6-33:砦の探索(下)
喧噪とする広間の中に、俺は密かに忍び込んだ。
俺は誰かにぶつからないように、慎重に壁際を移動していく。床には、ところどころ魔法陣が刻まれた跡がある。また、部屋の中には妙な形をした木切れや石の破片、金属の棒といった、用途が
「ですが、このままでは暴走いたします。もはや、魔素の寝食は止める手だてはありません。処分をお許し下さい。」
「くどい、何度言えばわかるのだ。処分など断じて許されぬ!ともかく沈静化するのだ。吸収材を持って来い!」
その甲高い怒号を聞いて、何人かのフードが部屋から走り出ていくのが見えた。
俺はその声の主を探す。すると、フードの男たちの中に、ひとりだけ目立つ衣装を着た、背の低い人物が見えた。フードも被っていないので、顔も見えている。
「王太子殿下の切り札を、このような所で失っては。吾輩の面目は丸つぶれじゃ。ゲリュンゲン様も、何とおっしゃるか・・・」
そう呟いているのは、エイギス王子にくっついて歩いていた貴族の一人だった。たしか、名前はピエールと言った気がする。とすれば、この連中は王子の一派なのだろうか。
王太子殿下とは、エイギス王子のことだろうな。あのピエールって男、蜘蛛との戦いのときに、王子に捨て駒のような扱いをされていた覚えがある。それでもまだ王子に付き従っているなんて、俺には信じられない。見たところピンピンしているようだし、見かけ以上にタフなやつだ。
そんなことを思いながら、俺は再びフードの連中に目をやる。
連中の多くは、部屋の中央にある、青白く光る魔法陣を中心に、円状に並んでいた。全員、同じ黒いフードを頭から被っているので、誰が誰だか見分けがつかない。ただ、響いてくる声からすれば、おそらく全員男だろう。
連中の身のこなしからして、それなりの戦闘訓練を受けた者だということは、俺にも分かった。ただ、王子の取り巻きの親衛隊の連中とは、雰囲気が違う感じがする。フードの連中は、話し方も行動も合理的で実務的だ。一方の親衛隊は、言動が大仰で華美だった。確信はないが、おそらくは別の組織だろう。
魔法陣の中央には、何やら黒いものが蠢いている。
あれが「実験体」とやらだろうか。
魔法陣の形状から見て、あれは魔物などを封じ込める結界のたぐいだ。アン団長が王宮で蜘蛛の侵入を防ぐために使っていた、魔法陣の形状によく似ている。あのときも、何人かの魔導士が、魔法陣に魔力を流し込むことで、蜘蛛が王宮内に侵入することを防いでいた。
円状に並んでいる黒フードは、魔法陣に向かって両手を向けている。おそらく、魔法陣に魔力を供給しているのだろう。
黒くうごめく「実験体」には、多数の銀色の鎖がかけられていた。魔法陣の光で、銀色のくさりが時折青白く輝く。それぞれの鎖の先にも、光るものが付いているのも分かった、あれは、さきほど見たペンダントに違いない。
俺が見ている間にも、フードの男たちが広間に入ってきては、ペンダントらしきものを黒い霧にかけたり、周囲に投げ込んだりしている。
「無理です!この吸収材では、魔素を吸収しきれません!」
「諦めてはならぬ!何としても、抑える方法を考えるのだ!」
その黒い影からは、強い魔素の気配を感じる。あの黒い靄は、魔素に違いない。ただ、靄の量に反して、周囲の魔素の濃度はそこまで高くない。もし、あの靄が広間すべてを埋め尽くせば、ここにいる連中は全員死んでしまうだろう。
「くそっ、使えぬ奴らめ。実験体すらまともに扱えぬとは。だいたい、王太子殿下があのようなことにならなければ、ことを急ぐ必要は無かったのだ。あれも、貴様らの不手際が原因であろう。黒蜘蛛だけでなく、銀色の魔物まで出現するとは。吾輩は聞いておらぬぞ。」
苛立ちをかくそうともせず、その小男は目の前にいる黒いフードの人物を怒鳴りつける。
「恐れながら、それは我らのせいではございません。成体の出現は、黒蜘蛛の処理が遅れたことが原因です、それに、成体が出現したとしても、親衛隊の方々は対処法を心得ておられると、ゲリュンゲン様が・・・」
「なんだと!我らのせいと申すのか!この、不届きものどもが!」
小男は、怒りに耐えかねたのか、手に持っていた棒のようなものを振り回した。フードの男はそれを軽々と躱したが、それがさらに小男の怒りを増大させたようだ。
