5-26:黒蜘蛛
ズズーーーン!!
外のほうから、地鳴りのような音が聞こえた。
「うわー!」
「助けてくれー!!」
続いて、兵士らしき叫び声が聞こえる。
俺は壁際に立てかけてあった勇者の剣と勇者の盾を手に取ると、窓に駆け寄り外を見る。
「あれは!?」
見ると、少しはなれた建物から、うす黒い煙が立ち上っているのが見える。いや、煙というよりは霧に近いだろうか。黒い色のついた雲のようにも見える。
「あれは、魔素です!」
霧を見たロゼッタさんが、驚きの声を上げている。
「魔素・・・なぜ、王宮の中で、そのようなものが・・・」
王女も驚きで目を見開いている。
魔素といえば、魔物から発生する黒い霧のようなものだ。こちらの世界に来てからは見たことは無いけど、白い部屋では何度も見たことがある。人間には毒があり、大量に吸うと体が麻痺して動けなくなることは知っている。
それが発生しているということは、近くに魔物がいることを意味している。しかも、霧になって漂うほどの魔素が出ているとすれば、相当な数の魔物がいるということだ。
「うわーー!!」
窓の下から人の叫び声がした。見ると、剣をもった兵士たちが、全力で走ってくる。そして、その背後に、人間ほどの大きさのある、動く黒い物体が見えた。その黒い物体には八本の細い脚があり、途中にある壁も塀もおかまいなしに、軽々と越えて兵士を追いかけていく。
「エコースパイダー・・・魔物だ。」
俺は思わずその物体の名前を口にした。
王女が驚いて俺の顔を見る。
「勇者様・・・いえ、エイト様、あれをご存じなのですか!?」
「・・・あ、うん。」
どう答えてよいか、逡巡したときのことだった。
壁を這っていたエコースパイダーが、突如として大きく跳躍した。そうして、最後尾を走っていた兵士の上へと飛び降りる。気配に気が付いた兵士が振り返る。しかし、空から迫る大蜘蛛に兵士はなすすべもない。
その表情が恐怖に歪む。
「ああっ!」
王女の口から悲鳴が漏れた。
それと同時に、俺は窓から飛び降りていた。
「エイト様!!」
「転位」
俺は落下中に転位スキルを使い、衝撃を受けることなく地面に着地した。
・・・跳躍距離が短いな。
転位スキルのレベルが低すぎるせいで、跳躍できるのはほんの1メートルといったところだった。だが、落下の衝撃を失くすという用途には、これでも十分だ。
「エイト様!?」
王女の声が上のほうから聞こえる。だが、俺の意識はすでに目の前のエコースパイダーに向けられていた。
「身体強化」
俺はつぶやくと同時に、今にも兵士にとどめを刺そうとしていた大蜘蛛に、横から蹴りを入れる。
どがっ!
予想外の方向からの攻撃に、大蜘蛛は大きく体をのけぞらせた。兵士を捕えていた脚のいくつかが宙に浮く。
「これでもくらえ!」
間髪いれず、俺は剣で脚を薙ぎ払う。
身体強化スキルのレベルがあがったせいだろうか。あれだけ重かった勇者の剣が、まるで羽のように軽い。
高い金属音が響き、蜘蛛の足先がそのまま空中に飛んでいく。
「今のうちに!」
「う、うわーー!!」
蜘蛛に押さえつけられていた兵士は、俺に答える余裕すらないようで、急いで起き上がると一目散に逃げ出した。
「さすがにスキルのレベルが低くて、一撃で倒すのは無理か。だが・・・」
鋭くとがった蜘蛛の脚が、俺に向かって振り下ろされる。俺は盾を構えた。
「方向反転!」
蜘蛛の脚が盾に触れた瞬間、まるで盾が爆発でもしたかのように、脚を勢いよく弾き飛ばした。蜘蛛は大きくバランスを崩して、後ろへ倒れこむ。魔物が脚を振り下ろした力を、そのまま相手に跳ね返してやったのだ。
「どうやら、十分戦えそうだな。」
蜘蛛はすぐさま起き上がろうとした。
「ファイアー!」
俺がそう呟くと、剣先からこぶし大の火の玉が飛び出し、そのまま蜘蛛の腹にあたる。
「ギュワーーーー!!」
蜘蛛は、なんとも形容しがたい叫びをあげた。火の玉が当たった場所は黒ずんではいる。無傷とはいえないが、ダメージはそれほどないようだ。
「こいつは火が弱点だったはずなんだけどなあ・・・レベル1の魔法じゃ、弱点でもこんなもんか。ならば・・・」
俺は再び盾を構える。
「ファイア、ファイア、ファイア、ファイア、ファイア、ファイア、ファイア!!」
怒涛の勢いで火魔法を連打する。剣先から飛び出した無数の火の玉が、蜘蛛の胴体に次々と命中していく。
「ギュワワワワワ!!!」
蜘蛛がじりじりと下がり始めた。
と、そのとき、連打される火の玉のサイズが一回り大きくなった。
「お、火魔法のレベルが上がったみたいだな。こんなにすぐ上がるなんて、経験値ボーナスのおかげだろうな。」
魔法スキルは、基本的に魔法の効果の大きさと、使用回数に比例して経験値が得られる。だから、魔法を使いまくれば経験値がどんどんたまる。特に、レベルが低い間は、魔法の効果を上げるよりも、回数を増やしたほうが効率が良い。
「ま、これだけ連射できるようになったのも、部屋での訓練のおかげだけど・・・」
そんなことを考えながら、俺はひたすら魔法を連打する。火の玉の威力が上がったこともあり、さすがの大蜘蛛もダメージが蓄積してきたようだ。脚の一本が、火の玉の直撃をくらって吹き飛ばされる。
軽く20発くらいは打ち込んだだろうか。ついには蜘蛛はまったく動かなくなった。
「最弱レベルの魔物を倒すのに、弱点魔法を撃ってこれだけかかるのか・・・負けないにしても、時間がかかるのは困ったもんだなあ・・・ん?」
視界に黒い霧が入ったことに気がづき、俺は周囲を見回す。すると、吹き飛んで周囲に飛び散った脚のいくつかからは、すでに煙を発し始めていた。
「そうか、魔物は倒されると魔素に分解されるんだっけ。さすがに、このまま放置するのはまずいか。」
俺は再び剣を構えて、魔物のほうへと突き出す。
「浄化」
うっすらとした光が剣を包み込み、その光が前方へと溢れていく。そして、光が蜘蛛だったものに触れると、その部分がまるで溶けてなくなるように消え、光の粒となって周囲へと溶け込んでいった。
よし、浄化自体はうまくいっているようだ。でも、これもスキルのレベルが低すぎて、やたらと時間がかかりそうだ。やっぱり、さっさとスキルを上げないとダメだなあ・・・
「エイト様!ご無事ですか!?」
そのとき、背後から呼び声がした。
振り返ると、俺に向かって全力で走ってくるパルディア王女の姿が見えた。
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今日から1日までは連投の予定です。




