2-10:銀髪の少年
「あ、そういえば、」
唐突なコレットのその言葉で、オクトは思考の海から現実に引き戻された。
「ミリーちゃんは、自分の森がどこなのか分からないのよね。」
「はい、全然わからないんです。」
コレットの目線を受けて、ミリーはそう答える。
これは本当だ。オクトはおろか、本人ですら自分の出身の森がどこにあるのか分かっていない。
「俺は、辺境伯領の外にある大森林のどこかじゃないかと思っているんだ。」
オクトはそう付け加える。
ミリーが馬車で西の森まで運ばれたおおよその時間と、ミリーが採取していた木の実や薬草の種類が、このあたりの森とはかなり違うこと、ミリーの村から少し離れると強い魔物がいると、村の人たちから言われていたことなどから、オクトは大森林のどこかにエルフの里があると考えていた。
とはいえ、ミリーはエルフの里に帰りたいとは思っていないようだ。里から勝手に出た者は、二度と里には戻れないという掟もあるし、それ以上にミリーにとって里は居心地の良い場所ではなかったようなのだ。
ミリーは、自分の出生に関する理由で、里でも家でも家族扱いされていなかったこと、村の掟で帰れないことを、細かい部分はぼかしながら話をした。里には帰りたいと思ってはないので、わざわざ探そうとは思っていないということも付け加えた。
その話を聞いた牙狼族の四人は、里の掟とミリーの扱いの両方に憤慨して「里に乗り込んで教育しなおしてやる!」とか「森を燃やす!」とか物騒なセリフを叫んでいた。しかし、ミリーが「もういいんです」と言ったので、どうにか沈静化したようだった。
「それにしても、オクト君も物好きだね。」
牙狼族の騒ぎがおさまったのを見てか、クラヴィウスが口を開く。
「え、というと?」
「森で助けた女の子を、一緒に辺境まで連れて行って、冒険者になろうだなんて。普通考えないと思うんだよね。」
クラヴィウスは、薄い笑いを浮かべたままオクトを見る。
「うーん、だって帰る場所も無いっていうし、助けた以上は、置いていく訳は行かないでしょ?」
「随分と、お人好しだよね。」
クラヴィウスはそういいながら、愉快そうにクスっと笑い、さらに言葉をつづけた。
「何なら、彼女をボクの商会の支店で雇ってもいいよ、ミリー君。字が読めるようだし。」
「え!?」
ミリーは突然名指しされ、弾かれたように少年のほうを見る。
「そ、それはとてもありがたいのですが、オクトさんに助けてもらった恩を返すために、オクトさんのお役に立ちたくて・・・。」
珍しくミリーが饒舌になる。その口調から、オクトには彼女が慌てている様子が手に取るようにわかった。
「おやおや、君は君で、健気だねぇ。」
クラヴィウスは、二人を興味深そうに見比べながら言う。コレットも何か言いたそうに、オクトとミリーを交互に見ていたが、結局何も言わなかった。
「仕方ないね。ミリー君、もしオクト君に見捨てたられたら、いつでもボクに声をかけてよ。できれば、その杖も持って、ね。」
「杖!?」
ミリーはクラヴィウスにそう言われ、反射的に腰につけている、浄化の杖を思わず触った。オクトから、魔物の死骸の浄化の時に受け取ったものだ。回復の補助や、護身用にも使えるということで、ミリーがそのまま装備していた。
「なんだよ、杖目的かい。」
マティアスがつまらなそうに言う。
「おい、マティアス!」
カルディーノがじろりとマティアスを睨んだのを見て、ジルベールが慌てて窘める。しかし、クラヴィウスは全く気にしていないというように、両手を広げてにやりと笑った。
「人聞きが悪いなぁ、マティアス君。もちろんミリー君に来て欲しいと思っているよ。ボクの店も人手不足で、字が読める人材は貴重だ。それに、商人としては、手に入る物は全部手に入れたいから、ね。」
「オクトさんは、見捨てたりしません!・・・ですよね?」
ミリーは、少しばかり自信がなさそうにオクトを見る。
