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虚構の勇者  作者: かに
第三章:冒険者ギルドと大森林
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3-6:思わぬ提案(下)

「彼女もクエストを受けてもいいですよね。そうしないと、クエストをクリアしても俺だけランクアップすることになりますから。」


そうして、オクトはミリーのほうへ手を向けた。


「え?」


唐突の指名に、目を皿のようにして驚くミリー。


しかし、驚いたのは彼女だけではなかったようだ。ラフィーナはおろか、金髪の男も、さらには大男にすら、この展開は予想外だったことがオクトには分かった。


「これは驚いた、君は戦えるのかい?」


セレスタンが首を大きく振り、わざとらしく金色の髪の毛をたなびかせる。そうしてから、ミリーのほうへと顔を向けた。


「あの、私は・・・」


「勿論戦えますよ。そちらは誰が出ますか?」


オクトは言い淀むミリーを遮り、戦う前提で話しを進めてしまう。


「へえ、面白いね。」


セレスタンは、にやりと笑った。その表情は、これまでの作り笑いとは明らかに異なっている。


「だったら僕と手合わせしてよ。僕たちのものになる君と、初めて戦う楽しみは、誰にも譲れないからね。」


金髪の男はそう言いながら、再び髪の毛を掻き上げる仕草をする。ミリーは無意識のうちにオクトの後ろに隠れていた。


「ならば、さっそく今から、と言いたいところだが・・・」


ゴーチェは腕組みをしながら、金髪男をちらりと見て、言葉をつづけた。


「ちょいと野暮用があってな。残念だが、明日の昼でどうだ。場所は、ここの修練所だ。」


「わかりました。」


オクトが即答すると、大男はふんと鼻をならし、金髪男は満足そうに目を閉じた。


「話しは決まった。手続きはよろしく頼むぜ、ラフィーナさんよぉ。」


「君は僕たちの仲間になるんだよ。とても嬉しいな。」


セレスタンは、もう勝ったも同然とばかりに、ミリーに近づいて馴れ馴れしく話しかける。


「明日の夜は、みんなで歓迎パーティだ。もちろん、君が寝る暇はないよ?」


その言葉を聞いて、なんとも嫌な気配を感じ、身震いするミリー。思わずオクトは怒鳴りそうになったが、ここで怒鳴っては元も子もない。


・・・鬱憤は明日晴らすとしよう。


「では、明日を楽しみにしています。」


努めて感情を顔にださないように、オクトはそう言った。


「精々鍛錬しておけよ。はははは!」


ゴーチェは大声で笑いながら、ギルドから出ていった。黒いフードの精霊族が、音もなくその後に続く。


「いやぁ、実はメンバーがひとり、やめちゃってね。メンバー募集に、ダメ元でここ来てみたんだけど、来た甲斐があったよ。君みたいな可愛い子をメンバーにできるなんて!」


金髪の男がミリーにそんなセリフを投げかける。しかし、ミリーが全く反応しないのを見て「釣れないなぁ。でも、それも今日までだよ!」とか言いながら、ギルドから出ていった。


そうして、星5冒険者の3人がギルドから出ていくと、ようやくカウンター前に静寂が戻る。


その、しばしの沈黙を破ったのはミリーだった。


「・・・オクトさん!私、戦うなんて!」


「ごめん、相談する前に話しをつけてしまって。でも大丈夫だ。作戦はあとで説明するよ。」


そういうと、オクトはミリーの頭に軽く触れてスキルを使う。ミリーの体の震えは収まったようだ。


その様子をラフィーナがじっと見ていることに、オクトは気が付いた。


「ラフィーナさんにもご迷惑をかけました。お騒がせしましてすみませんでした。」


オクトは彼女に騒ぎになったことを詫びた。


「こちらこそ、何もできずごめんなさい。何とかして止めたかったのですが、犯罪行為でも無い限りは、ギルド職員が冒険者の間のやりとりに、介入してはいけないことになっているんです。」


ラフィーナは大きく首を振ってそう言うと、深々とオクトとミリーに頭を下げた。


「気にしないでください。ラフィーナさんは何も悪くありません。これは、俺たちの問題ですから。」


オクトはそう返す。実際、彼女は星5の連中を押し留めようとしてくれたのに、挑発にのったのは自分なのだ。彼女に非があるわけもない。


「あの人たち、ああやって他のパーティの、若い女の子を自分のパーティに引き抜いておいて、酷い扱いをして最後は捨てるんです。」


ラフィーナは静かにそういったが、わずかに怒りのような感情が含まれているようにオクトには感じられた。それが本当なら、確かに彼らの非道は許されることではない。そういえば、あの金髪男が「メンバーが止めた」というようなことを言っていたけど、あれは捨てたということなのだろうか。


「・・・そんなことをして、罪に問われないんですか?」


「もちろん、本人の意思に反して酷いことをすれば、暴行、拉致といった罪でで領兵への引き渡しもできます。でも、何故か彼らのパーティに入った女の子は、喜んで彼らに尽くすようになるんですよ。自分の意思でパーティにいる限り、無理矢理止めさせることはできませんし、彼らを罰することもできません。」


