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虚構の勇者  作者: かに
第一章:召喚勇者とエルフの少女
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1-2:初めての自由

「それにしても、真の勇者、ってやつが召喚されるとは思わなかった。」


西の勇者をクビにされたばかりのエイトは、追放された王宮を後にして、王都の石畳の道

をひとり歩いていた。日もすっかり上がった王都は、いつものように人で賑わっていた。


「どうやったら勇者を辞められるのか、いろいろ試した苦労は何だったんだろうなあ。」


魔法が使え、魔物が闊歩するという、ファンタジー味に溢れた近世ヨーロッパに近い雰囲気のこの世界には、当たり前だが労働基準法なんてものはなかった。召喚直後から、エイトは王宮に隠しきれないほどのブラック臭に包まれていることを感じ取っていた。この王宮の闇は、エイトがこちらに来るまでに勤めていた会社よりもずっと深い。


すぐさま、王宮をどうすれば脱出できるのかを考える始めた。


ブラック企業から抜け出せると思ってこちらにやってきたのに、まさかもっとブラックな組織だったとは。そんなこともあるかなと、召喚された直後に薄っすらとは思って対策はしていたけど、本当にそうだと分かるとさすがに気が滅入る。


・・・まあそれは、今となってはどうでもいい。


労働基準法のあった21世紀初頭の日本ですら、ブラック企業を辞めるには多大な労力と精神力を要求されるくらいだ。労基署も労基法もないこの世界では、ましてや言わんをや、である。


あの手この手を試してみたが、この世界にとって勇者というのは本当に特別で、稀有な存在だったらしい。たとえ勇者スキルがなかろうが、王宮はエイトを勇者として扱い、手放すようなことはしなかった。


最近は、さすがのエイトも、


「さっさと魔王を倒して、勇者契約を終了したほうが早いんじゃ?」


と考えるようになっていた。


何でも、王国の歴史書によれば、魔王を倒せば勇者は元の世界に戻ることができるのだそうだ。ただし、あくまで戻ることは選択であって、強制ではないらしい。過去にはこちらの世界に残った勇者もいたそうだ。その場合、勇者としての契約は解除され、勇者スキルは失うものの、この世界での自由を得ることができる。


エイトは、二ホンに戻ることに拘りを感じていなかった。むしろ、戻りたくない気持ちのほうが強いくらいだ。


閉塞感漂う地方の実家に嫌気がさし、逃げるようにして東京の大学に入学して以降、家族や親戚とは疎遠になっていた。大学では友人もいたが、ブラック企業に長年努める間に、彼らとの付き合いも途絶えてしまった。学生の頃には、密かに思いを寄せた女性もいなくはなかったが、友人以上の関係に進展することもなく、卒業してからのことは押して知るべし、という状況だ。


たいした知古もいない二ホンに戻って、下っ端派遣エンジニアとして使いつぶされるよりお、魔法にあふれるこの世界で自由を得て、新しい暮らしを始めるほうがずっと魅力的に思えたのだ。


幸いにも、彼はレオポルドの言うように「弱くはなかった」。変に高望みさえしなければ、そこそこのスローライフを楽しむことができると、彼は踏んでいた。


時間をかければ、技術チートもできそうだしな!



だから、魔王軍最強と言われる時の四天王が現れたと聞いたときは、すぐさま出陣して討伐すると申し出た。それは、四天王を全て倒すことが、魔王を倒すことの必須条件になっていると聞いたからだ。さっさと引退してスローライフ送るためにも、四天王は速攻でぶっ倒す必要がある。


本当は、一人ですっ飛んで行って倒してきたかったのだが、王国の格式とか貴族的習慣みたいなものに阻まれた。過去の因習にのっとり、大軍を率いて進軍しなければならず、倒すまでに3か月もかかってしまった。正直、エイトにとっては王国軍など足手まとい以外の何ものでもなかったが、「勇者契約」によって、彼らを無視することができなかった。


「それにしても、簡単に契約解除できるもんだったんだなぁ。」


勇者契約には、エイトはずいぶんと苦しめられた。いかに逃れるかばかりを考えていたというのに、あまりにも呆気なく解除されてしまった。嬉しい半面、複雑な心境になるのも致し方ない。


「王女だけはどうにかしたかったんだけど。」


彼の頭の中に、蒼色の髪をもつ美少女のことが浮かぶ。自分以上に不遇な環境に置かれているにもかかわらず、何かとエイトのことを気にかけてくれる、第三王女パルディア王女には好感を抱いていた。


・・・決して下心じゃないよ?


