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虚構の勇者  作者: かに
第二章:商人と獣人族
32/199

2-10:銀髪の少年

「あ、そういえば、」


唐突なコレットのその言葉で、オクトは思考の海から現実に引き戻された。


「ミリーちゃんは、自分の森がどこなのか分からないのよね。」


「はい、全然わからないんです。」


コレットの目線を受けて、ミリーはそう答える。


これは本当だ。オクトはおろか、本人ですら自分の出身の森がどこにあるのか分かっていない。


「俺は、辺境伯領の外にある大森林のどこかじゃないかと思っているんだ。」


オクトはそう付け加える。


ミリーが馬車で西の森まで運ばれたおおよその時間と、ミリーが採取していた木の実や薬草の種類が、このあたりの森とはかなり違うこと、ミリーの村から少し離れると強い魔物がいると、村の人たちから言われていたことなどから、オクトは大森林のどこかにエルフの里があると考えていた。


とはいえ、ミリーはエルフの里に帰りたいとは思っていないようだ。里から勝手に出た者は、二度と里には戻れないという掟もあるし、それ以上にミリーにとって里は居心地の良い場所ではなかったようなのだ。


ミリーは、自分の出生に関する理由で、里でも家でも家族扱いされていなかったこと、村の掟で帰れないことを、細かい部分はぼかしながら話をした。里には帰りたいと思ってはないので、わざわざ探そうとは思っていないということも付け加えた。


その話を聞いた牙狼族の四人は、里の掟とミリーの扱いの両方に憤慨して「里に乗り込んで教育しなおしてやる!」とか「森を燃やす!」とか物騒なセリフを叫んでいた。しかし、ミリーが「もういいんです」と言ったので、どうにか沈静化したようだった。


「それにしても、オクト君も物好きだね。」


牙狼族の騒ぎがおさまったのを見てか、クラヴィウスが口を開く。


「え、というと?」


「森で助けた女の子を、一緒に辺境まで連れて行って、冒険者になろうだなんて。普通考えないと思うんだよね。」


クラヴィウスは、薄い笑いを浮かべたままオクトを見る。


「うーん、だって帰る場所も無いっていうし、助けた以上は、置いていく訳は行かないでしょ?」


「随分と、お人好しだよね。」


クラヴィウスはそういいながら、愉快そうにクスっと笑い、さらに言葉をつづけた。


「何なら、彼女をボクの商会の支店で雇ってもいいよ、ミリー君。字が読めるようだし。」


「え!?」


ミリーは突然名指しされ、弾かれたように少年のほうを見る。


「そ、それはとてもありがたいのですが、オクトさんに助けてもらった恩を返すために、オクトさんのお役に立ちたくて・・・。」


珍しくミリーが饒舌になる。その口調から、オクトには彼女が慌てている様子が手に取るようにわかった。


「おやおや、君は君で、健気だねぇ。」


クラヴィウスは、二人を興味深そうに見比べながら言う。コレットも何か言いたそうに、オクトとミリーを交互に見ていたが、結局何も言わなかった。


「仕方ないね。ミリー君、もしオクト君に見捨てたられたら、いつでもボクに声をかけてよ。できれば、その杖も持って、ね。」


「杖!?」


ミリーはクラヴィウスにそう言われ、反射的に腰につけている、浄化の杖を思わず触った。オクトから、魔物の死骸の浄化の時に受け取ったものだ。回復の補助や、護身用にも使えるということで、ミリーがそのまま装備していた。


「なんだよ、杖目的かい。」


マティアスがつまらなそうに言う。


「おい、マティアス!」


カルディーノがじろりとマティアスを睨んだのを見て、ジルベールが慌ててたしなめる。しかし、クラヴィウスは全く気にしていないというように、両手を広げてにやりと笑った。


「人聞きが悪いなぁ、マティアス君。もちろんミリー君に来て欲しいと思っているよ。ボクの店も人手不足で、字が読める人材は貴重だ。それに、商人としては、手に入る物は全部手に入れたいから、ね。」


