1-19:GEN-MAN
そんなこんなで、ミリエンヌのことは、今後ミリーと呼ぶことになった。
「じゃあ、俺はオクトと名乗ることにするよ。」
「え、名前を変えるんですか?」
唐突にオクトがそう告げたので、ミリーは驚いたようだ。
・・・まあ、いきなり名前を変えるといえば、驚くよな。
王都を出たときから考えていたことだったが、この際なのでエイトも自分の名乗る名前を変えることにした。西の勇者がエイトという名前だということは、王国の貴族の間では知られている。このままエイトと名乗り続けると、どこかで誰かに気が付かれるかもしれない。死んだことになっているエイトが生きていると知れると、何かと面倒の種になると思ったからだ。
とはいえ、彼女にどう説明したものかと、エイトは一瞬悩む。しかし、今後一緒にいるなら、自分の過去を隠し続けることも難しい。彼女には、正直に勇者を首になったという事情を話すことにした。
「実は、俺は異世界からこの世界に呼ばれてきた、勇者だったんだ。今朝、クビになったから、もう勇者じゃないんだけどね。」
「・・・えええ!?」
ミリーはエイトのその説明を聞いて、椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。
「ごめん、隠すつもりは無かったんだけど、話すタイミングがなくて。」
そしてエイトは、半年ほど前に二ホンという国からこの世界に召喚されたこと、王国で『西の勇者』をやっていたこと、今朝がた勇者を首になったこと、そのあと襲撃を受け、どうにか難を逃れた後にミリーのいる地下牢に来たことを、順を追って話した。
ミリエンヌは、それをまるで夢の世界の話しであるかのように、やや呆然としながらその話を聞いていた。そして、エイトが話し終わると、彼女は小声で呟くように言った。
「エイトさん、別の世界から来られた、勇者様だったんですね・・・。」
「もうクビになったから、ただの人だよ。」
「そ、そんな訳には・・・。」
ミリエンヌは身を縮こまらせてエイトを見る。
・・・やっぱり、もっと早くに言っておくべきだった。
エイトは、ばつが悪そうに頭を掻く。勇者というのは、この世界では特別な存在なのだ。ミリエンヌの態度をみても、それはよくわかる。そんな重要なことは、やはり先に言うべきだった。それを聞いていれば、ミリエンヌが自分と一緒に行くといわなかったかもしれない。
向こうの世界にいたときも、合理性を追及するあまり、詳しい相談をする前に仕事を進めてしまい、同僚やお客さんにキレられることがしばしばあった。そのたびに後悔するのだが、何度やっても同じことを繰り返してしまう。これは、エイトが「根本的に他人を信用していない」ことが原因なので、そう容易に改善するようなことではなかった。
元の世界での苦い経験もあり、エイトはこちらの世界では勇者の地位と力を駆使して、できるだけ人に関わらないようにしてきた。それが故に悪い癖のことをすっかり忘れてしまい、久々にやってしまったようだ。
エイトは申し訳なさそうに言う。
「ごめん、やっぱり一緒に行くのは止めようか?誰かに追われてる元勇者とか、一緒にいたら危ないし、嫌だよね。」
「・・・何を言ってるんですかオクトさん。さっき、守ってくれるって言ったじゃないですか!」
エイトの予想に反し、ミリエンヌは間髪入れず、猛然と抗議してきた。その勢いに、エイトはたじたじになる。
「いや、でも、俺が勇者だったという事情を知らなかったわけだし・・・。」
「オクトさんが勇者様でも、そうじゃなくても、関係ないです!もう一緒に行くって決めましたから。」
その後しばらく、エイトとミリエンヌはああだ、こうだと言い合った。しかし、エイトが何を言っても彼女が全く「一緒に行かない」と言い出す素振りがないのを見て、次第にエイトの心が軽くなってくるのを感じていた。
