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虚構の勇者  作者: かに
第二章:商人と獣人族
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2-9:短剣の秘密

「そうそう、オクトくん。ひとつ聞きたいと思ってたんだけど、聞いてもいい?」


これまで黙って話を聞いていたクラヴィウスが、唐突に口を開いた。



「はい。」


銀髪の少年の目線を受けて、オクトは僅かに体をこわばらせた。この少年、しゃべり方は穏やかで人当たりも良いが、その視線には油断できない鋭さがある。オクトは何となくそう感じていた。


「オクト君、魔人と戦った時、面白いスキルを使ってたよね。あれ、何だったか教えてもらってもいいかな?」


クラヴィウスはそう言うと、オクトをじっと見る。相変わらず少年は、少し笑っているような表情を崩していないが、その目は興味津々というように輝いていた。


この世界では、各自が持っているスキルの情報は、個々人の生存に関わる情報でもある。そのため、よほど親しい間柄でもなければ、面と向かって相手にスキルのことを尋ねることはない。それを敢えてクラヴィウスが聞いてきたということは、よほどオクトの使った力を知りたいと思ったのだろう。


オクトは何度か瞬きをしたが、クラヴィウスだけでなく、牙狼族も全員が興味津々という表情をしているのをみて、ふうと息をついた。


「まあ、いいか。」


・・・あれについて聞かれるのは、想定の範囲だしな。


オクトは腰に下げている黒い鞘から短剣を抜くと、机の上に置いた。全員の注目が集まる。


「この短剣の力なんだ。」


この蒼い短剣は魔法の短剣、つまりは魔道具で、装備している人間に「反転」「隠密」というスキルを使える世にする効果がある。オクトはそのように説明した。


もちろん、本当は全てオクトのスキルなのだが、もしオクトのスキルのことを誰かに見られて尋ねられたら、短剣のせいにするということにしていたのだ。


・・・いつか、誰かに見られるかもしれないし。


予め、誰かに見られても問題ないスキルの範囲を決めておき、人前ではそのスキルだけを使うことにした。そして、仮に見られた時には、それを全部短剣のせいだと説明する。そうしておけば、オクトが特殊なのではなく、短剣がすごいのだと皆が思ってくれる。つまり、短剣を囮にしているわけだ。いざというときは、短剣を囮にして逃げることもできる。


オクトが、自分の「虚構改竄」の力を短剣の力であるかのように説明したのは、そのような理由からだ。


ミリーとも「げんまん」してあるので、彼女がうっかりその秘密をしゃべってしまうこともない。さらには念のため、短剣を鑑定されたときのために、「改竄」のスキルを使って、短剣のスキルに「反射」と「隠れ身」の能力があるかのように見せかける工作をしてある。


偽装工作は完璧だ。


・・・それにしても、これほど早くに説明することになるとは思わなかったな。


そう思いつつも、オクトは「用意していた」説明を続けた。


「反転」のスキルは、相手の飛び道具や魔法を反射することができる。何でも反射できるわけではなくて、この短剣のレベルよりも低いレベルの相手の攻撃なら反射できるけど、そうでなければ反射できない。オクトはそう説明した。


「つまり、あの魔人の光線のようなスキルのレベルより、この短剣のレベルのほうが上だった、ということか。」


ジルベールがじっと短剣を見つめながら言う。


「そういうことになるね。」


オクトはそういいながら、短剣を蝋燭の火にかざして見せた。


「でも、それだけじゃないよね?」


クラヴィウスはそういいながら、再びオクトをじっと見た。


「オクト君、いきなりカルディーノの目の前に出てきたよね。ボクも見ていたけど、出てくるまで、全然どこにいるか分からなかったよ。あれは君のスキルなの?」


「確かに、全く気配を感じなかった。気配を消すスキルだと思ったのだが、どうなんだ?」


ジルベールがクラヴィウスの言葉に同意する。


再び全員の注目を集めたオクトは、やれやれという様子で肩をすくめた。


「仕方ないな。」


そういいながら、オクトは短剣を手に取る。すると、唐突にオクトの姿は椅子の上から消えてしまった。


「え!?」「オクトさん!?」


マティアスとヴァレリーが慌てて周囲を見回す。しかし、オクトの姿はどこにも見えない。すると、次の瞬間、椅子の上に再びオクトの姿が現れた。ヴァレリーが、驚いて椅子の上でわずかに飛び上がったのが見える。