「オクトさんは、見捨てたりしません!・・・ですよね?」


ミリーは、少しばかり自信がなさそうにオクトを見る。


オクトは全員の注目を集め、頭を掻く。


・・・ああ、そんな目で見ないでほしいなあ。


「大丈夫、見捨てたりなんてしないから。」


「・・・あらまあ、仲のよろしいこと。」


目が泳ぐオクトの肩をバシバシと叩きながらも、コレットはにやにやとしている。


彼女はそのまま機嫌よくジョッキに手を伸ばした。しかし、ヴァレリーがジョッキをすすっとコレットから遠ざけてしまった。


「姉さま、酔っぱらってますね?」


「なーに言ってんのよヴァル。あたしはまだまだイケるわ!さ、それをよこしなさい。」


コレットが手を伸ばす。


「だめです。姉さま酔っぱらいすぎると、私がいつも大変なんです。」


ヴァレットはさらにジョッキを遠ざける。


「いつもー!?私が何をしたというのよー!」


「殿方の前では、とても言えないことです!」


ヴァレリーがそう答えると、ジルベールとマティアスが同時に溜息をついた。どうやら、コレットの酒癖の悪さは、いつものことらしい。ミリーは、どう反応してよいか分からず、ひきつった笑顔を浮かべた。オクトは話が逸れて助かったなと内心思いつつ、動揺を隠そうとして自分のジョッキの飲み物を一口だけ飲む。


そうした中、クラヴィウスはひとり、首からさげたペンダントの先についている、紫色の石を触っていた。オクトは、少年の表情にわずかな翳りがあることに気が付いた。


「クラヴィウス様、そろそろお時間です。」


カルディーノが静かに口を開く。姉妹が騒ぐ中でにあって、彼はずっと沈黙を保っていたが、どうやら彼もクラヴィウスの様子に気が付いたらしい。


「あ、そうだね。」


クラヴィウスは、カルディーノの言葉に虚を突かれたかのように、唐突に席を立った。


「諸君、明日からもよろしくねー。」


いつもの軽い口調でそういうと、クラヴィウスはそのままテーブルを後にしていった。カルディーノはテーブルを囲む人々に軽く会釈すると、クラヴィウスの後を追っていく。


オクトは、その少年たちの後ろ姿をじっと見送っていた。


「クラヴィウスさんも、なかなか不思議な人だな。」


「うむ。」


オクトの呟きに、ジルベールが答えながら、ジョッキを引き寄せる。


「聞いた話だが、小さな商会を経営していた両親が旅先で魔物に襲われて、8歳で跡目を注いだそうだ。」


「8歳で?」


「そうらしい。今は10歳だと言っていた。跡目とついでからたった2年で、王国でも有数の商会にまでなったそうだ。」


「・・・それは凄いな。」


オクトは素直に驚いた。


「商会は何を売ってそんなに大きくなったんだろ?」


「魔力を集めて、魔石を作る魔道具を売っているんだ。あれは凄いものだ。」


ジルベールがオクトの問いに答える。


「魔石?」


オクトは再び驚く。魔石は、魔物からしか取れないものと思っていたからだ。


「そうだ。仕組みは全く分からないが、魔石を作ることができる。あの魔道具があるおかげで、魔力の少ないところでも作物や家畜を育てられる。」


「・・・なるほど、それは確かに凄いな。」


オクトは、この世界では生物が生きていくには「魔力」が不可欠だということを思い出していた。魔力が少ない土地は、農作物があまり育たない。魔力を人為的に補充するには、魔力の塊である魔石を使う方法が一番簡単だが、魔石は入手が難しいため、そう簡単に使えるものではなかった。


しかし、魔石を魔道具で作れるとなれば話は別だ。これまで耕作に向かなかった魔力の少ない土地でも、農作物を作れるようになる。


「その魔道具も、商会で作っているのかな。」


「作っているのは、パルドゥビツェの職人らしい。我々がこれから向かう街だ。そこで魔道具を仕入れて、王国やその周辺の国に売っているらしい。」


確かに、クラヴィウスたちの目的地はパルドゥビツェだと言っていた。パルドゥビツェは辺境伯領の東の端にある街で、職人の街として有名だ。オクトも一度だけ行ったことはあるが、その時は街中を急いで通過しただけだったので、あまりよく覚えていない。


