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虚構の勇者  作者: かに
第六章:勇者パーティとダンジョン
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6-7:エコースパイダー(下)

「来るな、来るなぁぁぁぁっ!!」


片腕と武器を失った王子は、すでに戦意を失っていた。銀色の蜘蛛に目前まで迫られ、情けない声を上げている。さっきまでの威勢の良さが嘘のようだ。


俺は身体強化スキルを使い、叫び声を上げることしかできなくなった王子に素早く近寄る。そうして、ひょいと片手で王子を掴み上げた。


「き、貴様、なにをっ!」


「見ての通り、助けているんですよ。安全なところまで運びますから、暴れないでください。」


「おのれ、貴様ごときに・・・」


王子は俺から逃れようとして、その大きな体をよじる。


・・・やれやれ


せっかく助けに来たというのに、その態度はあんまりだ。俺は面倒になって、王子をその場にどさっと降ろす。


「暴れるなら、ここに置いていきますよ。」


すでに、魔物は目前に迫っていた。鎌のように鋭く光るその前脚を振り上げ、進路上に転がる障害物・・・王子めがけて、その前脚を振り下ろす。


「ひ、ひぃぃぃいっ!」


ガキン!


間一髪のところで、その前脚を俺が盾で弾き返す。


「どうしますか?」


「・・・」


王子は俺を睨みつけてくる。その額に、玉のような汗が浮かび上がっているのが見えた。さすがの王子も、これ以上は言い返すだけの気力がないようだった。


「今度は暴れないでくださいね。」


俺はそういうと、王子の切れていないほうの腕を掴んだ。小さな悲鳴が聞こえた気がしたが、それを無視して王子を持ち上げる。


「ギュワワワ!!」


そのとき、まるで逃がさないと言わんばかりに、魔物が再び俺たちに迫った。長く細い前脚が見える。


「おっと、おまえさんの相手は俺だぜ?」


俺が盾を構えるよりはやく、ニコがその前脚を弾いた。


「すまん。少しだけ時間を稼いでくれ。」


「任せとけ。だけど、危ねえときは逃げるからな?」


「ああ、無理はしなくていい。」


槍を構えたニコがにやりと笑ったのを見て、俺はその場を離れた。


「お兄様!」

王子を蜘蛛の進路から離れた場所まで持っていくと、すぐに王女がやってきた。彼女は、王子の状態を見て、眉をひそめる。


王子の美しかった鎧やマントは炎に焼かれて焼け焦げ、本人の体もいたるところに火傷や裂傷があった。そしてその左腕は、肘先から完全に失われていた。


「なんて酷い傷なんでしょう。すぐ治療いたします。」


倒れている王子に、王女が駆け寄る。


「お、俺に触るな!」


彼女が左腕に触れようとした瞬間、突然王子が叫ぶ。


「申し訳ございません・・・ですが、触れなければ、回復魔法をかけることができません。」


王女は構わず、王子の腕に触れようとする。だが、王子は強引に腕を引き、王女の手から逃れた。


「やめろっ!」


王子が王女を睨みつける。


「汚らわしい!この魔食いがっ!」


「兄様・・・」


その言葉に、王女の手が止まった。


王子はすぐさま、彼女から目を逸らす。それはまるで、見てはいけないものから目を背けるかのようだ。


・・・なんて奴だ!


王子が彼女のことをどう思っているかは、これまでの彼の態度と、今朝の会話で分かっているつもりだった。だけど、王子の王女に対する嫌悪感が、これほどまでだったとは。想像力が足りなかったようだ。


しかし、危険を顧みず、重傷を負った自分を治療しにやってきた王女に対して、その言葉はひどすぎる。


パルディア王女は、王子が自分のことをどう思っているか、良く知っている。それでも、彼女は王子を助けに来た。しかも、王子が傷を受けたのを見て、躊躇なく駆け出した。魔物がまだいるにも関わらず、傷ついた兄を助けようとして。


だというのに、王子は彼女の治療を、暴言をもって拒否したのだ。


それは、王子が王女を嫌っているとか、そういうレベルの問題じゃない。こんな状況でそんな言葉を吐くなんて、


・・・この王子、想像以上のクソだな。


ふつふつと、怒りが込み上げてくる。


無意識のうちに、俺は拳を振り上げていた。


「ずいぶんと余裕がおありですな、殿下。」


魔導士団長の声を聞いて、俺は我に返る。気が付くと、彼女は俺と王子の間に立っていた。


アン団長は俺のほうをちらりと見る。彼女は何も言わなかったが、「ここは任せろ」と言われたように感じた。


「・・・おまえ、魔導士団長だな。さっさと俺を治せ!命令だ!」


王子はアン団長をみるなり、そう叫ぶ。


「殿下がお望みとあれば、治療いたします。ですが、あいにく治療魔法のレベルは高くはございません。ですので、その腕は肘から先は無いままになります。それでも宜しいでしょうか?」