「へぇ、面白いねえ・・・」


クラヴィウスは愉快そうにそう言うと、再びオクトの短剣を眺めた。


「これが、この短剣のもうひとつのスキル『隠れ身』だ。見ての通り、姿を完全に消すことができる。」


オクトはそういいながら、再び短剣を机の上に置いた。


「・・・すっごいです。」


ヴァレリーはまじまじと短剣を見つめて言う。


「俺の探索スキルでも、オクトにいは見つかんなかったぞ。」


「短剣のスキルのほうが、マティのスキルレベルより高いってことだな。」


オクトがにやりと笑うと、マティアスは眉をしかめた。


「ちぇっ!あの魔人に勝てる短剣じゃ仕方ねぇけど、何か悔しいな。」


「これはすごい短剣だな。どこで手に入れたんだ?」


ジルベールも、目の前で消えたオクトを見て、酔いが覚めたようだった。


「森の中で気が付いたときには、もう持っていたんだ。どこで手に入れたか、全然分からない。」


オクトはそう答える。


「なかなか強力な短剣だねぇ。」


クラヴィウスは興味深そうに短剣をみつめると、テーブルの上のカップを手に取り、口に運んだ。


「ボクも商売でたくさんの武器を見てきたけど、能力が二つもある武器は、ほとんど見たことが無いよ。」


少年はそう言いながら、じっとオクトを見る。そして誰もが予想していなかった言葉を告げた。


「オクト君、これ売ってくれないかな。金貨30枚出でどうだい?」


「ええっ!?」


クラヴィウスのその言葉に、その場にいた全員が息を飲む。金貨30枚といえば、1年は何もしなくても暮らしていけるほどの大金だ。


「・・・いや、さすがにこれは売れないよ。俺の数少ない手がかりだから。」


オクトは驚いた顔でクラヴィウスを見返した。しかし、クラヴィウスは何も言わず、じっとオクトを見続ける。少年の大きな銀色の瞳にまっすぐに見つめられ、オクトは思わず目線を逸らす。


自分の勇者スキルの隠蔽能力が、この世界で破られる可能性はゼロに等しいことは、オクトは理解している。しかし、少年のまっすぐな目には、オクトがこれまでに見たことがない強い光を感じていた。


・・・ダメだな、こんなことでは。


オクトは咄嗟に自身にスキルを使い、自分自身の「動揺」を隠蔽する。そして、まるで何もなかったかのように、冷静な口調で答えた。


「金貨30枚は惜しいけど、これを売ってしまったら、記憶を探る手がかりがなくなってしまうよ。」


その答えを聞いて、クラヴィウスは僅かに口角を上げた。


「そっか、残念だなぁ。でも、もし気が変わったら、いつでも言ってよ、ね。」


「金貨30枚はすごいな。だが、自分の記憶の手がかりだと思えば、私でも手放せないな。」


ジルベールはそういいながら、蒼い短剣をじっと見つめる。


「冒険者になれば、短剣の情報も集まるもしれないと思っているんだ。」


オクトがジルベールにそう答えると、ジルベールは黙ってそれを肯いた。


「俺ならは売っちまいそうだなぁ」


そう言ったのはマティアスだった。彼はここまで、短剣にはさほど興味がなさそうだったのに、金貨30枚と聞いた途端、俄然興味がでてきたようだ。


「マティ、あなた。そういうところが残念なんですよ。」


ヴァレリーがぼそっと呟く。


「まったくね。後先考えないところは、いつになったら治るのやら。」


コレットがヴァレリーに同意する。


「だって金貨30枚だぜ!?お前ほしくないのかよ?」


マティアスがヴァレリーに反論する。


「強いスキルがついていて、さらに記憶の手がかりになる大切な物、いくらお金を積まれても売れませんよ。」


ヴァレリーは、これだからお子様は、とでも言いたそうな様子で首を左右に振った。


「ちっ、これだからロマンの分からない奴はよ!」


「安っぽいロマンですね。」


「何おぉ!?」


そうして、マティアスとヴァレリーが他愛のない言い合いをするのを眺めながら、オクトは別のことを考えていた。


実のところ、この蒼い短剣には謎が多い。この短剣は、王宮にいた頃に王女に見せてもらったことがある。所有者だったパルディア王女も、この短剣については「特別な力は持っていないけど代々受け継がれたもの」という以上の情報は持っていないようだった。


オクトも鑑定してみたのだが、王女の言う通り「何もスキルがない」短剣にしか見えなかった。もちろん、鑑定スキルが足りなくて、鑑定結果が出ないという可能性もある。しかし、これまでの戦いでも、短剣は何の能力も発揮してこなかった。


ただ、ひとつだけ気になることがあった。


それは、この短剣を握っていると、僅かではあったが、常に魔力を吸われている感覚があるのだ。魔力を吸いだされるのに、何の能力も発揮しない。短剣には、何らかの秘密が隠されている可能性は十分にある。


オクトは、この短剣を使っているうちに、その秘密が気になりだしていた。


短剣に注目を集めれば、誰か情報を持っている人物にたどり着くことがあるかもしれない。短剣にスキルがあるように見せかけることにしたのは、そうした理由もある。


もちろん、本当に短剣を狙われて、誰かに持っていかれては困るので、その時の保険もかけてある。


何にしても、偽装工作は完璧なのだ。


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