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虚構の勇者  作者: かに
第六章:勇者パーティとダンジョン
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6-5:エコースパイダー(上)


「おいおい、名無しの勇者、こいつと戦うつもりか?」


・・・嫌な奴が来たな


いつのまにか、エイギス王子がすぐ後ろまで来ていた。ちらりと見ると、親衛隊が相手にしていた蜘蛛は全部倒されたようだ。守備隊はまだ戦っているが、見たところ数匹も残ってはいない。


「戦います。」


俺は、蜘蛛に体を向けたまま、王子のほうを見ずにそう答えた。銀蜘蛛の動きに警戒しているからではあるのだけど、それ以前に王子の顔を見たくなかった。


すると、王子は大笑いを始めた。


「はっはっは!!こいつはお笑いだ。ろくに剣も振れない野郎が、魔物と戦おうってのか。あー、やめとけ、やめとけ。醜態を晒すのが関の山だ。」


その王子のセリフに合わせて、背後から嘲笑が聞こえてくる。この声は王子の取り巻きだろう。俺は振り返るのも面倒になって、蜘蛛に向かったままで答えた。


「やってみないと分かりませんよね。」


「はぁ?」


王子が眉間にしわをよせる。いや、王子の顔は見えてはいないが、その表情は見なくても想像がつく。


「やらずとも、分かるだろう。死体がひとつ転がるだけだ。おまえ、バカなのか?」


「もちろん、死ぬ気はありません。」


俺は微動だにせずそう答える。すると、背後でガツンと剣を地面に突き立てる音がした。


「貧弱なくせに、生意気な口をきくじゃねえか!いいか、そいつは俺の得物だ。」


どうやら、王子の我慢が限界を超えたらしい。わかってはいたが、なんともこらえ性のないやつだ。


「さっさとそこをどけ。ゴミが!」


「殿下に逆らうなど、無礼極まりない!」


「即刻、立ち去るがよい!」


王子に呼応するかのように、取り巻きたちが声を上げる。本当によく訓練されていることだ。


・・・やれやれ。


せっかくやる気になっていたのに、どうにも面倒になってきた。


俺は、剣を肩にかつぐと、王子に蜘蛛の対面の位置を譲る。わざとゆっくりと歩いたせいか、王子が盛大に舌打ちしたが、俺は聞こえないふりをした。


「殿下、不敬罪で、この者を捕えましょう。」


背後で取り巻きの声がする。


「ふん。捨て置け。そいつに構う暇はない。俺は王族として、魔物を討伐する崇高な使命があるからな。」


王子が苛ついていることは明らかだ。しかし、それ以上に蜘蛛と戦いたくて仕方ないらしい。視界から消えた俺のことなど、さっさと忘れたいようだ。


「くっくっく。俺の力をとくと見るがよい!」


王子は誰に向かってというわけでもなく言い放つ。ゆっくりと近づいてくる銀色の蜘蛛に向かって、大剣を構えなおした。王子の体がぼんやりと緑色に光りだす。身体強化を使い始めたようだ。


「殿下、わたくしも是非、助力させていただけませんか。」


そのとき、兜を被った小柄な人物が王子のすぐ脇に出てきた。その人物は、王子に向かってひざまづいた。声色からして、若い女性のようだ。その声に、俺はどこかで聞き覚えがある。


「ほう、ベルナデッタか。」


王子が答える。


・・・ベルナデッタ?


知っている名前だ。


誰だっけな?


・・・ああ、そうだ。確か、俺をボコボコにした女性兵士が、そんな名前だった気がする。兜を被っているので分からないけど、あのときと同じ小柄で細身の女性だ。


「ふうむ、面白い。ならば、あやつの動きをけん制しろ。俺がトドメを刺してやる。」


「はっ!」


王子の許可を得たその兵士は、すぐさま銀色の蜘蛛へと剣を向けた。彼女がちらりと俺のほうを見た気がするが、兜越しのことなので気のせいかもしれない。


「せいっ!」


ベルナデッタと呼ばれた小柄な兵士は、銀色のエコースパイダーに切りかかった。蜘蛛は、その巨体からは想像がつかないほどの素早さで大きく後ろに跳躍し、その攻撃を避ける。ベルナデッタは突進し、銀蜘蛛に次々と攻撃を仕掛ける。


彼女の剣さばきは見事なものだ。俺がボコボコにされただけはある。しかし、彼女の剣は銀色の蜘蛛にダメージを与えていなかった。攻撃のほとんどは蜘蛛に躱され、時折当たりそうな攻撃も、鋼鉄のように固い前脚ですべて防がれていた。