美人ではあっても、エイトのことを虫けらか何かのように扱った、第一王女のテレーゼには怒り以外の感情を覚えることは無かった。


パルディア王女を何とかするといっても、彼にも大したことはできなかった。ただ、エイトが魔王を倒すことができれば、その褒美として彼女の待遇改善を求めることはできるのではないかと、漠然と考えてはいた。


たとえば、完全に王宮と縁を切らせるのは無理としても、どこか遠くの領地で楽隠居できるようにするとか。もしそうなれば、エイトもその領地の森に隠れ家でも建てて、付かず離れず見守る・・・なんてことができればいいなぁと、エイトはあらぬ妄想を膨らませていた。


・・・決して下心じゃないよ??


大事なことなので2回言いました。



エイトは心の中で、誰に向けたかわからない言い訳をしつつ、咳払いをした。すれ違う職人風の男が、じろっとエイトのことを見る。エイトは思わず首をすくめた。


「それにしても、何の用意もなく、いきなりクビになったからなあ。予告でもあれば、少しは対策できたのに。」


今となっては、王女のことをどうにかする前に、自分のことをどうにかしなくてはいけなくなった。転職活動をする間もなく、いきなり解雇されてしまったようなものだ。王国内での居住許可はあるとはいえ、衣食住については自分で何とかしなければいけない。ハローワークがあるわけでもなく、就職情報サイトがあるわけでもないこの世界で、どこの誰とも知れないエイトが定職に就くことは容易ではない。


「やっぱ、冒険者か・・・」


エイトはそう呟きながら、目立たないようにできるだけ街路の端を歩いていった。身寄りがないものができる唯一の職業。それが冒険者だ。冒険者ギルドに登録さえすれば、基本的に誰でも冒険者になることができる。


「さすがに王都のギルドはまずいだろうな。目立てば王宮の連中を刺激するだろうし。騎士団長が言う通り、辺境伯領に行くか。」


エイトはそう考えながら、街の中心から少し離れた、露店の立ち並ぶ下町の通りにやってきた。


王都の下町は活気に満ちていた。魔王なんて本当に復活するのか?というほどに、王都は平和に見える。


もちろん、魔王が復活するという情報は庶民にも伝わっていた。しかし、魔王と言われても、前回現れたのは100年も前のことだ。それがどんな恐ろしい存在なのか、ほとんどの人は見たことなどない。そのうえ、王都に魔物が現れたわけでもなければ、魔物の軍勢が侵攻してきたわけでもない。


魔王配下の時の四天王が出現したのも、王都の東の端にある辺境伯の領を超えた、さらに向こうにあるメルセンヌ侯国の、そのまた先にある大森林の奥地にである。王都から見れば、異国のさらに向こうの世界の果て、というほどに遠い場所だ。


しかも、四天王が復活したという噂が広まるより早く、王国軍が、・・・というよりはエイトが、時の四天王とその配下の軍勢を撃退してしまった。王都の人々が、魔王の復活を実感するような機会はなかっただろう。


エイトは、目についた露店で粗末なフードを購入する。


「おや、あんた、どこかで見たことがあるね。誰だったかな。」


銀貨を受け取った露店のおかみは、エイトの顔を見て首を傾げた。この国では、エイトのような黒髪に黒い瞳を持つ人間はそう多くない。多くの人が行きかう街中でも、エイトの姿は目立って見える。


そういえば、過去に何度か街中を王族とともにパレードしたことを思い出した。王国が西の勇者の召喚に成功したことを、国内外にアピールするために行われたものだ。もちろん、その時は勇者の盾と剣をもち、豪華な鎧兜を装着した状態だったので、今の軽装のエイトとは雰囲気が大きく異なっている。とはいえ、勇者が黒髪黒目であることは広く知られていた。