オクトは全員の注目を集め、頭を掻く。
・・・ああ、そんな目で見ないでほしいなあ。
「大丈夫、見捨てたりなんてしないから。」
「・・・あらまあ、仲のよろしいこと。」
目が泳ぐオクトの肩をバシバシと叩きながらも、コレットはにやにやとしている。
彼女はそのまま機嫌よくジョッキに手を伸ばした。しかし、ヴァレリーがジョッキをすすっとコレットから遠ざけてしまった。
「姉さま、酔っぱらってますね?」
「なーに言ってんのよヴァル。あたしはまだまだイケるわ!さ、それをよこしなさい。」
コレットが手を伸ばす。
「だめです。姉さま酔っぱらいすぎると、私がいつも大変なんです。」
ヴァレットはさらにジョッキを遠ざける。
「いつもー!?私が何をしたというのよー!」
「殿方の前では、とても言えないことです!」
ヴァレリーがそう答えると、ジルベールとマティアスが同時に溜息をついた。どうやら、コレットの酒癖の悪さは、いつものことらしい。ミリーは、どう反応してよいか分からず、ひきつった笑顔を浮かべた。オクトは話が逸れて助かったなと内心思いつつ、動揺を隠そうとして自分のジョッキの飲み物を一口だけ飲む。
そうした中、クラヴィウスはひとり、首からさげたペンダントの先についている、紫色の石を触っていた。オクトは、少年の表情にわずかな翳りがあることに気が付いた。
「クラヴィウス様、そろそろお時間です。」
カルディーノが静かに口を開く。姉妹が騒ぐ中でにあって、彼はずっと沈黙を保っていたが、どうやら彼もクラヴィウスの様子に気が付いたらしい。
「あ、そうだね。」
クラヴィウスは、カルディーノの言葉に虚を突かれたかのように、唐突に席を立った。
「諸君、明日からもよろしくねー。」
いつもの軽い口調でそういうと、クラヴィウスはそのままテーブルを後にしていった。カルディーノはテーブルを囲む人々に軽く会釈すると、クラヴィウスの後を追っていく。
オクトは、その少年たちの後ろ姿をじっと見送っていた。
「クラヴィウスさんも、なかなか不思議な人だな。」
「うむ。」
オクトの呟きに、ジルベールが答えながら、ジョッキを引き寄せる。
「聞いた話だが、小さな商会を経営していた両親が旅先で魔物に襲われて、8歳で跡目を注いだそうだ。」
「8歳で?」
「そうらしい。今は10歳だと言っていた。跡目とついでからたった2年で、王国でも有数の商会にまでなったそうだ。」
「・・・それは凄いな。」
オクトは素直に驚いた。
「商会は何を売ってそんなに大きくなったんだろ?」
「魔力を集めて、魔石を作る魔道具を売っているんだ。あれは凄いものだ。」
ジルベールがオクトの問いに答える。
「魔石?」
オクトは再び驚く。魔石は、魔物からしか取れないものと思っていたからだ。
「そうだ。仕組みは全く分からないが、魔石を作ることができる。あの魔道具があるおかげで、魔力の少ないところでも作物や家畜を育てられる。」
「・・・なるほど、それは確かに凄いな。」
オクトは、この世界では生物が生きていくには「魔力」が不可欠だということを思い出していた。魔力が少ない土地は、農作物があまり育たない。魔力を人為的に補充するには、魔力の塊である魔石を使う方法が一番簡単だが、魔石は入手が難しいため、そう簡単に使えるものではなかった。
しかし、魔石を魔道具で作れるとなれば話は別だ。これまで耕作に向かなかった魔力の少ない土地でも、農作物を作れるようになる。
「その魔道具も、商会で作っているのかな。」
「作っているのは、パルドゥビツェの職人らしい。我々がこれから向かう街だ。そこで魔道具を仕入れて、王国やその周辺の国に売っているらしい。」
確かに、クラヴィウスたちの目的地はパルドゥビツェだと言っていた。パルドゥビツェは辺境伯領の東の端にある街で、職人の街として有名だ。オクトも一度だけ行ったことはあるが、その時は街中を急いで通過しただけだったので、あまりよく覚えていない。
