6-34:白い翼(上)
黒い靄の塊が、大きく動いたように見えた。
「うわぁぁっ!」
魔法陣をとりまくフードたちが、大きくのけぞる。何人かは、反動でその場に倒れてしまった。黒い物体の力が、周囲のフードたちの力を超えたようだ。
「もうだめだ!」
黒物体のすぐ近くにいたフードの男の一人が、叫びながら魔法陣から離れようとした。
その瞬間、黒い靄から一本の黒い筋が伸び始めた。その黒い筋は、逃げようとするフードへと真直ぐのびた。
「う、うわああああ!」
男は、黒い筋に足を掴まれ、音を立ててその場に倒れた。
「た、助けてくれええ!」
「くそっ!」
「化け物が!」
別のフードの人物がペンダントをいくつか投げつけた。
「グアアアアア!」
黒い物体が怯み、男を掴んでいた力がわずかに緩む。そのすきに、男は這う這うの体で逃げ出した。同時に、リーダー格っぽい黒フードが大声を上げる。
「撤退しろ!」
それを合図に、魔法陣を取り囲んでいた男たちが、一斉に出口へと向かって駆けだす。
俺は連中にぶつからないように、大きく距離をとった。
「これ以上は無理です。我々は、これを連れて撤退します。」
最後にのこったリーダー格のフードの男が、白い翼の少女の鎖を握った。
「ならぬ!こやつは渡さぬ!」
「ピエール様とはいえ、これは譲れません!」
「ええい!邪魔だ!」
ピエールが剣を引き抜く。ぶんぶんと闇雲にふりまわす。
「おやめください!もはや、そのようなことをしている場合では・・・」
「グオオォォォォ・・・!!!!」
突如として黒い腕が伸び、フードの男が掴まれる。
「しまった!」
「くくく、案ずるな。すぐ助けてやる。」
男が落とした鎖をピエールが引き寄せている間に、男がゆっくりと黒い靄に引き込まれていく。
「いけません、それを使っては・・・」
真っ黒な靄が男に触れる。
「ぐわぁぁっ!」
ピエールが鎖を両手で握る。鎖がガチャガチャと耳障りな金属音を音をたてた。
「くっくっく、我らが主神に見捨てられし異形の者よ。王太子殿下の為、役立つことを光栄に思うがよい!」
「・・・!!」
ピエールに強引に引き寄せられ、白い翼の少女はよろめきながらも、黒い靄へと近づいていく。
そこで初めて気が付いた。彼女の周囲だけ黒い霧がない。
魔法陣の機能が停止して、黒い靄から魔素が噴出しているというのに、なぜピエールや少女が無事なのか不思議に思っていたところだった。状況から推測するに、彼女は魔素を寄せ付けない、何らかのスキルか能力をもっているようだ。
「早く浄化しろ、早くするのだ!!」
小男が少女に剣を向ける。
「・・・」
少女は無言で右手をかざす。すると、その腕から眩い光がほとばしった。
「ガアアアァァァァッッッッッ!!!」
これまでとは少し違う叫びを上げ、黒い靄が大きく退いた。周囲に伸びていた何本もの黒い筋が引っ込み、取り込まれかけていたフードの男も、どさっと床に転げ落ちた。
「逃げて・・・ください・・・」
か細い声が聞こえた。
「・・・!」
男は立ち上がると、一瞬少女のほうへと顔を向けた。だが、少女が小さく頷くと、男は何もいわずそのまま部屋を出ていった。
「ふん、邪魔者は失せた。さあ、自らの命をもって、我らが主神に抗いし自らの罪を贖うのだ!」
ピエールは鎖を握ったまま、大きく両手を開いて天を仰いだ。
崩れ落ちていた黒い靄が、ふたたび立ち上がる。
「グオオォォォォ・・・!!!!」
靄はさきほどより大きさを増していた。
・・・マジでヤバイな。
さすがに、このあたりが限界だ。
自分に浄化魔法を使うことで、靄の出す魔素に耐えることはできている。しかし、あの黒い靄が攻撃を仕掛けてきたら、到底勝てる自信はない。もともと、俺のスキルは「生き延びる」ことにポイントを全振りしていて、強い敵を倒すことには向いていないのだ。
そう、危険なことはわかってはいた。
だが、何故だかあの少女からは目がはなせない。
彼女は、再び右手を靄に向かって差し出した。再び、掌から閃光が走る。
「ガアアアァァッッ!!!」
「あ・・・ああああっ!」
靄の叫びに呼応するかのように、少女から嗚咽が漏れる。彼女の羽根が大きく揺れた。
「良いぞ、良いぞ!そのまま浄化するのだ!」
ピエールの興奮する声が聞こえる。
その時、俺は少女の白い羽根に変化が起こっていることに気が付いた。白い彼女の羽根に、じわじわと黒いシミのようなものが広がっている。それに反比例するかのように、黒い靄の大きさが小さくなっていく。
「ああ、あなた様は・・・!」
少女がそう呟いたように聞こえた。
「あなた様は、やはり・・・マスター・・・。」
すると、それまで苦しそうにしていた彼女の様子が一辺した。体を小刻みに震えさせながらも、その表情は何故か穏やかなものへと変わっていた。
「無駄口を叩くでない!さっさと浄化するのだ!」
ピエールが鎖を振り回し、鞭のように少女の体を打った。
ガチャン!
