1-17:里の掟
「ルイーゼ、という名前に覚えはないかい?」
「え?」
エイトに唐突にそう言われ、ミリエンヌは自分の記憶を辿ろうとするように、両手を頭に当てた。
「すみません、分からないです。」
少し考えた後、彼女は申し訳なさそうにそう答える。
「そうか。」
「でも、」
ミリエンヌはそう言って、少し考えこむ。
「エルフっぽい名前です。里の人にはいませんでしたが、何となくエルフっぽい感じがします。」
「エルフか」
エイトは呟く。
彼が書き換える前の、ミリエンヌの主人として魔法に組み込まれていた名前は、「ルイーゼ」と読めるものだった。魔法をかけた相手を見てはいなくても、名前は知っているのではないかと思ったが、どうやら名前にも心当たりがなさそうだ。
エルフっぽい名前、というところは気になる。隷属魔法をかけた物が、ミリーの関係者という可能性はあるからだ。
実際、この世界でパスワードで鍵をかけるという方法は、シンプルながらかなり有効な方法といえる。パスワードは、正解を知っていれば簡単に解除ができる。しかし、分からなければ、無限にたくさんのパスワードを入力して、当たるまで試し続けなければならない。
この「無限に試す」ということが、この世界では難しいのだ。
アニメや小説で簡単にパスワードを解除するシーンを、エイトは何度も呼んだことがある。それは、パスワード自体が誕生日や名前のようにとても簡単に推測できるものだったり、自動的に何度もパスワードを入力して試す機能をもつパソコンを持っていたりするからだ。
もちろん、エイトはすぐ思いつくパスワードをいくつか試してみた。しかし、残念ながらどれも不正解だった。とすると、次の手段としては、手あたり次第パスワードを入力してみるほかない。パスワードは無限に組み合わせがあるので、人手で入力していては、いつ解除できるか見当もつかない。
それこそ、パソコンのようなものがあれば、その作業もかなり楽になるんだけど・・魔法の鍵にアクセスするパソコンだから、魔導パソコンかな。いや、魔導コンピューターのほうが恰好いいな。
・・・魔導コンピューター、か。
エイトはふと考えた。自分のスキルを駆使すれば、作れなくはない気はする。
いやしかし、さすがに今すぐは無理だ。じっくり腰を落ち着けて、何年という単位で研究しなければ作れないだろう。
「・・・ごめん、やっぱりすぐには解除できなさそうだ。」
「そ、そうですか。」
「解除自体はできると思うんだけど・・・もしかすると何年もかかるかもしれない。」
そう言いながら、エイトは新たに浮かび上がった懸念点についても考えていた。
それは、パスワードをかけておきながら、なぜか隷属先の情報だけがパスワードを使わずとも簡単に読み取ったり、書き換えられる状態になっていたことだ。
隷属魔法を使う目的は、その人物を主人に絶対服従させるためだ。ならば、主人の情報は最も保護しなければならない情報のはずなのに、その情報だけパスワードがかかっておらず、簡単に読み取れた。書き換えについても、それほど強い防御はかけられていなかったので、エイトは簡単に書き換えができた。
どう考えても不自然だ。
「うーん、情報が足りないな。」
エイトは頭を掻きむしる。
いずれにしても、すぐにどうこうできる問題ではないことは確かだ。
現状だけ見ると、隷属先はエイトになっているし、それ以外の危険な罠はすべて解除した。そして、隷属魔法そのものは、エイトですら解除できないほど頑丈に鍵がかかっているので、誰かに勝手に解除されてしまう可能性もない。隷属魔法をかけた人物の目的は分からないが、現時点で彼女を守ることに関しては何の問題もない。
ただ、最も大きな問題が残っていた。
「本当に申し訳ないのだけど、君にかけられている隷属魔法をしばらく解くことは難しそうだ。それに、隷属魔法の主人は・・・」
そこでエイトは、ミリエンヌを直視できず、思わず目を逸らせた。
「解除できるまでは、俺のままだ。」
「そうなんですね・・・」
ミリエンヌは俯いて、そう言った。金色の髪の毛がさらさらと揺れる。
「だ、だけど、俺は君に無理やりなにかを命令するとか絶対しない。エルフの里まで、傷ひとつ付かないように、守って送り届けるよ。そのあとは、しばらく時間がかかるかもしれないけど、魔法を解くための準備ができるまで待ってほしい。準備ができたら、必ず君のところまで行って、魔法を解くから。」
エイトは、どうにも後ろめたさが拭い切れず、一気にまくしたて、頭を下げる。
緊急避難とはいえ、彼女に無理やり命令できる状態にしてしまった。しかも、当分は解除できないという。自分の生殺与奪の権利が、どこの誰ともわからない、出会ってから半日もたっていない男に握られてしまっている。
エイトが逆の立場だったら、嫌で仕方ないと思うだろう。そう思うと、本当に申し訳ないという気持ちしかなかった。
しかし、少女はエイトに対して、なぜか言葉を返さなかった。
怒りや侮蔑の言葉をぶつけられても仕方がない。エイトはそう覚悟していた。ところが、彼女は何もいわなかった。
あまりに反応がないので、エイトが恐る恐る少女のほうへ顔を向けてみた。すると、少女は意を決したという表情でエイトを見つめている。目が合った瞬間、少女は口を開いた。
「エイトさん。」
「は、はい。」
エイトに緊張が走る。その緊張は、国王に呼び出されたときの比ではない。
「わたし、エルフの里には戻れません。」
「え?」
予想しない彼女の言葉に、エイトは思わず目を開く。
「それは、どうして?」
「里の掟なんです。勝手に里を出たエルフは、二度と里には入れてもらえないんです。」
「・・・どうして、里を出ることに?」
「攫われたんです。」
膝の上で、少女が両手をぐっと握ったのが分かった。
「攫われたって・・・それは君のせいじゃないじゃないか!」
「関係ないんです!」
少女は目を閉じる。彼女の声は、わずかに震えていた。
「里長のお許しをもらわないで、里を出たらダメなんです。自分から出て行くのはもちろんダメですが、たとえ攫われたとしても・・・」
「それは・・・酷くないか?」
「それが里の掟なんです。」
外の世界に出た者は、外の穢れを受ける。そうなった者は里には戻さない。それが、エルフの里を守ることなのだという。
「・・・理不尽だな。」
エイトは、何かが心の内側に湧き上がっていくのを感じていた。
こんな少女を犠牲にして、里を守ろうとするなんて。
この世界のエルフは肉も食べると聞いて、エイトの想像するエルフよりは柔軟な考え方を持っているのだと思っていた。しかし、どうやらそれは勘違いだったようだ。ある意味、この世界のエルフも、エイトが思う「頑ななエルフ」のイメージ通りともいえる。なんとも残念な。
「ですから!」
しかし、ミリエンヌの強い意思を感じる声で、エイトは唐突に現実に引き戻された。
「エイトさん、お願いです。」
「はい。」
彼女の深く蒼い瞳に真っすぐに捕えられ。エイトは居住まいを正す。
「私をおそばに置いてください。どんなことでもします!」
彼女はそう言うと、深々と頭を下げた。
「は、はいぃ!?」




