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虚構の勇者  作者: かに
第二章:商人と獣人族
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2-8:身の上話

オクト一行がその日の夕暮れに到着した街は、辺境伯領と王都のちょうど中間にある、ノルトファーレン子爵領の街だった。子爵領の王都側の玄関口となる街で、商人たちが宿場として利用することもあり、それなりに発展している街だ。


クラヴィウス一行もよく通る街らしく、街に入る手続きは実に手慣れたものだった。街の門を守る兵士たちも、クラヴィウスのことはよく知っているようで、荷馬車の積み荷の検査もほとんど行われなかった。


オクトとミリーについては、クラヴィウスが「自分が雇った護衛」だと言った。そのおかげで、街の兵士たちは二人を検査することなく、簡単に街に入れてくれた。オクトは、さすがに手数料は自分で支払うと言ったが、クラヴィウスが・・というよりカルディーノが先に全ての処理をしてしまい、オクトの出番は全くなかった。


街に入ると、一行はクラヴィウスの馴染みだという宿屋に向かった。すでに夕闇迫る時刻に訪れたにもかかわらず、宿はクラヴィウス一行を快く迎えてくれた。宿の主人は、少年のクラヴィウスに丁寧に対応していことが、オクトにとっては印象的だった。


「こちらが、お二人の部屋の鍵になります。」


「ありがとうございます・・・え?」


カルディーノに突然鍵を渡され、オクトは自然に受け取ってしまったが、よく考えたらまずいということに気が付く。当然のように、オクトとミリーで一つの部屋にされていた。


オクトは慌てて、自分は牙狼族の男部屋に、ミリーは女部屋のほうに入れてもらうように頼んだ。コレットやジルベールが、へえ、そうなんだ、という目でオクトを見たが、オクトは目を合わせなかった。


・・・ここは譲ってはダメだ。


ミリーは何故か少し残念そうにしていたが、ヴァレリーに「一緒の部屋で嬉しいです!」といったことで、どうやら機嫌をとりなおしたようだ。


オクトたちの部屋はそう広くはなかったが、静かでベッドも清潔だった。それに、王都以外の宿ではあまり見ないという、灯りの魔道具まで置かれていた。ジルベールに言わせれば「自分たちでは絶対に泊まらないような高級な宿」だそうだ。


それから、オクトたちは宿の食堂で夕食をとった。牙狼族も宿で食事をとるのは一週間ぶりだということで、テーブルに山と盛られた料理と、ジョッキに注がれた飲み物は次々と彼らの胃袋に収めされていった。


ジョッキの飲み物は、オクトの世界でいうところのビールのような飲み物で、「ニーガ」というらしい。麦のような穀物を原料とした発泡酒で、王国ではとてもメジャーな飲み物だ。酒場に行けばほぼ全員がこれを飲んでいる。


オクトも何度か飲んでみたが、二ホンのビールに比べると、癖が強い割にはアルコール度数は低い。


まず、炭酸感はほとんどない。それでいて濁りは強い。濾し残しのカスが結構入ってる。発酵臭がきつく、二ホンのビールのようにホップの香りはしない。そして、とにかく温い。という感じで、お世辞にもうまいとは言えなかった。


・・・あぁ、冷えたビールが懐かしいなぁ。


などと思いつつ、オクトは付き合いで一口だけは飲むのだった。


ミリーとヴァレリーはニーガは飲まず、もっぱら水を飲んでいた。マティアスはオクトと同じように少し口をつける程度だ。一方のコレットとジルベールは、大量にニーガを消費していた。獣人の国にはニーガはなかったらしいが、人族の国でニーガを飲んで、一発で気に入ってしまったらしい。


牙狼族の4人とオクト、ミリーの6人が食事してると、クラヴィウスとカルディーノがどこからともなくやって来た。そして、カルディーノが「カルディーノ様も同席してもよろしいか」とジルベールたちに言った。


「こんな、むさ苦しい席でよければ、どうぞ。」


ジルベールが、彼にしては少し砕けたような口調で答えた。さすがの大男もジョッキの飲み物で、少し酔いが回っているらしい。いかにアルコール度数が低いとはいえ、二人で樽ひとつ飲み干す勢いで飲めば、さすがに酔いも回るというものだ。


クラヴィウスはその様子を愉快そうに見つめると、カルディーノが持ってきた椅子に座った。


「いやー、オクト君たちに興味があってね。身の上話をきいてもいい?」


そういいながら、クラヴィウスはオクトを見た。


「そう言えば、そういう約束だったよね?」


コレットもやや酔いが回ったような口調でそう言うと、ミリーの肩を軽く叩く。同時に、全員の視線がオクトに集まった。オクトはその視線に気が付き、カップに伸ばしていた手をひっこめる。、