「魔道具に興味があれば、クラヴィウスさんに直接聞いてみるといい。おそらく、見せてもらえるだろう。」
「ありがとう、そうしてみるよ。」
ジルベールの言葉に、オクトは頷いた。
「しかし、その魔道具があるにしても、あの若さで商会を切り盛りするというのは、並大抵のことではない。」
ジルベールは酒が回っているせいか、馬車で話をしているときよりも、随分とよくしゃべるようだ。
「確かに、とても10歳とは思えないよ。」
ジルベールからの情報によれば、商会の支店は王国のみならず、北にある帝国や侯国、はては海の向こうにあるという神皇国にもあるらしい。クラヴィウスが商会を受け継ぐ前は、王都とパルドゥビツェに支店があるだけの、小さな商会だったそうだから、その勢力の拡大速度は尋常なものではない。
「私も、直接あの方に会う前は、誰か優秀な部下がいるとか、後ろ盾があるのかと思っていたのだが、どうもそうではないようだ。
ジルベールはそういいながらジョッキを持ち上げようとしたが、中身がないことに気が付ていて、それをゆっくりとテーブルに戻した。
「カルディーノさんは?」
オクトが出した名前に、ジルベールのジョッキを置こうとする手がわずかに止まった。
「カルディーノさんは有能だ。そして強い。」
少し間をあけて、ジルベールは言葉を続ける。
「しかし、実際に商会を回しているのは、やはりクラヴィウスさんだろう。どの街にいっても、商人たちと話をしているのはあの方だからな。」
「うーん、そうなんだ。本当に10歳なんだろうか?」
「さあな。ただ、自分ではそう言ってたぞ。」
オクトは、クラヴィウスのことを思い返していた。
最初に会った時、魔人の囮になってほしいという突拍子もない提案にも、彼は動じることなく応じてくれた。しかも、魔人を恐れている様子はまったくなく、むしろ楽しんでいるようでもあった。オクトは、そのときにも彼がただの少年ではないと感じてはいた。しかし、どうやらそれ以上に彼はただ者ではないようだ。
・・・一度、詳しく調べてみる必要がありそうだな。
オクトは腕組みしながら、頭の中のやることリストに、クラヴィウスの商会の調査という項目を付け加えていた。
「そういえば、ミリーさんは何歳なんですか?私と同じくらいかなって、思ったのですけど・・・」
ヴァレリーが唐突に口を開いたことで、オクトの思考は中断された。
クラヴィウスの年齢の話をしているのを聞いてか、ヴァレリーが思い出したように、ミリーにそう問いかけた。
「わたし?」
ミリーがきょとんとしてヴァレリーを見る。
「わたしは14歳だよ?」
「14!わたしと同じですね!」
ヴァレリーは嬉しそうにミリーの手を握る。しかし、握った瞬間、慌ててすぐに手を離してしまう。
「おやぁ、同い年にしては、ミリーちゃんのほうが、ずっとお姉さんに見えるよねえ。」
コレットはすっかり出来上がってしまい、眠そうにしていた。それでも、随分と機嫌が良いようで、ヴァレリーに絡もうとする。
「はいはい、お姉さま、もうお休みになってください。」
「えー、まだ飲むぅー。」
コレットは抗議するように、空のジョッキを持って、ガンガンとテーブルに打ち付けた。
「こいつはもうダメだな。」
呆れたようにジルベールはそういうと、すっと立ち上がってコレットを軽々と持ち上げる。
「こいつは私が運ぶ。お前たちもそろそろ休め。」
「こらーっ!はなせーっ!ジル!!」
こうして、騒ぐコレットをジルベールが問答無用で連れ去ったことで、この日の夕食はお開きとなった。
・・・そうか、ミリーは14歳だったのか。
オクトはそう思いながら、ヴァレリーと手をつないで歩いていくミリーの後ろ姿を見つめていた。
・・・だとすると、鑑定結果が14~500歳になっていたのは、何だったんだろな?