「・・・なかなか、やっかいな連中ですね。」


やはり、何か裏がありそうだ。オクトはそう直感していた。


「ただ、あの人たちの実力だけは本物なんですよね。最近は、侯国のほうから強い魔物がこちらに流れてきていて、退治できる実力のある冒険者は貴重なんです。だから、ギルドとしてもあまり手出しができなくて・・・」


ラフィーナはため息交じりにそう言う。


北の侯国から強い魔物が流れてきたのは、時の四天王を倒すために、連合軍が森に入った影響なのだそうだ。侯国の大森林に軍勢が入ったことで、魔物たちは周辺の森へと移動をはじめた。その一部が南下して、辺境伯領付近までやってきているらしい。


「時の四天王は連合軍に倒されて撤退したそうですが、影響はまだ続いているんですよ。」


・・・四天王討伐に、そんな影響があったとは。


少なからず、原因の一端は自分にもあるのかもしれないと、オクトは思った。とはいえ、今すぐ何かができるわけでもない。それについて何かできることがあるかは、明日の勝負の後に考えることにしよう。


「事情は分かりました。とにかく、明日の昼にここにくればいいですよね。」


「はい、修練場はすぐ裏です。見ていきますか?」


「できれば。」


ラフィーナの案内で、二人は修練場を見学した。本来は冒険者の育成のための、剣術やスキルの使用法の講座を行う場所だったらしい。しかし、今は教師をやる人材がいなくて、もっぱら自主練習とか、魔法の試し撃ち、練習試合、決闘などに使われているのだそうだ。


広さは、テニスコート2面分といったところか。観客席のようなものはない。地面は石畳におおわれていて、周囲はぶあつい石の壁で囲まれている。床も壁もそこかしこに、武器で削れたような傷がある。一応、床も壁も魔法の攻撃にも、ある程度は耐えられる結界がはられているそうな。


連中が何か仕掛けをしてないか、くまなく探索してみたが、特に怪しいところはなかった。


「ありがとうございます。では、また明日来ますね。」


「くれぐれも、お気をつけてください。」


ラフィーナは、まだ業務があるからと、ギルドカウンターに戻っていった。オクトたちもギルドを後にしたが、ミリーは修練所を見学する前から、ずっとオクトの袖をつかんだままだった。



ギルドを出ると、オクトとミリーはクラヴィウスから紹介された、ホムトフの商会支店に向かった。支店長は辺境伯の領都にでかけていて不在で、番頭が対応してくれた。クラヴィウス直々の紹介状を見ると驚いていたようだ。すぐに、商会の系列の宿屋を紹介してくれた。


紹介してもらった宿屋は、雑然としたホムトフの街の宿とは思えないほど清潔で、宿の主人の対応もよかった。いつもながら、さすがはクラヴィウスの紹介だと、オクトは感心する。


「では、とりあえず14日間、一部屋でよろしいですね。」


宿の主人は、当たり前のような顔をしてそういった。


「二部屋で!」


オクトは慌てて即答する。


「おひとりずつ、一部屋ですか?値段は倍になりますよ。」


宿の主人は、宿帳から顔を上げて二人を交互に見る。


「一部屋でお願いします。」


オクトが何かを答える前に、ミリーがそれに答えた。


「ええ?」


オクトが慌てると、ミリーは小声で囁くように言った。


「あの・・・できればいいんですけど、一緒にいていただけませんか。」


ミリーはそういいながら、左手で掴んでいるオクトの服の袖を軽く引っ張った。そういえば、ミリーは宿屋にくるまでずっと、オクトの袖をつかんで離さなかった。オクトは、今更そのことに気が付いた。


自分のせいで、知らない男と突然戦うことになり、少女はかなり怯えているようだ。スキルを使って嫌な記憶を思い出しにくくしてはあるが、それでもあの金髪男の嫌な記憶が、完全に消えているわけではない。「怖いので一緒にいてほしい」と言われては、その原因を作ったオクトには、断ることなどできなかった。


結局、部屋は一つだけにすることにした。


二人で、少し緊張しながら部屋にいってみると、あろうことかベッドが一つしかない部屋だった。


「さ、さすがにこれは・・・。」


ミリーもさすがに驚いていたようなので、追加料金を払ってベッド二つの部屋に変えてもらった。


彼女は「ベッドはひとつでも良かったです」と小声でいっていたけど、オクトはとても理性を保てる自信がなかった。そこは譲れないと言い張って、ツインの部屋にしてもらった。


その後は、宿の食堂で夕食を食べながら、オクトが明日の作戦についてミリーに詳しく話しをした。


その予想もしない作戦の内容をきくうちに、憂鬱そうにしていたミリーの目にも、次第に光が戻ってきた。話しを聞き終わる頃には、ミリーもこれなら勝てそうだと安心できたようで。食事が喉を通るようになっていた。


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