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虚構の勇者  作者: かに
第六章:勇者パーティとダンジョン
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6-25:不審な影(下)

元々、風景を写し取る、写真機のような魔道具はあったらしい。アン団長から渡された、古代の書物のひとつに、そんな魔道具についての記述があった。その魔道具は、写し取った絵を石板の表面に刻み込むことができたそうだ。


だけどその魔道具は、家ほどの大きさがあり、簡単に移動できるようなものではなかった。それに、1枚撮影するのに半日ほどかかるとか、写し取った絵は白黒な上にあまり綺麗ではなかったとか、使い勝手が良いとは言い難いものだったようだ。実用にはほど遠いこともあり、その魔道具は失われてしまい、製法も今には伝わっていない。


アン団長は、以前からその魔道具の存在を知っていて、改良版を作ろうとしていたそうだ。だが、古代文字で書かれた書物を完全に解読することができず、情報が足りなくて、研究は途中で頓挫していたそうだ。


しかし、俺がやってきたことで事情は大きく変わった。俺が古代文字を読めば、文献の解読は容易だ。しかも、俺の「虚構投影」はこの魔道具の機能によく似ている。彼女は、文献の情報に加えて俺のスキルを研究すれば、映像の記録や印刷への応用ができるのではないかと考えたそうだ。


それからは、ダンジョン探索の合間に、俺はアン団長の研究室へと行って、魔道具の開発を手伝った。


特に女王蜘蛛の三回目の討伐が終わった後は、探索を一時中止して、一週間近く集中的に研究を進めた。それは四回目の討伐の後に、この魔道具を仕掛けたいという、アン団長の強い希望があってのことだった。


「王宮から、事件の調査はどうなっていると、催促されていてな。」


彼女は、雑多に物が転がる研究室の机の上に、書類の束をどさっと置いた。


それは、王宮内の各部署からの、事件の調査報告書だった。どの書類も、長々と文章は書いてはあるが、結論はいずれも「原因不明」というものだった。


「事件から、そろそろ一か月になる。勇者パーティ結成のおかげで、わたしも随分と羽根を伸ばすことができた。だが、このあたりで少し、パーティとしての結果を出しておきたい。悠長にやっていると、余計なことをする連中も出てくる。」


「余計なこと、ですか。」


俺はそう答えながら、書類の束に目を通していく。


「今回の事件は、明らかに王宮内部の者が手引きをしている。そやつらにとっては、王宮の制御を離れて事件の調査を行っている、我々勇者パーティは目ざわりな存在だろう。勇者パーティについて、難癖を付けてくる可能性は十分にある。連中が再び動き出す前に、こちらから手を打つ。」


「その連中が誰かは、分かっているんですか?」


「分からん。」


俺の質問に、彼女は威勢よく答えた。あまりに威勢がよいので、一瞬、彼女が「分かっている」と答えたのかと勘違いしたくらいだ。


「えええ、本当ですか??」


そこまで堂々と答えられると、むしろ疑わしく感じてしまう。


「少年、わたしを何だと思っているのだ。」


「何でもご存じの、賢者様です。」


「ふむ、結構!」


満足げに彼女はそう言うと、対面の椅子にどかっと腰を下ろす。裾の長い髪の毛がふわりと舞う。そして、無造作にその長い脚を組むと、机の上の書類を面倒くさそうに拾い上げた。


俺は、彼女のその仕草を、無意識のうちに目で追っていた。


「・・・」


よく見ると、赤いローブの裾からは、白い脚がのぞいている。さらに、わずかに開いた胸元からは、二つの大きな丘の一部が見えているではないか。


だが、本人はそのことに気が付いていない。いや、自分がどんな恰好をしているか、全く気にしていないというべきか。


・・・この人、黙ってさえいれば、かなり美人だよなー


美人なだけではない。出るところが出て、凹むところは引き締まっているという、欧米人的な体形をしている。大魔法使い道まっしぐらの俺ですら、相手がアン団長でなければ、意識してしまいそうだ。


そんな微妙な思いに駆られている俺のことなど、まったく眼中にないアン団長は、一人でぶつぶつと何かを呟いている。


「わたしが賢いとはいえ、分からんものは分からん。無論、多少の目ぼしはついているのだが・・・情報が足りておらん。やはり。例の魔道具を完成させるべきか。次回の討伐は延期として、開発に集中したほうが良いだろうな。どう思うかね、少年。・・・ん、どうした、少年?」


「あ、いえ!それでいいと思います!」


あわてて書類で顔を隠す。


「ならば決まりだな。喜べ少年。今日から泊まり込みだ。ううむ、腕が鳴るな!」


「はい?」


意表を突かれ、俺は間抜けな表情をアン団長に向ける。彼女はあきれ顔で、俺のほうを見た。相変わらず、長いまつ毛が美しい。


「・・・少年、話を聞いていなかったのか?例の写し絵の魔道具を完成させねばならん。早急に、だ。心配するな、少年の寝具は用意しておく。」


「寝具!?」


・・・って、ここで寝るの?


