか見えなかった。


「そんなようなもんだ。」


エイトは曖昧に答えてから、ちらっと倒れているフードの男たちを見る。


「一緒に行こう。」


エルフは、エイトの静かな声にはっとしたように顔を上げる。そして意を決したように言った。


「はい!ありがとうございます。足手まといになったら、置いて行ってください。」


その言葉に、エイトも大きく頷く。ここまで助けておいて、少女をひとり置いていくのはさすがに後味が悪い。


だが・・・


「連れていく前に、ひとつだけ頼みがある。」


「え?」


頼み、という予想しないエイトの言葉に、エルフは意表をつかれたようだ。


「俺とNDAえぬでぃーえーを結んでほしい。」


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