「魔道具に興味があれば、クラヴィウスさんに直接聞いてみるといい。おそらく、見せてもらえるだろう。」


「ありがとう、そうしてみるよ。」


ジルベールの言葉に、オクトはうなずいた。


「しかし、その魔道具があるにしても、あの若さで商会を切り盛りするというのは、並大抵のことではない。」


ジルベールは酒が回っているせいか、馬車で話をしているときよりも、随分とよくしゃべるようだ。


「確かに、とても10歳とは思えないよ。」


ジルベールからの情報によれば、商会の支店は王国のみならず、北にある帝国や侯国、はては海の向こうにあるという神皇国にもあるらしい。クラヴィウスが商会を受け継ぐ前は、王都とパルドゥビツェに支店があるだけの、小さな商会だったそうだから、その勢力の拡大速度は尋常なものではない。


「私も、直接あの方に会う前は、誰か優秀な部下がいるとか、後ろ盾があるのかと思っていたのだが、どうもそうではないようだ。


ジルベールはそういいながらジョッキを持ち上げようとしたが、中身がないことに気が付ていて、それをゆっくりとテーブルに戻した。


「カルディーノさんは?」


オクトが出した名前に、ジルベールのジョッキを置こうとする手がわずかに止まった。


「カルディーノさんは有能だ。そして強い。」


少し間をあけて、ジルベールは言葉を続ける。


「しかし、実際に商会を回しているのは、やはりクラヴィウスさんだろう。どの街にいっても、商人たちと話をしているのはあの方だからな。」


「うーん、そうなんだ。本当に10歳なんだろうか?」


「さあな。ただ、自分ではそう言ってたぞ。」


オクトは、クラヴィウスのことを思い返していた。


最初に会った時、魔人の囮になってほしいという突拍子もない提案にも、彼は動じることなく応じてくれた。しかも、魔人を恐れている様子はまったくなく、むしろ楽しんでいるようでもあった。オクトは、そのときにも彼がただの少年ではないと感じてはいた。しかし、どうやらそれ以上に彼はただ者ではないようだ。


・・・一度、詳しく調べてみる必要がありそうだな。


オクトは腕組みしながら、頭の中のやることリストに、クラヴィウスの商会の調査という項目を付け加えていた。


「そういえば、ミリーさんは何歳なんですか?私と同じくらいかなって、思ったのですけど・・・」


ヴァレリーが唐突に口を開いたことで、オクトの思考は中断された。


クラヴィウスの年齢の話をしているのを聞いてか、ヴァレリーが思い出したように、ミリーにそう問いかけた。


「わたし?」


ミリーがきょとんとしてヴァレリーを見る。


「わたしは14歳だよ?」


「14!わたしと同じですね!」


ヴァレリーは嬉しそうにミリーの手を握る。しかし、握った瞬間、慌ててすぐに手を離してしまう。


「おやぁ、同い年にしては、ミリーちゃんのほうが、ずっとお姉さんに見えるよねえ。」


コレットはすっかり出来上がってしまい、眠そうにしていた。それでも、随分と機嫌が良いようで、ヴァレリーに絡もうとする。


「はいはい、お姉さま、もうお休みになってください。」


「えー、まだ飲むぅー。」


コレットは抗議するように、空のジョッキを持って、ガンガンとテーブルに打ち付けた。


「こいつはもうダメだな。」


呆れたようにジルベールはそういうと、すっと立ち上がってコレットを軽々と持ち上げる。


「こいつは私が運ぶ。お前たちもそろそろ休め。」


「こらーっ!はなせーっ!ジル!!」


こうして、騒ぐコレットをジルベールが問答無用で連れ去ったことで、この日の夕食はお開きとなった。


・・・そうか、ミリーは14歳だったのか。


オクトはそう思いながら、ヴァレリーと手をつないで歩いていくミリーの後ろ姿を見つめていた。


・・・だとすると、鑑定結果が14~500歳になっていたのは、何だったんだろな?


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