「・・・わかったよ。約束したからな。一緒に行こう。」
「はい!お願いします!」
エイトが折れると、ミリエンヌはすっかり元の調子を取り戻したようで、ニコニコしながらそう言った。エイトは、ほっとしたような、それでいて自嘲とも取れるような、複雑な溜息をつく。
「それで、どうして『オクト』さん、なんですか?」
ミリーは不安がなくなったようで、明るい表情でそう聞いた。
「ああ、それは・・・」
オクトというのは、エイトが元の世界で名乗っていた、SNSでのユーザネームだ。数字の「8」という意味がある。エイトはミリエンヌにそう説明した。
「そうなんですね。わかりました。でも、間違ってエイトさんって言ってしまわないか、ちょっと心配です。」
そういうと、ミリエンヌは自信がなさそうに目を伏せた。
「それは大丈夫だ。そのためにNDAを結んだようなものだし。ちょっと手を出して。」
「はい?」
ミリエンヌは右手を前に出す。
「こんな感じで、軽く手をにぎって小指だけ伸ばして。」
エイトは右手を握って、小指だけを立てて見せる。
「こ、こうですか?」
彼女は慣れない動きで、見よう見まねで小指を立てる。
「そうだ。じゃあ、こうして・・・」
エイトは、自分も同じように小指だけ立てて、彼女の立てられた指に、自分の小指をかけた。
「え?」
「以後、俺の本当の名前は秘密情報とする。俺の名前はオクトと呼ぶこと。指切り、GEN-MAN!!」
「えええ?」
エイトの妙なテンションに、ミリエンヌは戸惑いを隠しきれない。
「ほら、指切りGEN-MAN!って言ってみて。」
そういうエイトの顔は、まるで小学生の男子のようだ。
「ええと、その・・・。」
「・・・ごめん、ちょっと悪乗りがすぎたね。」
ミリーに本気で引かれてしまい、エイトは思わず頭を掻いた。
・・・ダメだ、さっき反省したところだったじゃないか。
彼はひとつ咳払いをすると、真面目な面持ちで説明を始める。
「これはNDAの発動に必要な、ちょっとした儀式なんだ。変なことは起こらないから、指切りげんまんって言ってもらえるかな。」
「・・・は、はい。指切り、げんまん・・・。」
エイトに真面目にそういわれて、ミリーは言われた通りのセリフを口にする。
すると、二人の体がじわーっと同時に白く光る。そのあと、光はすぐ消えた。
「さて、これで大丈夫。俺の名前を読んでみて。」
「はい、オクトさん・・・あれ?」
ミリエンヌは、エイトさん、と言ったつもりだった。しかし、口から出た言葉は「オクト」だった。
「・・・どうなっているんですか、オクト、さん・・・!?」
エイトは満足げにうなずいた。
「これは、NDAの能力の一つなんだよ。NDAを結んでいる相手と、自分の秘密についての約束ができるんだ。」
「約束?」
「そう、例えば今みたいに、秘密だからしゃべらないで、と約束すれば、相手はその秘密をしゃべることができなくなる。わざとじゃなくて、うっかりでしゃべってしまいそうになるのも防げる。」
エイトは、戸惑うミリエンヌを面白そうに眺めながら言う。
「俺の名前を言おうとしても、まるで知らないかのように、言えなかっただろう?」
「はい、オクトさん。」
ミリエンヌがそう言うと、エイトは満足そうに頷く。
「それと、もうひとつ。秘密をしゃべりそうになったら、代わりに別の言葉をしゃべるようにすることもできるんだ。俺の秘密の名前をしゃべろうとすると、代わりにオクトと言ってしまうように。」
「・・・よくわかりませんが、本当のお名前を、うっかりでも言えないことは分かりました。」
彼女は、何度「エイトさん」と言おうとしても、どうしても「オクトさん」としか言えないことを小声で確認してからそう言った。
「NDAってすごいんですね。でも・・・」
「なんだ?」
「どうして、げんまん?なんですか?」
そう言われて、エイトは再び頭を掻いた。




