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虚構の勇者  作者: かに
第一章:召喚勇者とエルフの少女
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1-16:隷属魔法

「君の隷属魔法を解くのを忘れてた・・・」


「え!?」


ミリエンヌは、自分にそんな魔法がかかっていることに、全く気が付いていないようだった。だから、エイトの言葉を聞いて、とても驚いていた。


エイトは、ミリエンヌに複雑な隷属魔法がかかっていること、解除する時間がなくて、命令を全部解除するために、とりあえず自分を隷属先に書き換えたことを説明した。


「きちんと説明してなくて、本当に申し訳ない。安全なところまで逃げたら解除するつもりだったんだ。ここはもう安全だから、今から解除するよ。」


「隷属魔法って、言うことを聞かせる魔法のことですか?」


少女は、よく分からないというように首をかしげる仕草をした。


「言うことを無理やり聞かせることができる魔法スキルのことだよ。多分、君が逃げられないようにするために、誰かが君にかけていたんだ。」


しかも、かかっていたのは単体の隷属魔法ではなかった。手の込んだ罠がいくつか仕込まれていた。不用意に解除しようとすると、物理的なダメージを受けるような、非常に悪質なものだ。そのあたりの細かいところは説明しなかったが、とにかく複雑で解除しにくいものだということを説明した。


「いったいどうして・・・」


ミリエンヌは信じられないといったように、自分の手を見つめた。


これだけ複雑な罠を張るには、隷属魔法スキルに加えて、火魔法や罠、呪いといった複数のスキルレベルが高い人物でなければできない。人族なら大魔法使い級、たとえエルフでも長老クラスだろう。


魔族という可能性はありえるが、この少女に魔法をかけそうな魔族は全部倒したはずだ。だいたい、魔族がこの少女に隷属魔法をかける理由が思いつかない。無論、エイトが思いつかないような理由があるのかもしれないが・・・


「誰にかけられたか、覚えているか?」


「うーん・・・」


エルフは思案するように小首をかしげた。


「分かりません。」


「そうか」


少なくとも、この少女を最後に見たときは、このような魔法はかけられていなかったので、そのあとに仕掛けられたものだろう。運よく、隷属魔法の契約者の名前は、書き換えたときに読み取ることはできた。ただ、知らない名前だったので、結局のところ誰だかは分からないのだが。


「とにかく、解除してしまおう。少し待ってくれ。」


エイトはそういうと、フードの男から奪ったチョークのような筆記具を取り出す。それから、食堂の床に魔法陣を描き始めた。みるみるうちに、複雑な図形と模様、文字を組み合わせた魔法陣が出来上がっていく。その様子を、ミリエンヌはとても興味深そうに見つめている。


「・・・こんなもんかな。」


エイトは手を止めると、魔法陣の真ん中に椅子を置いた。


「ええと、ここに座って。」


「はい。」


ミリエンヌはそう言われ、椅子に座る。


「隷属魔法を解析するのには、少し時間がかかると思う。悪いんだけど、しばらくそこに座っててもらえるかな。」


「はい、お願いします。」


彼女がそう言うのを聞いて、エイトは解析を始めた。魔法陣に魔力を流しながら、ミリエンヌにかかっている隷属魔法の構造を、ひとつひとつ丁寧に分析していく。


かけられた隷属魔法自体は、かなり単純なものだ。それ単体なら解除は難しくない。しかし、その魔法にたどりつくより手前に、罠として設置された魔法がいくつもあり、それらが互いに複雑に絡み合っている状態になっていた。いうなれば、時限爆弾の配線が複雑にからみあっていて、ひとつでも間違って切ると爆発してしまう。そんな感じだ。


絡み合った配線の構造を解析するために、エイトは黙々と解析作業を続けた。


それから、30分ほど経過しただろうか。


「よーし、だいたい分かったぞ。」


エイトは、ようやく罠の全体構造を把握することに成功した。あとは、繋がっている罠をひとつずつ解除していくだけだ。


「これから、罠の魔法を順番に解除するんだけど、解除するときに、どうしても少し、ビリっとした感触があるかもしれない。」


「・・・ビリっと?」


少女は無意識に両手を握った。


「なるべくそうならないようにするけど、どうしても耐えられないと思ったら、我慢せずにそう言ってほしい。」


「・・・はい。」


ミリエンヌは、覚悟を決めたようにエイトの顔をじっと見た。


「じゃ、いくよ。」


エイトは、複数の罠の魔法をつないで導火線のような働きをする、魔法の糸のようなものを、一つずつはがしていく。ほどなく、一つ目の罠は完全に解除することができた。さらに10分ほどで次の罠もはずれた。順調だ。


そうやって、1時間も経過したころには最後の罠にたどり着いた。


「ようし、これで最後だ。」


しかし、最後の罠を解除しようとして、エイトの手がとまった。


「こ、これは、いったい・・・」


その罠には、恐ろしく厳重な鍵がかかっていた。その厳重さもさることながら、彼を驚かせたのは、鍵のかけかただ。


エイトが解除の魔法を使うと、なんと次のような文言が目の前に表示されたのだ。


「パスワードを入力してください」


エイトの背中に、嫌な汗が流れた。


・・・パスワード!?


こちらの世界でも合言葉とか、暗号という言葉はある。しかし、パスワードなんて単語は、こちらでは聞いたことがない。しかもこのパスワードの入力を求める文章の書き方は、明らかにネットやアプリのログインのときに表示される典型的なそれだ。


こんな表現を知っているのは、エイトと同じ世界からやってきた者しかいない。しかも、本当にパスワードで鍵がかかっている。


・・・まさか、他の召喚勇者の仕業なのか?


これまで、エイトが直接会ったことのある他の勇者は、北の勇者「アークトゥルス」だけだ。


たしか、奴の勇者スキルは「業火爆炎」。


何でも燃やして破壊するという、とても分かりやすいスキルだ。ほんのわずかな間だが、話をしたときの印象では、エイトよりずっと昔の時代から召喚されたようだった。王様や貴族がいて、剣や弓で戦っていた時代だ。クリーム色の短髪に緑色の瞳、白い肌の男で、体格はそこまで良くはないが、それでも現代の二ホン人の平均よりは大きいかった。おそらくは、その当時の西洋の国の人間だろう。


当然だが、そんな時代にはパスワードなんて物はないわけで、奴がパスワードをかけたとは考えにくい。そもそも、あんな大雑把なやつが、こんな繊細な罠を編み込んだ魔法を欠けられるとも思えなかった。


ならば、他の勇者はどうだろう。


南の勇者と東の勇者は、いずれもエイトより何年も前に召喚され、それからずっと魔族と戦っているという話だ。


南の勇者は、海を越えた向こうの神皇国で召喚され、船で魔族に襲われた島々を巡っていると噂されている。東の勇者は北の勇者と同じ帝国で召喚され、帝国北方の雪深い地域に派遣され、四天王の一人「氷の四天王」とその配下と戦っていると聞く。


どちらも情報が少なくて分からないが、パスワードで魔法に鍵をかける方法を知っている勇者がいる可能性は否定できない。しかし、この王国からは相当離れた場所にいるのは確かだ。少なくともこの数週間の間に、ミリエンヌと接触するような機会があったとは思えない。


とはいえ、勇者がやったのではないのなら、それこそ誰の仕業か全く想像がつかなかった。唯一の手掛かりは、隷属先として指定されていた名前だが、エイトはその名前に心当たりがなかった。


ふと、エイトはミリエンヌを見た。そして口を開く。


「ルイーゼ、という名前に覚えはないかい?」


「え?」






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