6ー42:神殿と神官(下)
「え?」
少女の声が二重に聞こえたような気がして、思わず目を凝らす。
しかし、すでに声がした場所には、いたはずの少女の姿すらない。
「待ってください!」
突如、背後から王女の声が響いた。俺は驚いて振り返る。
すると、翼のある少女のすぐ傍に、黒服の少女の姿があった。その黒服の少女と、床に置かれた少女の間に王女が割って入る。少女が構わず少女へと近づこうとするが、瞬時に現れたターニャさんに阻まれた。
「どういうことだ?」
少女が、一瞬で王女の場所まで移動したのかと思った。だが、そうではないことは、すぐにわかった。
「おい、どこへ連れていくつもりだ?」
ニコのほうをみると、やはり同じ黒服の少女がいた。
「二人か!」
その少女は、黒い髪の青年へと歩み寄ったが、ニコがそれを押しとどめられたようだ。よくよく見ると、ニコと対峙しているほうが、法衣の女性に話しかけていた少女のようだ。
王女の前に現れた少女は、髪の毛が僅かに赤みがかっている。瞳の色も微妙に違うようだが、少し離れているのではっきりとは分からない。ただ、二人とも黒いスーツに防具という出で立ちは全く同じで、一見しただけでは区別がつかないほど、よく似ている。
彼女らは、完全に無表情のまま、ターニャさんやニコに迫っていた。
真っ黒な装備に身を包んだ、淡い金髪の少女二人が、それぞれターニャさんとニコに迫っていく。
「どういうつもりだ?」
その様子を横目に見つつ、アン団長は法衣の女性を睨む。
「わたくしの管理区域へ侵入したものたちですから、わたくしが連れ帰ります。この者たちに事情を伺った後に、王国の皆さまにもご報告いたしますので、ご心配には及びませんよ。」
テンペランティスと名乗った女性は、あたかもそれが当然であるかのように言う。
「それは遠慮願おう。彼らは我々が連れ帰る。事件の関係者の可能性が高い以上、王国で取り調べるのが筋であろう。」
「おやおや、この方々はわたくしの管理領域に来られたお客様です。わたくしがお連れしするのが道理というものでしょう。」
法衣の女性の表情は全く変わらないが、先ほどより少し語気が強まったように思えた。
「ふうむ。我々が彼らを調べると、貴殿に困ることがあるということか?」
「わたくしのお客様ですから、わたくしがもてなすのは、当然の義務ではありませんか。失礼ながら貴女方は、わたくしの管理区域に断わりなく入られたことをお忘れではないでしょうか。本来であれば、貴女方にもご同行いただき、事情をお伺いしなければなりません。そして、主神の下で貴女方の行いの是非についても、詳らかにするべきところなのです。ですが・・・」
そこでテンペランティスは、人差し指を唇に当てる仕草をした。
「すみやかに、わたくしの神殿から退出なされるのであれば、王国の皆さまのご心痛に免じまして、本件に関しては不問に付す心づもりをしております。わたくしたちの主神も、慈愛に満ちたお心をもって、それをお認めになることでしょう。」
「・・・アン団長、この人の言っている意味がわかりません。」
俺は首を傾げた。
彼女の言い回しが回りくどく、俺には半分も理解できなかったからだ。あまりに分からないので、翻訳機能に不具合でも起きたのかと思ってしまった。
「勝手に神殿に入った我らを連行し、断罪するといっている。」
俺は思わず目を瞬かせる。
「・・・本当ですか?」
「少なくとも、意味はあっている、はずだ。」
アン団長は、そう言いながらも、法衣の女性から目を離さない。明らかに、彼女の警戒レベルが上がっている。
「でも、俺たちは事件の犯人を追って、ここに来ただけで、断罪されるようなことはしてないと思うんですけど。」
「うむ、全くその通りだな。それに、だ。」
アン団長は、法衣の女性を睨みつける。
「この施設は、長らく王国の管理下にあると言っていたな。ならば、王国の勇者パーティである我らがここに入ったとて、貴殿に咎められる理由などないはずだが。」
すると、法衣の女性は右手で口元を隠し、ふふふと笑う素振りをみせた。
「おやおや、確かにわたくしは、この神殿は王国の管理下にあると申しました。ですが、どなたでも無条件にこの神殿へ訪れても良い・・・とは申しておりません。この神殿へ立ち入られる方は、王国のルドヴィコ大司教を通じて、わたくしに許可を取るという取り決めになっております。遺憾ではありますが、あなたがたはその取り決めを、反故にされておられます。」
「そのような取り決め、寡聞にして存じ上げませぬな。」
「わたくしたちの主神を祭る神殿に関する、王国との間の取り決めです。あなた方がご存じないとすれば、それは王国内の問題でしょう。わたくしの視点からは、取り決めをお守りにならないお客様がおられるというだけのことなのです。ですが、皆様方がすぐにお帰りいただけるのであれば、主神の寛大なお導きによって、寛大な措置を講ずることもできましょう。」
・・・えーと、つまり?
「二人を置いていけば、今回は見逃す。だからさっさと帰れ・・・と言っている。」
俺の頭の上のハテナマークに気が付いたのか、アン団長が彼女の言葉を再び翻訳してくれた。だが、それと同時に、アン団長の杖を握る力が強まったことに気が付いた。
「なんとしても、彼らは連れていくと?」
「それが、わたくしの責務ですから。」
「・・・平行線だな。」
そう呟いた直後、アン団長は俺を手招きした。
「少年、ちょっと来い。」
「はい?」
いきなり呼ばれて、戸惑いながらも俺は急いでアン団長に近づく。
すると、彼女は小さな声で、彼女の考えている作戦を俺に囁いた。
「できるか?」
「・・・難しそうですが、できるだけやってみます。」
「確実に頼む、頼りにしているぞ、少年。」
彼女の作戦は、大胆でありながら、慎重さが求められるものだった。今の俺なら、できないことはない。しかし俺はつい、二ホンの会社で顧客から無理難題を言われたときに使っていた、常套句を口にしてしまった。
彼女の力強い瞳を見て、俺は背筋が伸びるのを感じた。
「・・・やります!」
俺はただ、そう短く答えた。
すぐに行動を開始する。
周囲を警戒しながら、槍を構えているニコのところへと近づいていく。
彼と対峙している少女は、相変わらず無表情のままだ。しかし、俺が近づいていくことに、明らかな警戒感を示した。
「神官殿、申し訳ないが、我らも陛下より事件の全容を解明するべく、調査の命令を受けている。事件の解明のためには、この者たちからの事情聴取は不可欠と判断した。夢に、我らが彼らを連れ帰る。」
「つまり、主神のお心に背く、と?」
法衣の女性の目がさらに開く。
「神が何を考えているのか、わたしには分からん。だが、少なくとも貴殿の意には沿わない結果になりそうだ。」
「・・・おやおや、そうですか。」
彼女の微笑みの表情は、未だ変わらない。だが、その口調は明らかに変化していた。
「そうですか、そうですか・・・主神は、わたくしに、新たなる『自制』の試練を与えるとおっしゃるのですね。その試練、喜んでお受けいたしましょう。」
「なにっ!?」
突如として、神官の背後から、いくつもの白い筋が伸びる。
そしてそれは、俺たち勇者パーティ全員へと、真直ぐに向かって来た。




