1-20:偽装工作
「どうして、げんまん?なんですか?」
ミリエンヌにそう言われて、エイトは再び頭を掻く。
「この『げんまん』っていうのは、俺の元いた世界で、そういう魔法みたいなものがあったんだ。」
エイトがNDAの魔法を作るとき、秘密を他人に離さない約束をする時の、お互いに同意していることを示す分かりやすいアクションが欲しいと思って、いろいろ考えて出てきたのが、たまたま「指切りげんまん」だった。もちろん、針千本を飲ませるペナルティはないが、代わりに「秘密を話そうとしても話せなくなる」という効果が付与される。
「そうなんですね。オクトさん、本当にすごいです。」
ミリエンヌもしばらく話しているうちに、「オクト」と呼ぶことに慣れてきたようだった。
エイトもそれに合わせ、虚構隠蔽のスキルで自分自身の記憶を操作し、自分の名前はオクトであると認識するようにした。
それから、エイトは自分とミリエンヌの容姿にも手を加えた。
ミリエンヌは、すでに髪の毛の色を完全に金色に見えるようにしていたが、それに加えてもエルフ独特の長い耳を、人族のような短い耳に見えるようにした。エルフはこの国では珍しいというほどではないのだが、それでも人族の多いこの国ではエルフは人目を引く。追手が探している可能性も考えると、人族に見えていたほうが安全だ。
エイトは、人族に見えることに彼女自身が抵抗がないか、念のため確認する。
「人族に見えることが嫌だったりするかな。」
「いいえ、全然ないです。」
彼女の答えはあっさりしたものだった。実際問題として、ミリエンヌは人族との接点がほとんどなかった。拉致されてひどい目にはあったものの、拉致した連中は全員フードをかぶっていて、それが人族だということすら、はっきりとは認識していなかったらしい。そのおかげで、人族がトラウマになるようなことも無く済んだようだ。そこは不幸中の幸いというべきところだろうか。
ともかく、彼女のその回答をきいて、エイトは心置きなく彼女に偽装のスキルを使った。
次に、エイト自身は紙の色と瞳の色を「茶色」に見えるように、スキルで偽装を行った。黒髪黒目の人族は、この世界では珍しく、そのままでは何かと目についてしまう。でも、茶色の髪の人族はたくさんいる。茶髪であれば、この国でも全く目立たない。そんな訳で、髪の色と目の色は変えておくことにした。
最後に、お互いに「エイトの髪と目は茶色」「ミリエンヌは人族」だと認識するように、二人で「指切りげんまん」しておいた。これで、不用意に相手の秘密をしゃべってしまうこともない。
偽装は完璧だ!
エイトは、改めて勇者スキルの選択は間違っていなかった、と思った。
「よし、というわけで俺は今から冒険者オクトだ。もう勇者でも何でもない。改めてよろしくな、ミリー。」
『冒険者オクト』はそういってミリーに手を差し出す。
「はい、オクトさん。よろしくお願いします。」
『ミリー』もそう言って彼の手を取り、にこりと笑った。
◇
そのあと『オクト』は辺境領に行ってからの計画をミリーに話した。大雑把に言えば、辺境伯領に行って冒険者になるという話だった。
オクトの当面の目標は、ミリーの隷属魔法を解除することだ。解除するには、いくつか手順を踏む必要があると彼は考えていた。
その手順と根拠をまとめると、以下のようになる。
・隷属魔法を解除するためには、魔導コンピューターを作る必要がある。
・魔導コンピュータを作るには、開発するための場所(土地)と材料が必要になる。
・建物を入手するには、現金と土地の使用権が必要になる。
・高ランクの冒険者になると、土地の使用権が得られる。
・冒険者になるには冒険者ギルドに入る必要がある。
・辺境伯領にある街「ホムトフ」に行けば、無条件で冒険者ギルドに入れる。
・冒険者ギルドのクエストをクリアすることで、冒険者ランクは上げられる。
・高ランクの冒険者は、高い報酬のクエストを受けられる(現金が手に入る)。
・大森林は、他で入手しにくいレア素材も手に入る(材料が手に入る)
オクトはこれついて、ミリーに分かるようにゆっくり説明した。魔導コンピュータという概念は、この世界のミリーには説明し辛かったので、「隷属魔法を解くための大がかりな魔道具」という感じで話した。
ミリーがどこまで説明を理解できたのか、オクトには正直よくわからなかった。ただ、オクトが「これでいいだろうか?」と聞くとミリーは「オクトさんが決めた通りにするから大丈夫です!」と笑顔で答えたので、オクトはそれで良いということにしておいた。
誰でも冒険者になれる「ホムトフ」の街がある、レーヴェンシュタイン辺境伯領は、この王国の西の端にある。その外側には、北側にメルセンヌ侯国があり、西には広大な秘境、フェアデヘールド大森林がある。ホムトフは、辺境伯領が大森林に接する西端に位置する街だ。
フェアデヘールド大森林は魔物が多く危険なため、人族はほとんど入り込まないと聞いている。その大森林からは、辺境伯領へ絶えず魔物が侵入してくる。このため、これらの魔物を退治する「冒険者」を募集している。魔物の数は多く、常に人手不足の状態にあるため、辺境伯領では実力さえあれば、出自や種族を問わず誰でも冒険者になれるそうだ。
