6-38:小捕物(上)
「ち、もう終わりか。つまらんな。」
光の消えた魔法陣を見て、アン団長が呟いている。
魔法陣の中心には、人間が横たわっていた。
黒い髪をした、人族の男のようだ。顔立ちや体つきは、こちらの世界でよく見る西洋的な人族より、二ホン人である俺に近そうだ。年齢はおそらく、俺と同じか少し上だろう。背丈は俺よりも高い。衣服は、粗末なシャツとズボンだけを着ている。
そして、彼の首や腕には、大量のペンダントが巻きつけられていた。ペンダントの石は、すべて濃い紫色だった。ペンダントの銀色の鎖は、魔素の影響なのか、その大半が黒ずんでいた。途中で切れて、地面に落ちている物もたくさんある。
見たところ、体の表面に大きな傷はない。意識はないようだが、わずかに胸が動いているので、生きてはいるようだ。
アン団長が警戒しながら近づき、青年に対して鑑定スキルを使った。
「ふむ、かなり衰弱はしているが、命に別状はなさそうだ。しばらく休ませれば、じきに回復するだろう。しかし、このペンダントのようなものは何だ?」
「わかりません。ただ、魔素を吸収するために使っていたようです。連中は吸収材と呼んでいました。」
「吸収材?ふうむ。どれ。」
アン団長はペンダントに鑑定スキルを使う。
彼女のほうが、俺より鑑定スキルのレベルは高いので、別の結果が得られるかもしれないと少し期待した。
「ただのペンダントのようだ。」
どうやら、俺と同じ結果だったようだ。
「どうみても、ただのペンダントではないです。」
「そうだな。持ち帰って研究する必要がある。」
アン団長は、ペンダントを検分するかのように、しげしげと眺めながらそう答えた。
「他の部屋で見つけたものを、いくつか持っています。」
俺は、空間収納からいくつかペンダントを取り出して、アン団長に見せる。
「少年にしては気が回るではないか。念のため、この落ちている物も、いくつか持って行ってもらえるか。」
「分かりました。」
そう言われて、俺は床に落ちているペンダントを拾った。落ちているものは、どれも石の色が紫色になっている。透明のものもないか探したが、ひとつも見つけられなかった。
「ふむ、この青年は、ただの人間のようだな。なぜ、あのように魔素を纏っていたのかわからんが・・・」
彼は一般的な人間に比べると、レベルが高めの戦闘系のスキルをたくさん持っているそうだ。レベルは低いが魔法系のスキルや、日常系のスキルもいくつか持っているらしい。
「おそらくは、腕のいい兵士か冒険者だろう。しかし、王国の人間ではなさそうだ。ならば、南部の小国の出身か、あるいは神皇国の・・・」
アン団長は、一人でぶつぶつと呟いている。
そのとき、俺の視界の端で、王女が白い翼の少女のところへ戻っていくのが見えた。こちらがひと段落したので、再び彼女の介抱に向かったのだろう。
王女が再び浄化魔法をかけはじめる。すると、少女の翼に残っていた黒い小さなシミも、跡形もなく綺麗に消えていく。
その王女のそばには、王女や俺たちの様子を見ながら、退屈そうにしているニコがいた。
「あーあ、結局、俺は出番なしかよ。」
ニコは手持無沙汰という様子で、頭の後ろで腕を組んでいる。
「今回は、予想に反して人助けだったからな。槍使いは、破壊専門だろう。人助けには向いておらん。」
アン団長は、床に描かれている魔法陣を調べながら、ニコに声をかけた。
「破壊専門ってな。あんた、俺を何だと思ってるんだ!だいたい、俺がいなきゃ、ここに入れなかっただろ。」
ニコが天井にあいた大穴を指差す。確かに、何でも貫けるニコでなければ、あの分厚い天井に大穴をあけることはできなかっただろう。
「ああ、確かにそれは役に立ったな。褒めてやろう。」
「ちっとも嬉しくねえぞ!」
ぶつぶついうニコを適当にあしらうと、不意にアン団長は後ろを振り返った。
「ターニャ殿、そちらはどうだ?」
「こやつ、こっそり逃げようとしておったので、捉えておいたでござるよ。」
「ひいいいっ!」
アン団長の視線の先を追うと、ピエールが縄で縛られているのが見えた。その後ろには、ターニャさんが立っている。
「流石だな。」
「ぬかりはないでござる。」
ターニャさんの言葉に、アン団長が満足そうに頷いた。
「貴様ら!魔食いとその一味だな!吾輩にこのようなことをして、タダで済むと思うておるのか!」
ピエールが大声で喚く。
相変わらず、この男の声は耳障りだ。声の高さもあるが、それ以上に彼の高圧的なしゃべり方も癇に障る。
「ふむ。確か、貴殿はエイギス殿下とよく一緒におられた・・・」
「吾輩は、ボールシュ子爵、ピエール・ド・グラーデである!頭が高い!控え居ろう!」
甲高い声が広間に響く。だが、場はなんとなく白けた。
「これは失礼いたしました。わたくしは、元魔導士団長にて、現勇者パーティの賢者を務めております、アンジェリカと申します。」
アン団長は咳払いをひとつすると、丁寧にお辞儀をする。
「その赤い下品な衣服、言われずとも知っておるわ、さあ、今すぐ縄を解くのだ!命令であるぞ!」
「失礼ながら、子爵閣下、そのご命令には従いかねます、」
アン団長は肩をすくめる。
「なんじゃと!吾輩に逆らうというのか!貴族への反逆は、死罪だぞ!」
ピエールは、縄で縛られているというのに、やたらと威勢がいい。俺にぶん殴られたショックからも、完全に立ち直っている。
「いえ、より高位の方から、捕縛するよう、ご命令されておりますので。」
「たわけたことを。」
小男がアン団長に詰め寄る。だが、団長のほうがかなり背が高い。そのうえ、ピエールは縄をかけられている。どちらかというと、彼がアン団長に詰められているようにしか見えない。
それに気が付いたのか、彼はほんの少しだけ後ろへ下がる。彼女はその様子を見て、ふふんと小さく鼻を鳴らした。
「パルディア王女殿下にございます。」
「え?」
名前を上げられたパルディア王女が、驚いた表情を浮かべたのが見える。明らかに、アン団長がアドリブで、王女が言ったことにしただけだ。
「王女殿下だと?ふん、その物は王太子殿下も、王族とはお認めにはなっておられぬ。吾輩が命を聞くいわれなどない。この『魔食い』が!」
王女の、はっと息を飲む音が聞こえた。




