表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構の勇者  作者: かに
第一章:召喚勇者とエルフの少女
4/199

1-4:予期せぬトラブル(下)

「なんだ。大したことないですね。」


エイトは、蹴とばしたボス格の男を見下ろす。


勇者スキルを使った瞬間、エイトはいろいろなことを思い出していた。自身が、王国から身を守るために、自分自身のスキルやスキルレベルに制限をかけ、制限をかけたこと自体を思い出せないようにしたこと。命が危険に晒されると、記憶制限が自動的に解除されるようにしたこと。


いずれもしばらく前に、仕方なく行った措置だったのだが、どうやらうまく機能したようだ。勇者スキルは失ったのではなく、単に「隠していたことそのものを忘れていた」だけだ。・・・多分。


エイトは、短剣を構えてニヤっと笑う。


「ちっ!」


ボス格の男は、素早く受け身をとって態勢を立て直した。


男の予期しない事態にも即応できるその対応力は、さすがと言える。かなりの実戦経験を持つことがうかがい知れた。


しかし、男からは先ほどまで見せていた余裕のようなものが一切失われていた。


男はエイトを睨みつける。その瞳には、先ほどとは比べ物にならないほどの殺気と緊張感をみなぎらていた。


「こいつは危険だ!!」


男の声には、もはや少しの油断も含まてはいなかった。


「全力で殺れ。生かしてはおけん!」


その男の命令に、それまで周囲で傍観していたフードの部下たちも、一斉に剣を構えた。エイトも油断なく短剣を構える。


「さあて、できるかな?」


エイトの挑発にも襲撃者たちは、誰も動かない。いや、動けない。エイトが彼らの知らない、未知の能力を使ったのを見たからだ。


・・・警戒されたか。じゃあ、こっちから行かせてもらうよ?


エイトは、一番近くにいるフードの人物のほうへと、じりじりと近づいていった。相手もそれに気が付き、じりじりと後退していく。しかし、狭い路地のことだ。下がれる距離にも限界がある。


後退するフードの人物の左足が、石壁にコツンと当たった。


それと同時に、エイトは左手を前に突き出す。一斉に身構える襲撃者たち。


「煙幕」


エイトがつぶやくと、突然、その場にもうもうとした黒い煙のようなものが立ち上る。文字通りの煙幕だ。予想していなかったエイトのスキルに、フードの襲撃者たちは一瞬怯んだ。


「小賢しいことを!旋風!!」


ボス格の男がそう叫ぶと、路地裏にどこからともなく風が舞い込む。そして、エイトの作り出した黒い煙を払いのけていった。


次の瞬間、押しのけられる煙の中から、鋭く光る何かが飛び出す。


「舐めるなっ!」


エイトが煙から飛び出し、ボス格の男に斬りかかろうとした。


男は予想していたかのように、エイトの短剣を避けた。きわどい回避ではあったが、短剣の先は男のフードをわずかに切り裂いただけだった。


「終わりだっっっっ!!!」


カウンターとばかりに、男はエイトの胸に深々と剣を差し込む。


それは一瞬のことだった。


目を見開くエイト。


しかし、すぐに力なくうなだれた。


「・・・」


男は、エイトが動かなくなると、素早く剣を引き抜いた。傷口から血が流れ落ちる。


手ごたえはあった。間違いなく致命傷だ。


エイトはそのまま、その場にどさっと倒れこんだ。


男は用心深くエイトの様子を探っていたが、息がないことを確認すると、ふっと軽く息を吐いた。


「意外にあっけなかったな。」


男は、足元のエイトの亡骸を見下ろしてそう言った。ずいぶんと余裕を見せていた割には、実に拍子抜けの最期だ。自身の力を過信していたのか、何か誤算でもあったのだろうか。ボス格の男は、倒れているエイトの姿を見下ろしつつ思案する。


どう見ても彼は死んでいる。それは疑いようもない。


「あれは何だったのだ?」


男は、エイトが一瞬で後ろの回った能力のことを思い返していた。そのエイトが使った能力が何だったのか、今となっては分からない。


この「元勇者」は勇者スキルを持っていなかった。もし隠し持っていたとしても、勇者を解任された時に勇者スキルも失っているはずだ。だから、彼らはエイトが勇者スキルを使ったとは微塵も考えなかった。