以前、辺境伯領に行ったときに、傭兵として雇われた冒険者と話をしたことがある。そのときに、冒険者から聞いたギルドのイメージは、まさにオクトの想像する「冒険者ギルド」そのものだった。冒険者はギルドで魔物退治や素材集め、護衛といった各種のクエストを受け、クリアできると報酬とポイントがもらえる。そして、ポイントが一定以上になると、冒険者のランクが上がって、より報酬のよいクエストが受けられるようになるそうだ。
彼らの話を聞く限り、オクトが冒険者になれば、隷属魔法を解除したあとでも、それなりに生計は立てられそうだと考えていた。また、出自や経歴を問われない冒険者であれば、自分たちの素性についても深く詮索されることなく、暮らしていけるだろう。もともと、騎士団長に辺境伯領に行くようにと勧められていたことだし、辺境伯領へ行って冒険者になることは、オクトとしては当初の予定通りとも言えた。
今、二人が今いる場所は、王都と辺境伯領のちょうど真ん中ほどの位置で、辺境伯領まで街道を歩いていけば2週間ほどで着きそうだ。馬を使ったり、転位スキルを駆使すれば、もっと早くに到着することもできなくはない。しかし、取り立てて急ぐ旅でもない。ゆっくり行けばいいだろうとオクトは考えていた。
「どこに行くにしても、まずは森から街道まで出ないとダメだ。南西の方向に3,4日くらい歩くことになると思う。」
そう言いながらオクトは、テーブルの上に今いる場所の周辺を探索した結果を「虚像映写」のスキルで、テーブルの上に地図の形にして表示させた。
「すごいですね、この地図・・・とてもきれいです。」
ミリーが、オクトがテーブルの上に表示した地図を見て、感嘆の声を上げる。
「虚像映写」は視覚的な情報を、仮想的な記憶として保持しておく機能と、記憶した情報を視覚化して投影できるスキルだ。分かりやすく言えば、スマフォのカメラのように映像を撮影する機能と、撮影した映像をプロジェクタのように投影できる機能のようなものだ。これも、オクトが自身で開発したスキルの一つである。
いろいろと応用が効くだろうと思って作ったみたものの、意外これまでは使う機会がなかった。
・・・誰かにプレゼンするみたいな機会が無かったからなぁ
オクトはそんなことを思いながら、地図上に示された、現在位置から街道までの道筋を指でなぞる。
「こんなふうに森を抜けて街道に出るのに、4,5日はかかると思う。だから、しばらくは森の中での野宿になると思うけど、いいかな。」
「はい、こんな楽しい野宿なら、毎日でも大丈夫です!」
ミリーは地図から目を上げて、そういった。その目は実に楽しそうに輝いた。
「でも、多分、ここまでなら二日で着くと思いますよ。」
彼女はそういいながら、地図の上の街道を指さす。
「え?」
そう言われて、オクトは地図を見直す。
「うーん、確かに距離だけ見たら二日でも着くと思うけど、森の中って歩きにくいから、倍はかかるんじゃないかな。」
「大丈夫ですよ。こんなにすごい地図があるんですから。オクトさん、この木の板を使ってもいいですか?」
ミリーはそう言いながら、食堂の棚にあった木の板を一枚持ってくる。
「いいけど、どうするの?」
「こうします。」
彼女はそういうと、机の上に投影されている地図に右手をかざし、左手を木の板にかざした。
「書写」
ミリーがスキルを使う。その途端、テーブルの上に投影されていた地図が、そのまま木の板の上に本物の地図として書き込まれた。
「おおお、すごいな!」
その様子を見て、オクトはとても驚いた。
「俺のスキルじゃ、木の板に地図を書き込むことまではできないというのに。」
「えへへ、これは書写というスキルなんです。何かに書いてあるものを、他の物に書き写せます。」
「これは、ものすごく役に立ちそうだな。」
オクトはしげしげと木に書き写された地図を見る。オクトが細かく表示させていた、地形や植生、危険な場所といった情報も、余さず転写されている。
「よく、里長のところで、外から来た人たちがもってきた、木や紙にかかれた文章や、よくわからない模様の転写をしていました。」
「意味がよくわからなくても転写できるんだ。」
オクトは感心して言う。
「はい、できます。でも、繰り返し使っているうちに、レベルが上がって、だんだん何が書いてあるか分かるようにはなりました。」
「聞けば聞くほど凄いスキルだな。里でも重宝されたんじゃないのか?」
「うーん、そうでもないです・・・。手で書き写すよりは楽でいい、とはよく言われましたけど、こんなに褒められるのは初めてです。」
彼女は少し照れながらそう言った。
しかし、彼女の話を聞く限り、里の連中は彼女のスキルの凄さを理解できていないだけだった。
・・・これはまた、楽しみが増えたなあ。
辺境伯領に到着してひと段落ついたら、書写スキルの活用方法についても考えてみようとオクトは思った。魔導コンピュータの開発にも、彼女のスキルは大いに役に立つだろう。彼の頭には、すでにいくつかのアイディアが浮かんでいた。
「オクトさん?」
にやにやしたまま黙っているオクトに、ミリーが声をかける。オクトは、はっとして彼女を見た。
「あ、ああごめん。」
オクトは頭を掻く。
「それで、森をどうやって二日で抜けるの?」
「この木の地図で、私が道案内すれば、明後日の夕方には道まで着くと思います。」
「え、そうなの?」
「私、これでもエルフですよ?森の道案内なら任せてください!」
彼女は笑いながらそう言うと、地図の書き込まれた木の板を大事そうに抱えたのだった。
1章の本編はここまでです。
このあと2話ほど閑話を挟んで2章となります。