「ええい、忌々しい!!貴様らのせいで、王女派の連中を根こそぎ排除する計画が、すべて台無しとなったではないか!それどころか、あの名無しと魔食いの台頭を許すことに・・・この上、最後の切り札である、貴重な実験体まで失うなど、断じてあってはならぬ!」
激高したピエールが、手に持っていた透明な石のついたペンダントを黒い影に投げつけた。一瞬、ペンダントへと霧が吸い込まれたように見えた。だが、ペンダントはすぐ床に落ちる。
「貴様らが手間を惜しんで、こやつ自身に魔素の処理をさせたのが、そもそもの間違いだったのだ。途中で、妙なものでもつまみ食いしたのであろう。余計なものが混ざったせいで、魔素の制御が効かなくなったのだ。そうに違いない!全ては貴様らのせいだ!!」
小男は、手あたり次第に近くにいるフードの男を蹴りつけ始めた。彼らも学習したのか、今度はその蹴りを避けることなく受けている。ただ、最小限の動きで、蹴りを急所に受けないようにしていることは、俺にも分かった。
「お、おやめください!」
「今はそのようなことをなさっている場合では・・・!」
「やかましい!」
ピエールの怒りは収まらない。だが、そうしている間にも、黒い靄から発生する魔素の量は、増大する一方に見えた。先ほどまで、魔法陣の中に抑え込まれていた魔素が、次第に外に漏れ出し始めている。
広間の魔素の濃度が、ゆっくりとではあるが、確実に増していた。
「だめだ、もはや手遅れだ・・・」
「暴走します!処分するしかありません。」
魔法陣を取り囲むフードたちの、嘆くような声が聞こえてくる。
「くそっ、この役立たずどもが!もう少しで成功するという時に・・・そうだ、あやつを使えば!」
部屋の奥へと小男が歩いていく野が見えた。奥のほうは、灯りがなくて良く見えない。俺が近づこうとすると、重い金属が落ちるような、大きな音が部屋に響いた。
「こいつを使え。」
小男が戻ってくると、その手には太い金属製の鎖が握られているのが見えた。奴はそれを大きく引っ張った。
ガシャン!
「・・・!」
金属の音とともに、声にならないほどの小さな悲鳴が聞こえた。
暗がりの中、目を凝らして見ると、ピエールがひっぱった鎖の先に、金属の首輪がついている。そして、その首輪は小柄な少女の首にがっちりとはまっていた。少女は、いきなり鎖をひっぱられて、たまらずよろめく。
どさっ
彼女はその場に倒れ込んだ。
その彼女の背中に、見慣れない大きな白いものが見えた。
・・・翼?
少女の背中には、小さな二つの翼がついていた。それは、水鳥のような、羽毛で覆われた白い翼だった。ただ、まるで墨を塗ったかのように、ところどころ黒い部分がある。
まさか、天使だろうか?
いや、違うな。
あの「召喚の間」には、この世界に天使の類がいるというデータはなかった。もちろん、あそこに全てのデータがあるとも限らないので、この世界に天使がいないとは言い切れない。たが、目の前の儚い雰囲気のある少女から受ける印象は、天使というよりは、籠の中の鳥だ。
「くくく、吾輩としたことが、こやつのことを忘れておったわ。魔素を吸収させる。さすれば、収束できよう。」
ピエールが連れてきた少女を見て、周囲のフードたちが取り乱しているのが遠目にも分かった。
「お、お待ち下さい!これを使っては、作戦の根底が崩れます!実験体は、再度の作成が可能ですが、これの替わりはございません!」
フードの一人が、ピエールの前にひざまづいた。そして、彼がそれ以上進むのを止めようとする。だが、小男はせせら笑うと、その男を足蹴にした。
「うるさいわ!貴様らにとってはそうかもしれぬ。だが、時間がないのだ。今、実験体を失っては、王太子殿下のこれまでのご苦労が水の泡になる。そのようなこと、断じて看過できぬ!」
ぐいっと乱暴に、ピエールが鎖を引く。
「・・・・っ!」
再び、声にならない悲鳴が聞こえた。
「で、ですが・・・」
「くどい!」
「グオオオオオオォォォォ・・・!」
突如として、地鳴りのような音が響く。
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