さらには、大司教が鑑定して調べたスキルの一覧にも、特殊なものはなかったと聞いている。身体強化と基礎魔法のいくつか、それに鑑定スキルと探索スキルという、勇者としては平凡なスキルしか持っていないそうだ。しかも、召喚された時点では、どのスキルもレベル1だったらしい。そこまで弱い勇者は過去にも召喚されたことがないと、大司教以下、王宮の連中も驚いてた。


「謎の多い奴だったが、ここで確実に始末できたことは大きい。」


不自然さは残る者の、謎の能力を使った元勇者を、野放しにすることだけは防ぐことはできた。課せられた任務は遂行できたのだ。今は、それで良しとするしかない。


男は、懐からチョークのような白い短い棒状のものを取り出す。


そして路地の上にチョークのようなもので、何やら文様を描き始めた。


魔法陣だ。


いくつもの図形と文字から成る魔法陣は、描くこともそう容易ではないように思われたが、男は極めて手慣れた様子で短時間にそれを描き上げた。


「ここに置け。」


「はっ!」


フードの部下たちは、エイトを含め、路地に転がる三つの死体を魔法陣の上に重ねて置いた。


「転送」


ボス格の男が、魔法陣の一端に手を添えてそう呟くと、魔法陣が淡い赤色に光始めた。直後、折り重ねられた死体が赤く光り、そのまま音もなくすっと消えていった。あとには、光を失った魔法陣が残っただけだ。


死体が消えたのを確認すると、男は魔法陣の一部を描き直しはじめた。全体の三分の一ほどを書き換えただろうか。そこそこの範囲を書き換えたはずだが、ものの1分もしないうちに書き換え作業は終わったようだ。


その間、フードの部下たちは洗浄スキルを使って、周囲の血しぶきや戦闘の痕跡を消去していた。洗浄スキルは、日常生活でも使われるような普遍的なスキルであり、この世界の住民の多くが使うことができるものだ。


「私は報告に向かう。戻るまで例の場所で待機せよ。後始末は任せた。」


「はっ」


ボス格の男はそういうと、先ほどと同じように魔法陣を起動させた。


「転送」


魔法陣は金色に輝きはじめ、光が満たされると同時にボス格の男も金色の光始めた。次の瞬間、金色の光は消え、男の姿もすうっと消えていった。


ボス格の男がその場からいなくなると、残されたフードの人物たちは手慣れた様子で、石畳に描かれた魔法陣を洗浄魔法で消去した。その後、土魔法を使ってわざと「汚し」を入れ、きれいに洗浄されたという痕跡まで消していた。まさに、プロの仕業といえよう。


「撤退する。」


フードの人物の一人がそういった。声色からすると、おそらく男だろう。他の部下たちを先導するように作業をしていたので、サブボスのような立場なのかもしれない。そのサブボスの男は、音もなく足早に路地を進んでいった。それを見て、残った二人のフードの人物たちがついていく。


サブボス男は、入り組んだ路地を迷うことなく進んでいき、とある石造りの建物と建物の隙間に入り込んだ。そして、隙間の先を少し進むと、足元の石畳の一枚を、引き上げる。それが蓋であると知っていなければ、絶対に分からないほどに、蓋は他の石畳と区別がつかなかった。


石畳を引き上げると、人が一人、ぎりぎり通れるくらいの小さな穴が出現した。


サブボス男は、躊躇なくその穴に降りていく。穴の中には梯子のようなものがあり、それを使ってサブボス男は穴の下のほうへと降りていった。残る二人の部下も、サブボス男と同じようにして梯子を下る。


「閉めろ。」


先に下に降りたサブボス男が、上に向かってそう指示を出す。最後に穴に降りたフードの部下は、開けられた石畳を内側からゆっくりと閉めた。


蓋が閉まり、あたりが真っ暗になってしまう前に、サブボス男は懐から灯りになる魔道具を取り出した。それを見て、後続のフードの人物たちも魔道具を取り出す。


ざあああ、という水が流れる音が地下に響くのが聞こえる。


フードの人物たちが降り立った場所には石造りの地下水路があった。中央の水路をはさむように、人が一人通れる程度の細い通路がある。独特の湿気を含んだカビのような匂いに包まれていたが、僅かに風があるせいか、空気は淀んではいない。さほどの不愉快さは感じられなかった。


フードの三人は、灯りの魔道具を使って、水路の脇の通路を歩いて行った。地下水路は何度も分岐したり、曲がったりを繰り返していたが、先導している男は迷うことなく通路を進んでいった。よほど通り慣れている通路なのだろう。