アン団長は、毎日研究室で寝ているんじゃ。


「団長はどこで寝るんですか?」


「当然、ここに決まっているだろう。」


「ええええ!?」


アン団長と、二人きりでこの部屋で寝るだと・・・


女の子と、まともに手を握ったこともない俺が、女性と一緒の部屋で寝ることになるなんて。


果たして俺は、眠ることができるのだろうか?


いや、それだけで済むのだろうか??


ブラック企業さながらの泊まり込み勤務を命令されているというのに、健康面のことよりも、別のことが心配になってしまう。


「良いな?」


「・・・はい。」


ぐっと身を乗り出すアン団長の威圧に、俺が抗えるわけもない。そう答えながらも、自分の目線が彼女の胸元を彷徨うことに、俺は何ともいえないはかなさを感じていた。


それから、三日がすぎた。


正直、寝具とかどうでもよかった。


だって、寝る暇なんてほとんど無かったから!


アン団長は俺よりも寝てないはずなのに、まだまだ元気だ。あの人の体力は、いったいどうなってるんだろう??


四日目の朝になり、唐突に王女がやってきた。しばらく姿が見えない俺を、探しに来たらしい。その時の俺は、情けない恰好いで床にぶっ倒れていた。王女に気が付いて起き上がろうとしたが、朦朧としていて起き上がれない。


「こんな恰好ですみません。」


俺は、寝転がったまま、そんな言葉を絞り出すのがやっとだった。


だが、そんな俺を見た彼女の驚きようといったら、それはもう筆舌に尽くしがたいものだった。


「今すぐ帰ってください!!」


俺を見るなり、彼女はアン団長に猛然と抗議を始めた。


「エイト様は、きちんと毎日、自室に戻っていただきます!」


「いや、しかしだな、それでは開発が・・・」


「ダメったら、ダメです!!」


団長は抵抗した。しかし、いつになく激しい王女の剣幕には叶わなかったようだ。結局団長は折れて、俺は毎日自室に帰ることになった。


・・・助かった


俺は心底そう思った。


ブラック企業にいたときでも、ここまで疲労したことは無かった気がする。


王女の後ろで、溜息をついているターニャさんの姿が、やけに印象的だった。


俺は、王女の厳重な監視の元で、業務時間を制限されることになった。そのおかげで、それからは健康的な生活を送ることができた。



肝心の魔道具は、それから一週間ほどで出来上がった。


この魔道具は一度撮影すると、次に撮影できるまで1分ほど魔力を充填する時間が必要になる。そのため、ビデオカメラのように、連続した映像を撮影することはできない。


それと、記録する部分はできたが、再生する機能が無い。だから、記録された写し絵を見るためには、俺の「虚構投影」のスキルで、再生してやる必要がある。


このあたりは、まだ改良の余地がある。


俺は、そんなことを考えながら、魔道具の中に設置された、銀色の小箱に魔力を流し込む。小箱の中に配置された複数の金属板に、記録された写し絵のデータとでもいうべきものが記録されている。金属板を使った記録方法は、俺がアン団長に提案したものだ。