キーン、キーンという金属音が時折響くほかは、不思議なほど静かな戦いになっていた。


「なんだこの蜘蛛は!?」


すぐ近くでニコの声がした。振り返ると、彼の小柄な体格には不釣り合いな長い槍を手にしたニコが、全身を銀色に輝かせている蜘蛛の魔物を見て、その水色の目を大きく開けている。


「こいつは、別の魔物なのか?」


「いや、種類は同じ魔物だ。ただ、黒いやつは幼体で、こいつは成体だ。」


俺が説明してやると、ニコは感嘆の声を上げる。


「へえぇ、良く知ってるな、ユウシャ!」


そのときになって、ニコ以外の守備隊の兵士の姿が見えないことに気が付いた。


「あっちは片付いたのか?」


「ああ、黒い奴は、全部俺が片付けたぜ?」


少年は槍を高々と掲げると、得意げな顔をしてみせる。


「守備隊の連中はどうしたんだ?」


「小隊長が『俺たちの任務は、黒蜘蛛の討伐だ。そして、黒蜘蛛は俺の活躍で全滅した。ゆえに撤退する』とか言って、さっさと逃げていったんでな、他の連中も一目散に逃げ出したぞ。」


「ははは・・」


ニコの返答を聞いて、俺は苦笑いした。小隊長が我先に逃げる光景は、見ていなくても想像がつく。


「おいおい、倒したのは、ほとんど俺だぞ?」


「ああ、分かってる。」


調子のいい、小人物の小隊長らしい行動だ。とはいえ、連中がここにいても足手まといになるだけだ。逃げてもらえば人目も減る。いろいろと隠したい俺としては、戦いやすくもなるので都合はいい。


「で、何だ、この銀色のやつは。黒いやつより強くないか?」


「あそこにいる魔導士団長が、魔法陣の向こう側で襲われたらしい。それで、逃げてきたら、あいつもついてきたそうだ。」


俺は、少し離れた場所で腰に手をあてている魔導士団長を指さす。ニコは彼女を見て、額に手を当てた。


「なんだって?あんな強そうな魔物を連れてくるなんて、はた迷惑なやつだな!」


「まあな。」


俺は、少年の嘆きに苦笑で答えた。


銀色の成体のエコースパイダーは、黒い幼体と比べてもサイズが一回り以上は大きい。


体が大きければ、それだけ動きが鈍重になりそうなものだが、むしろこいつの動きは黒蜘蛛よりずっと速い。そのうえ、体を覆う銀色の表皮は鉄のように固く、黒い幼体に比べて防御力も攻撃力も高い。守備隊の連中では足止めすらできず、あっという間に殺されてしまうだろう。連中がさっさと逃げたのは、結果的には正解だ。


その成体を、ベルナデッタは一人で相手をしている。さすがは王子の親衛隊の兵士というべきなのか。今のところ、押し負けてはいない。ただ、ダメージを全く与えられていないので、このままいけば体力勝負になる。魔物は周囲の魔力からエネルギーを得るため、疲労することはない。つまり、このまま膠着状態が続けば、人間側がいつか体力負けするだろう。


それに、成体のエコースパイダーは、幼体とは違って特殊なスキルを持っている。迂闊な攻撃をすれば、命取りになりかねない。魔導士団長はそれを知っている口ぶりだったが、はたして王子や親衛隊は、そのことを知っているのだろうか?


「ニコは、あいつに勝てるか?」


「うーん、槍さえ当たれば、倒せそうだけどな。あの素早さは厄介だなぁ。」


ベルナデッタが銀色の蜘蛛を追い回すが、一向につかまる気配がない。蜘蛛は素早く跳躍すると、ベルナデッタの攻撃をすべてかわししていた。確かに、あの速度で跳躍し続けていては、攻撃を当てるのは難しそうだ。


「なら、動きを止めたら、いけるってことだな。」


「止まってりゃ、何とかなるさ。俺の槍は何でも貫くからな!・・・ってユウシャ、あいつをやる気か?」


ニコが驚いた顔で俺を見る。


「あの連中が負けたらな」


俺はにやっと笑って見せた。ニコはそんな俺を見て、一瞬意外そうな顔をする。しかし、すぐに彼もにやりと笑った。


「・・・へえ、ユウシャがそんな挑発めいたことを言うとは思わなかったぜ。おもしれえな!」


評価を付けていただいて、ありがとうございました。

GW中には、一区切りするとこまで進みたいです。

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