水路の降りた地点から10分ほど歩いただろうか。通路脇に階段のある場所に着いた。階段は鉄格子のようなものでふさがれていたが、先導してきた男が何か呟くと、ガチャりと音がして鉄格子が開いた。三人はそのまま階段を上っていく。


階段を上がりきった場所は、頭上が石の天井でふさがれていた。先頭の男が天井の一部を押し上げると、その部分が上に開き、その穴から真っ暗な空間が見えた。男たちがそのまま階段を上がっていくと、建物の中の通路のような場所にでた。


「・・・」


階段を上がった場所は、鼻をつく饐えたような匂いが漂っていた。先ほど歩いてきた地下水路のほうが、よほどマシな匂いだ。


洗浄スキルが普及しているこの世界で、これほどまでに不衛生な場所があることは、ある意味不自然ともいえる。あえて、地下牢の収容者に苦痛を与えるために、洗浄しないまま放置しているのか、それとも洗浄スキルを使う価値すらないと思われている場所なのか。


灯りに照らされた周囲をよく見ると、通路の左右に鉄格子がはまった小部屋が並んで見えている。


地下牢だ。


牢内には灯りらしい灯りもない。男たちが持ち込んだ灯りの魔道具がなければ、あたりは真っ暗になるだろう。


「う、うう」


突然、左の牢から、かすれたうめき声がきこえた。灯りに反応したのだろうか。


その気配を感じてか、サブボス男が音のした牢に灯りを向ける。


すると、サブボスのすぐ後ろを歩いていたフードの人物が、何かに気が付いたように、牢の奥を覗き込んだ。


牢の奥にはエルフの少女が倒れていた。金色のくしゃくしゃな髪から飛び出した長い耳が、彼女がエルフであることを主張している。


見た目には14,5歳といったところだろうか。


エルフはこの世界でも長命な種族である。年齢はあくまで人間基準での推測だ。実際にはもっと長く生きているのかもしれない。ただ、その顔には、まだ子供のあどけなさが抜けきらず、残っているように見える。


それより目を引くいたのは、エルフの顔や手足に、目立つほどの青あざがあることだった。よほど酷い扱いを受けたらしい。服もいたるところ破けており、そこかしこに血が滲んでいた。顔色も青白く、かすれた声からも、その体調の悪さが伝わってくるほどだ。


このまま放置すれば、そう遠くなく死んでしまうだろう。それにもかかわらず放置されているということは、フードの一味はこの少女を救う気など、更々ないということだ。


「助けて・・・」


少女は、うなされるように呟いた。腫れ上がった目は、開くこともできないようだ。ほとんど意識はないのだろう。その呟きは、無意識だったのかもしれない。


ガシャーン!


耳障りな金属音が地下牢に響き渡る。びくんとエルフの体が動くのが見えた。


サブボス男が、牢の鉄格子を蹴とばしていた。


「ふん、この役立たずが。」


男は苛立ちを隠そうともせず、エルフに向かって怒鳴る。


「エルフの女なら高く売れるかと思ったが、『魔食い』だったとはな。魔族の血のまざったエルフなど、売れるわけもない。」


ガシャン!


「とんだ無駄骨だ。」


再び鉄格子を蹴とばした。エルフの少女は、今度はピクリとも動かなかった。もはや気力も尽きたのだろう。わずかに口から漏れた、切ない言葉だけが静かに響いた。


「お、お母さん・・・」


エルフの閉じられた目から、小さな光の雫がこぼれるのが見えた。


「おい!」


エルフに見入っているフードの人影に向かって、先頭にいたサブボスの男が怒鳴った。


「さっさと行くぞ。こんなゴミに構っている暇はない。」


しかし、声を掛けられた人物は動こうとしなかった。


「おい!!」


ドガッ!!


派手な音がして、サブボス男が吹っ飛ぶ。


何が起こったのか、吹き飛ばされた当人にも分からなかった。


「な、何を・・」


そう言った瞬間、サブボス男の意識は刈り取られていた。


「あーあ、もう、仕方ないなぁ」


男を気絶させた、フードの人物は、溜息をつきながらそういった。


「き、貴様!?」


異変に気が付いた、残るもう一人のフードの人物も、ほとんど反応することができなかった。あっという間にその場に叩き伏せられる。


「エルフの女の子を見捨てるなんて、できるわけじゃないか。」


叩き伏せた人物は、そういいながらフードをまくり上げる。


「エルフ大好き、異世界男子としては、ね。」


それは、殺されたはずのエイトだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