2-12:職人の街パルドゥビツェ
馬車隊は、大きな川の向こうに大きな城壁の見える場所までやってきた。
城壁の町はパルドゥビツェという、辺境伯領で二番目に大きな町であり、クラヴィウス一行の目的地だ。このパルドゥビツェの街は、職人が集まる場所として王国の中でも良く知られた街である。
「立派な橋ですね!」
ミリーは、馬車の荷台から橋を見て目を輝かせている。その石橋は、隊商の馬車がゆうに4台は並べられるほどの幅がある。これほどの規模の橋は、王国内でもここにしかないそうだ。
「400年ほど前に、ここに来た勇者が土魔法で土台を作り、それ元に職人たちが仕上げたそうです。それまでは、船やイカダで川を渡っていたそうですよ。」
御者台の商人が、橋についてそう説明してくれた。
「こんなに大きな橋を、土魔法で作るなんてすごいな。」
オクトは馬車の荷台から橋を見回す。さすがに100mを越えるような規模の橋など、オクトには作れる気がしなかった。魔法のレベルの問題もあるが、そもそも橋の構造に関する知識がない。
・・・異世界に来るなら、もっと技術チートの勉強をしておくんだったなあ。
オクトは、この世界に来て何度目かわからない感想を心の中で洩らした。
橋を渡りきると、大きな城門があり、入口で兵士が街に入る馬車や人を順番に検査していた。
街に入る馬車の列が橋の上に何台も並んでいる。オクトの一行は、その馬車の列の後ろについて順番を待つ。しかし、そう時間もかからず、クラヴィウス一行の順番が回ってきた。
隊商の先頭の荷馬車にいる商人が、手慣れた様子で兵士に通行許可証を見せ、兵士に何かを手渡すと、兵士たちはすぐに通してくれた。
街に入るとすぐ、数多くの馬車が止められている広間のような場所が見えた。そこは、商業ギルドに登録している商会が使える、馬車のターミナルのような場所だった。パルドゥビツェの街は起伏が激しく道も細いので、街中までは場所が入れない。そのため、この入口のターミナルのような場所で馬車からの荷下ろしを行い、街中へは荷車を使って運び込むのだ。
馬車を止められる場所は、商会ごとに決められていた。一行の馬車が所定の位置で止まると、クラヴィウス商会の職員らしき人たちが何人かやってきて、手慣れた様子で荷を降ろし始める。
「さ、馬車は彼らに任せて、宿まで行くよー?」
クラヴィウスは、部下たちがテキパキと働くのを見て、機嫌よさそうにそう言う。そして、でこぼことした石畳の道を、街中のほうへと歩き始めた。
カルディーノが大きな荷物をかかえて少年に続き、その両脇をかためるようにジルベールとコレットが歩く。その4人を追うように、オクトとミリー、ヴァレリー、マティアスが続いた。街中はそれなりに安全とはいえ、先日の魔人襲撃のような事件もあったので、彼らはここでも気を抜いてはいなかった。
オクトは探索スキルを使って周囲を警戒しながらも、街の様子をつぶさに観察していた。
パルドゥビツェの街はとても活気がある。
この街は王国でも名の知れたの職人の街で、金属加工と木工を中心とした腕のよい職人たちが集まっている。とりわけ、魔道具の生産にかけては王国随一であり、国内で使われている魔道具の大半はここで作られているという。
街のすぐ北西には鉄、銅、ミスリルやアダマンといった、さまざまな金属の鉱石が取れる山脈地帯がある。山脈地帯の反対側にある子爵領には森林地帯があり、ここから良質の木材もとれた。さらに、ホムトフから運ばれてくる魔石は、魔道具の動力源として不可欠だ。こうした各種の資源に恵まれた場所であることと、大河シャノンの水運によって、パルドゥビツェの街は職人の集まる街として、太古の昔から栄えてきたという。
パルドゥビツェの街は、王都に比べると道は狭いし建物も小さい。しかし、人々の賑わいは王都以上かもしれないとオクトは思った。
何より違うのは、人族以外の種族の割合が多いことだろう。特に獣人の姿が目立つ。冒険者という出で立ちの獣人が多かったが、町の住民らしい獣人も相当数いるようだ。
獣人は、耳と尻尾さえなければ、少し厳つい顔をした人族だと言われても分からない。それくらいに、見かけは人族によく似ている。しかし、彼らはその目立つ耳と尻尾を誇りに思っているようで、隠すようなことしない。そのため、獣人であることは一目で分かる。
その獣人にも種族の違いがある。主だった種族としては狼族、虎族、熊族がいる。いずれの種族も耳と尻尾に特徴があるので、簡単に見分けはつく。
獣人以外の種族で目立つのはドワーフだ。小柄だけどがっしりした体つきのドワーフとは、すでに何人もすれ違った。今も、つるはしを担いでぞろぞろ歩いていく一団とすれ違ったところだ。鉱山帰りのドワーフが酒場に行く途中じゃないかとジルベールが言った。聞けば、ドワーフよりさらに小柄な、小人族と呼ばれる種族もいるそうだ。
街の中心付近では、数人のエルフの一団ともすれ違った。ミリーが少し警戒する様子はみせたが、エルフたちは少しもミリーのことを気にしないので、ミリーはほっとしているようだった。