「少年、記録されている写し絵を、最初から見せてくれないか。」


「分かりました。」


俺は、魔道具の中央にある銀色の箱に再び魔力を注入する。この箱の中に、映像が記録されているのだ。俺は、箱の中の写し絵を映像化して、洞窟の壁面に映し出す。


映ったのは、女王蜘蛛がいなくなった後のダンジョンの広間だった。


「・・・何も無いぞ?」


「当然だ。前回、我々が奴を倒した直後だからな。雑魚蜘蛛すらおらんだろう。」


誰もいない洞窟の壁が、ダンジョンコアの青白い光で照らされている。だが、それ以外には何も映っていない。


「進めてくれ。」


アン団長に指示されて、俺は次の写し絵を映す。


何も映っていない。


「どんどん進めてくれ。」


最初のうちは、一枚表示しては少し止めて、というようにやっていた。しかし、十枚近く進んでも何も変化がないので、早送りすることにした。


「ふうむ。」


団長は腕を組んだまま、食い入るように映像を見つめている。


1日目、2日目、3日目と、映像をすすめていく。


何も映っていない。


ただ、まったく変化がないわけでもなかった。


「ダンジョンコアの光が、だんだん強くなってますか?」


王女が映像を見つめながら言った。


「そうだ。コアに含まれる魔素の量が増えると、コアの光は増す。それは当然のことだ。だが・・・」


アン団長は、そこで考え込む素振りを見せた。


「何か、気になることがあるのでしょうか、アン。」


「うむ。やはり、魔素のたまり方が、女王蜘蛛の復活速度に比べて遅すぎる。」


「そうなのか?」


思案顔のアン団長の横で、ニコが首をかしげている。映像に変化がないので、すぐに飽きたらしいニコ少年だったが、アン団長の言葉を聞いて興味が戻ったようだ。


「この速度であれば、あの強さの女王蜘蛛が発生するまでに、少なくとも二か月はかかる。」


「でも、わたしたちがあの蜘蛛を倒したのは、一週間前ですよ。」


王女の言葉に、アン団長が頷く。


「そうだ、通常であれば、そのように早く復活するわけがない。通常であれば、だが。」


俺は写し絵の再生をさらに進めていく。


4日目が終わっても、特に変化はない。


だが、5日目に入ったところで、映像に変化があった。


「お?」


ニコが身を乗り出す。


「光が、強くなりましたか?」


「ふむ。少し戻してくれ。


「はい。」


写し絵を、4日目の終わり頃に戻す。そこから、早送りの速度を落として、写し絵をコマ送りしていく。


「もう少しだ・・・止めてくれ!」


アン団長の指示で、俺は写し絵のコマ送りを止めた。その写し絵には、先ほどから見ているのとほとんど変わらない、ダンジョンコアの光で照らされた洞窟が映っているだけに見えた。


「何だ?何も見え無いぞ?」


映像が表示されている壁に、ニコが近寄る。王女も近寄って見ているが、何も見つけられないようだ。


「ここでござるよ。」


二人の反対側にいたターニャさんが、映像の隅を指差す。俺とニコと王女は、彼女の指さした場所を食い入るように見つめる。


「・・・何でしょうか。これは?」


王女が、何かに気が付いたようだ。ターニャさんが指差した場所には、目を凝らして見なければ分からない程度ではあるが、黒い影のようなものが写っている。


「進めてくれ。」


俺は、次の時刻の写し絵を映像化する。


「お、こいつ、ここに移動したのか?」


ニコも気が付いたようだった。前の写し絵にあった黒い影が、ダンジョンコアの近くに移動している。


写し絵を順番に進めていくと、影は真直ぐにダンジョンコアへと近づいて行く。そして、ダンジョンコアと影が重なると、その後に急激にダンジョンコアの光が増していくのが分かった。そのまま進めて見ていくと、一時間もたたないうちに、ダンジョンコアの光が全力に近い状態まで回復した。


その時にはもう、黒い影はどこにも見当たらなくなっていた。


「やはりな。」


一連の写し絵を見たアン団長が、大きく頷くのが見える。


「この影に、心当たりがあるのでござるか?」


誰もしゃべらない中、ターニャさんが珍しく口を開いた。


「いや、分からん。だが、何者かが魔素を補充していることは間違いない。」


「おい、ユウシャ。これ、もっとこう、大きくできないのか?これじゃ、こいつが何だか全然わからねぇ。」


ニコが映像のすぐ目の前に立って、首をぐるぐる回している。


「すまん。これが、この魔道具の能力の限界みたいだ。」


「そうなのかー、うーん。見えそうで見えねえってのは、もどかしいなぁ。」


彼は、諦めきれないようで、まだぐるぐると首を回したり、目を細めたりしている。


そういえばあちらの世界では、監視カメラのボケた画像を綺麗に復元するような技術もあった。俺は詳しくは知らないが、あの技術のことを良く知っていれば、こちらの魔法陣でもそれを再現できるのかもしれない。


「それで、どうするでござるか?」


そのターニャさんの声で、俺は現実に引き戻された。記憶がもどっても、やはり妄想癖は治らないようだ。


「ん?そりゃ、決まってるだろう。」


腕組みをしているターニャさんを見て、アン団長がにやりと笑った。


「ほう、あれでござるか。」


「そうだ、アレだ。」


二人が頷きあっている。


そして、彼女たちは揃って俺を見た。


「出番だぞ、少年。」


「え?俺?」


嫌な予感がする!


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