「なに・・・この腕は、治らない、のか?」


その王子の声には、明らかな焦りが感じられた。


「はい、わたしには無理にございます。王女殿下でしたら、腕も治すことができると思われますが、それでもわたしの治療をお望みですか?」


アン団長は、王子の言葉で項垂れてしまった王女を見る。


「他に治せる奴はおらんのか!」


「残念ながら、治療のできる団員はおりません。今朝から、魔物の調査のために、王城の外にでておりますゆえ


団長のセリフは丁寧ではあったが、妙な力強さがあった。


「だ、誰でもよい、腕を、腕を治せ!」


「この場では、王女殿下以外に腕を治せる者はおりません。」


団長は冷たく言い放つ。よく見ると、アン団長の右足が細かく動いているのが見えた。彼女の表情も、先ほどより強張っているように見える。


なるほど、彼女も王子のことは、いけ好かないと思っているらしい。


「急ぎませんと、王女殿下でも腕を治せなくなりますぞ。どうするか、すぐお決めください。」


「くっ」


王子の表情がひきつった。


一瞬の沈黙が流れる。


その場にいる全員の視線が王子に集まる中、王子は重々しくその口を開いた。


「・・・治せ。」


「わたしが、ですか?」


アン団長が答える。


「・・・いや、腕だ。俺の腕を治せ。俺に触れることを許す。」


その言葉を聞いた王女が、王子に近づこうとする。


しかし、それをアン団長が止めた。王女は驚いて足を止める。


「殿下。王女殿下は、王子殿下と同じく王族にございます。王女殿下へは、命令ではなく、お願いであるべきかと存じます。」


「き、きさま・・・」


王子が歯ぎしりする音が聞こえた。


「さあ、もう時間はございません。王太子となられる方なら、その度量をお見せ下さい。」


・・・言うじゃないか、この団長!


俺の中で、アン団長の評価が大幅に上がった。


「・・・くそっ」


王子は小声で悪態をつく。しかし、その言葉にはもう力がなかった。


「・・・すまん、治してくれ。俺の腕を、治してくれ!」


「承知いたしました!」


投げやりな王子の言葉に、アン団長はまだ不満のようだった。だが、王女の表情が和らいだのを見て、そこで手打ちにすることにしたようだ。


「切れた腕はありますか?」


「姫様、腕はここでござる。」


王女の言葉に、ターニャさんがすぐに反応する。見ると、彼女は王子の切れた腕と彼の大剣を持っていた。全く気が付かなかったけど、いつのまにかターニャさんは、それらを回収していたらしい。


「ありがとう、ターニャ。それをこちらに置いて下さい。」


「承知いたした。」


ターニャさんは、王女の指示で切れた腕を地面に置くと、すばやく後ろにさがった。


「まったく、このような者、姫様が救う価値などないでござるよ。」


彼女は、俺の横を通るときに、小声でそう呟いた。それで、彼女も王子に憤慨していることがわかった。俺はただ小さく頷いて同意を示す。


「アンさん、ありがとうございました。」


「ふん、礼を言われるようなことではない。」


彼女は俺ににやりと笑って見せた。


「腰は、もう大丈夫なんですか?」


「ああ、すっかりな。向こうの結界も補強できた。もう、魔物がでてくることはないはずだ。」


アン団長の視線の先をみると、さきほどまで魔物が沸き出してた魔法陣の周りに、青く光る薄い透明の壁ができているのが見えた。どうやら、あれが結界らしい。


「じゃあ、あとはアレだけですか。」


俺は、ニコが相手をしている銀色の蜘蛛を見る。


「そういうことだ。」


アン団長が頷く。


「では、ちょっと倒してきます。」


「やはり、わたしも行こう。」


「いえ、アンさんは、王女様と負傷者の治療をお願いできませんか。あれは、俺とニコでやります。」


「ほう・・・そうか、分かった。」


アン団長は俺がそう言うと、一瞬だけ真面目な顔になった。しかし、すぐに表情を崩し、肩を竦める。


「ならば頼む。正直なところ、あいつは魔法スキルと相性が悪い。わたしが出張でばっても、せいぜい防御結界で支援することしかできん。少年の言うように、負傷者の救護でもしていたほうが、まだ役に立つだろう。」


「ご謙遜を。」


「いやいや、本当のことだ。勇者少年、期待してるぞ!」


彼女はそう言うと、近くに倒れている負傷者のほうへと歩いていった。


俺はその姿を見送ると、広間の中央で跳びまわっている銀色の蜘蛛と、その相手をするニコのほうを振り返った。


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