「えーと。では話させていただきますね。」


「あ、ちょっと待って、その他人行儀っぽい口調はやめて、もっと気楽に話してよ。」


オクトが話はじめようとしたところで、クラヴィウスが口をはさんだ。


「え、でも雇い主ですから・・・」


オクトのその答えを聞いて、クラヴィウスは肩をすくめる。


「なに言ってるの。君たちはボクらを助けてくれた恩人だよ?雇ったのも、君たちがそうしないと一緒に来ないって言うからじゃない。どっちがエライとか無いんだし、普通に話してよ。」


「そうそう、私たちにも普通にはなしてねー。ミリーちゃんもね!」


コレットが赤い顔をしてそう言う。牙狼族でも酔うと赤くなるんだなと、オクトは妙なところに感心した。


「あ、はい。じゃあ、お言葉に甘えて、普通にしゃべります、いや、普通にしゃべるよ」


オクトが妙にたどたどしく答えたので、周りにいた一同が一斉に笑う。全員の得画を見て肩の力が抜けたのか、それからはスムーズに話せるようになった。



オクトは、半年ほど前に西の森で記憶喪失の状態で放り出されたので、自分の素性はよくわからないという設定で話を始めた。


森で気が付いてから、しばらくは苦労したが、自分が身体強化、浄化、魔法などのスキルが使える事がわかってからは、森の中でも生きながらえることができた、と説明する。


「そんなにスキルが使えるのに、森の中に記憶喪失で放りだされるなんて、一体何があったんだろうね?」


コレットにそう突っ込まれたが、実のところこの世界では、記憶喪失で突然あらわれる人や、逆に突然いなくなる人というのは、そこまで珍しい存在ではないらしい。オクトは、王宮にいる時にそう聞いていたので、自分の過去の説明として使ってみた。


案の定、牙狼族の4人は「そういう人、結構いるよね」という感じの反応で、クラヴィウスやカルディーノも特に疑う様子はないように見えた。その反応をみて、オクトは密かに胸を撫で下ろす。


・・・ミリーと二人で身の上話をどうするか、相談しておいてよかったなあ。


オクトはつくづくそう思った。


そうしてオクトは森の中で半年近く過ごした。最近になって、森を根城としている盗賊が、ミリーをどこかから拉致してきて、森の中のアジトに運ぶところを見かけた。それで、盗賊団のアジトに密かに侵入して、ミリーを助け出した、と説明をした。


一方のミリーは、森の奥の村にすんでいて、ずっと森の生活をしていた、というように説明を始めた。ただ、村から出たことがなくて、王国内の森にいたのか、もっと遠くの森にいたのかは分からない。


あるとき、日課の食料採取の仕事で森の中に出かけた時に、突然誰かに捕まった。そして、袋のようなものに押し込められて、そのまま馬車で運ばれた。どのくらいの距離を運ばれたのかは分からないが、最終的には盗賊団のアジトに連れていかれ、牢屋のようなところに閉じ込められていた。そこでもうだめだと思っていたら、オクトがやってきて助けてくれた、という説明をした。


ミリーの説明については、エルフであるということ以外はほとんど彼女の記憶の通りだ。彼女が攫われたときの説明は、とても実感がこもっているように感じられた。そのためか、コレットやヴァレリーは、ミリーが攫われた時には憤慨していたし、牢に囚われて絶望していたくだりには大いに同情を寄せていた。


オクトは「ミリーを助けた後、森にずっといるわけにもいかないし、辺境領へいって冒険者になろうと考えていたところだ」と続けた。


盗賊団のアジトを偵察していたときに、盗賊団の連中が「最近、勇者が暴れてて俺らもそのうち討伐されるかもしれないから、いい加減足をあらって冒険者になろう」というようなことを言ってるのを聞いて、元盗賊でもなれる冒険者という職業があることを知った、という説明を加えた。


「確かに、腕さえ立ちゃ、元盗賊でも冒険者になれらぁな。」


マティアスが、大皿に残っている肉を取りながらそんなことを言う。


「そうだな、実際、そういう奴に会ったことがある。」


ジルベールも相槌を打つ。そこで、これまで黙って話を聞いていたクラヴィウスが、唐突に口を開いた。


「そうそう、オクトくん。ひとつ聞きたいと思ってたんだけど、聞いてもいい?」


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