「人違いだと思うよ。俺は今日。この街に着いたたばかりなんだ。」


そういいながら、エイトは買ったばかりのフードを頭からかぶる。


「・・・そうかい、旅の人かい。それじゃあ、あたしの勘違いだね。また贔屓にしておくれ!」


おかみは、そう言うとエイトのことはもう忘れたと言わんばかりに、次の客の相手を始めた。エイトは、そっとその露店を離れる。


「うーん、これからは用心しないとな。」


エイトは自分自身に言い聞かせるように呟いた。「元」とはいえ、勇者が街の中をうろうろしていると知られれば、何かと騒ぎになりかねない。勇者を解雇されてからさして時間もたっていないし、街中では自分が勇者だと認識されているだろう。情報の伝わりの遅いこの世界では、市中にその情報が伝わるまでには時間がかかるだろうから、当分は自分が勇者だと思われるはずだ。


実際、これまでにも彼が勇者であると知られたことは原因で、面倒な事態に巻き込まれたことが何度かあった。その多くは、王国の後ろ盾があることで何とか収めてきた。後ろ盾を失った今、騒ぎを収束させることは以前よりもはるかに難しいだろう。エイトは、できるだけ厄介ごとを回避したいと思っていた。


エイトは身を隠すように、人通りのない裏路地へと歩みを進めていく。心なしか、足運びが早くなった。


・・・人間の厄介ごとに巻き込まれるより、魔物と戦うほうがずっと楽だ。


エイトは心底そう思った。それは、二ホンでも異世界でも全く同じだった。たとえ異世界に勇者として召喚されようとも、人と人との関係という面倒な呪縛から逃れることはできないということを、この半年の間に思い知った。


表通りの喧噪が次第に遠くなる。それに従って、エイトの緊張が少しだけではあったが、解れてきたようだった。


「やっぱ、いきなり勇者スキルが()()()()()のは痛いなあ。」


エイトは、誰にも聞こえないような小声で呟き、溜息をついた。勇者契約の解除されたということは、勇者スキルを失ったということでもある。


「勇者の剣と盾も惜しけど、あれは勇者スキルがなければただの剣と盾だしな。」


エイトはぶつぶつと小声で愚痴る。


王は、彼を勇者スキルを持たない「誤って召喚されたただの異世界人」と言った。


しかし、それは正しくなかった。


エイトは「勇者スキル」を持っていたのだ。それも非常に強力な。そうでなければ、魔王軍最強と言われる「時の四天王」に勝てるわけなどない。


それほどまでに強力な勇者スキルを、何の予告もなくいきなり失ったのは、さすがに誤算だった。


もともと、魔王を倒せば勇者スキルを失うことは分かっていた。だから、この世界に残ろうと考えていたエイトは、勇者スキルを失った後のことも考慮はしていた。しかし、そうした準備が十分にできる前に契約を解除されてしまったのだ。クビにされて自由を得たこと自体は実に望ましいことではあったが、準備が不十分なままに解雇されてしまったことには、さすがにエイトも不安を覚えていた。


王に「クビ」と言われ、瞬時に契約解除されてしまったときに、エイトが呆然としてしまったのは、そのためだ。準備ができてからのことならば、諸手を挙げて「クビ」宣言を歓迎した事だろう。


「対策ができるまでは、できるだけトラブルを避けたいところだなぁ。」


魔王を倒した後に、勇者スキルを失うことは、エイトにとっては織り込み済みの事象ではあった。強力な勇者スキルを失うのは痛手ではあるが、時間をかければある程度の保険をかけて、リスクに対応ことはできると考えていた。


だから、彼にとっては今は時間が最も重要なリソースであると言える。


「ま、やるしかない。」


以前から考えていたことを、ただ実行すればいいだけだ。勇者をクビになっとはいえ、健康で元気な若い体に戻ったのだ。若い体はすばらしい。体力も気力も満ちている。二ホンのモンスター顧客に精神力も体力も極限まで削られた、満身創痍のアラサーボディではできないことでも、この体ならできる気がする。


エイトは自分に言い聞かせるようにそういうと、目線を上げた。


「よし」


気を取り直し、エイトは人気のない路地を一歩踏み出そうとした。


そして、何かに気が付いて足を停める。


フードの下で、短剣の柄に手をかけた。


「・・・トラブル、来ちゃった!?」


どうやら、時のほうは彼を待ってくれなかったようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 落ち着いた雰囲気の主人公に好感が持てました。 [一言] この世界ではみんな当たり前のようにスキルを持っているのでしょうか? もし、スキルが貴重な世界なら主人公は結構ハードモードですね… ス…
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