鎖が大きな音をたてる。
「・・・!」
少女はたまらず、よろめいた。
だが、すぐにまた黒い靄に向かって右手を差し出す。光の量が増加し、ゆっくりではあったが、黒い靄が少しずつ晴れていく。
「そうだ、それで良い!」
ピエールの声が上ずる。
・・・あれは浄化魔法スキルじゃない。
俺は何とはなしに、そう思った。
自分や王女が使う浄化魔法スキルは、魔素を光の粒へと変換し、消滅させるというものだ。しかし、目の前の少女の周りには光の粒が出ていない。そうして、みるみるうちに、少女の羽根の色が黒ずんでいく。
浄化しているんじゃない、彼女自身が魔素を吸収している・・・?
「グァァァァァッッッッ!」
「・・・っ!」
少女が膝をつく。彼女の翼は、その大部分が黒く染まってしまった。しかし、それでも彼女は右手を黒い影に向かって差し出す。
「マスター・・・あなたの苦しみは、わたくしがお引き受けします。」
「良いぞ!もう少しだ!ははは、そのような呪われし身でも、少しは役に立つではないか!」
ピエールに何と言われても、少女は表情をかえることなく浄化を続けていた。だが、もう限界が近いのは見た目にもわかる。羽根はすっかり黒くなっていた。そして、黒ずんだ羽根は端のほうから次第に崩壊し始めている。
それはまるで、黒い羽毛が風で飛び散るかのようだ。舞い上げられるその黒い「破片」は、そのまま空中に吸い込まれるように消えていく。浄化魔法を使った時に、光の粒が消えていく様子によく似ている。ただ、消えているのは、彼女の崩壊した翼の一部だ。
そして俺は気が付いた。
黒ずんでいるのは、彼女の羽根だけではないことに。
彼女の、伸ばしていない左腕にも、ゆっくりと黒いシミが浮かび上がりつつあった。よく見ると、彼女の白い顔にも、そのシミは広がっている。そうして、彼女の体全体から、空中に向かって黒い破片が上り始めていた。
・・・どうする?
俺は焦り始めていた。
このままでは、彼女自身が崩壊してしまうことは目に見えている。
助けるか?
いやしかし、あの黒い靄はどうする。
かなり魔素の量は減ったとはいえ、俺の浄化魔法スキルで浄化しきれるか、怪しいところだ。
「くくく・・・ははははっ!良い!良いぞ!」
ピエールが鎖を振り回す。
少女の左腕の黒いシミに、その鎖がぶつかった。すると、まるでその部分がえぐれるかのように、ごそっと剥がれ落ちた。
「ああああっ!」
少女が苦痛に喘ぐ。
ドガッ!
「な、何事だ・・・!」
俺は、反射的にピエールの頭をぶんなぐっていた。
ガシャンと鎖が落ちる。
小男は、その場にぶっ倒れた。
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評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。
おかげさまで、この 2022/7/5 で第一話投稿から1周年になります。
1周年記念ということで、7/4-9 の間は連日投稿を予定しています。
来週中には今の事件は収束して、次の段階に進んでいるはずです(希望)。