オクトは道行く人々を興味深く観察しつづけた。おそらく、人族とそれ以外の種族の割合は、半々くらいだろうか。人族以外はほとんど見かけなかった王都にいたオクトとしては、とても同じ国の街とは思えなかった。
「ホムトフにいったら、もっと人族は少ないぜ。」
マティアスが、人族以外の人々を珍しそうに見ているオクトに気が付いたのか、そんなことを言った。
彼が言うには、実力さえあれば辺境伯領では種族に限らず、どんな者にでもチャンスがあるのだそうだ。王国を魔物や魔族の攻撃から守る、防波堤のような役割を担う辺境伯領では、そうでもしなければ領地を守れない。王国は人族の国ではあるが、辺境伯領では種族に拘ることなく、さまざまな人材を重要なポストにつけているそうだ。
「そういえば、最近辺境伯の養女になったエレオノーラというお姫様は、獣人の血を引いているそうよ。」
コレットが横から口を出す。
「エレオノーラ、か。」
オクトはその名前を聞いて、槍を振り回していた物騒な赤髪の少女のことを思い出していた。以前、遠征に行く途中に彼女とは会ったことがある。確かに彼女は、赤虎族の血を引いていると言っていた。
「・・・オクトさん、そのお姫様を知ってるんですか?」
オクトが考え込む様子を見て、ミリーが彼の顔を下からのぞき込むように見る。
「あ、いや、どこかで聞いたことがあるなーって。」
オクトは慌てて誤魔化す。
ミリーにだけなら彼女に会ったことを話しても良いと思ったが、今は周囲には牙狼族の4人もクラヴィウスたちもいる。
「そうなんですか。」
ミリーは、少し引っ掛かりを感じているような表情を向けたが、それ以上は突っ込んではこなかった。
・・・危ない危ない。
オクトは、記憶喪失で西の森にずっといたという設定にしている以上、牙狼族の四人やクラヴィウスがいるところで、エレオノーラに会ったことがあるというのはまずい。とりあえず、あとでミリーにだけ事情をこっそり話しておこう。
「獣人の血を引いている者を養女にする、などということは、他の領地ではありえんことだ。」
「そうよねぇ。王都なんて、ちょっといい宿屋に入ろうとしたら、露骨に嫌な顔されたくらいだし。」
ジルベールにコレットがそう応じる。
「ギルドカードがあっても、獣人だという理由だけで、街へ入ることを拒まれることもある。クラヴィウスさんがいなければ、私たちが王都へ入ることはかなり難しかっただろうな。」
牙狼族の二人の会話を聞く限り、人族以外に寛容なのは、あくまでこの伯爵領内だけということらしい。獣人である彼らは、王国の他の領地で何度も不愉快な目にあっているようだ。
「ま、実入りの良い仕事でもなきゃ、俺たちゃよその領地に行きたいとは思わねぇ。」
マティアスは、不愉快な他の領地など、どうでもよいといわんばかりだ。その横でヴァレリーが小さく肯いている。
「ホムトフにゃ、俺たちにごちゃごちゃ言う人族はいねぇ。いい街だぜ?」
マティアスはそう続けた。
彼曰く、ホムトフには竜人族や魚人族といった、王国の他の町では見かけないような種族の人たちもいるとのことだ。辺境伯領に一度来たことがあるオクトでも、そういう人種の人たちを見たことは無かったので、ホムトフに行く楽しみが一つ増えた。
それからオクトたちは、クラヴィウスや牙狼族から、そんな話を聞きながら街中を歩いて行った。
ほどなく、一行は目的の宿屋につく。その宿屋はクラヴィウスが贔屓にするだけあって、とても快適な宿屋で、オクトたちは十分に旅の疲れを癒すことができそうだった。
宿で、オクトはジルベールとお互いに、この先のことについて話しをした。
「我々は、この後はまた王都まで往復するつもりだ。」
ジルベールはそう言った。
クラヴィウスと牙狼族の一行は、この街に数日滞在した後で、再び王都まで行く予定なのだそうだ。
本来の契約では、牙狼族はこの街から王都までの一往復を護衛することになっていたが、ジルベールが「十分働けなかったので、もう一往復、無償で護衛する」と申し出たのだ。
クラヴィウスは気にするなと言ったようだが、ジルベールはどうしても譲らなかった。それで、最終的には護衛費用の半額をクラヴィウスが出し、牙狼族がもう一往復分の護衛をするということで折り合ったそうだ。
「俺たちは、予定どおりホムトフに行くことにするよ。」
オクトたちは、徒歩でホムトフまで向かうつもりだと言った。
しかし、いつのまにかクラヴィウスがホムトフへ行く隊商に話しをつけ、彼らにオクトたちを護衛の候補として紹介していた。
その隊商に護衛として雇われていけば、途中の街でに入ることも宿に泊まることも、問題なくできるだろうとクラヴィウスが言う。隊商の人々も、クラヴィウスがお墨付きを与えるほどの腕の立つ護衛だということで、オクトたちを手放しで歓迎してくれた。
相変わらず手回しの早いクラヴィウスに驚きつつも、オクトは素直にその好意を受け取ることにした。




