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虚構の勇者  作者: かに
第五章:西の勇者と第三王女
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5-25:異世界も、すまじきものは、宮仕え

「ご質問を、どうぞ。」


ロゼッタさんにそう言われて、俺は姿勢を改めた。


「あの、テレーゼ殿下は第一王女様なんですよね。どうして王太子候補にならなかったんですか。」


「テレーゼ殿下も、王太子候補です。」


「え?」


意外な返答だった。テレーゼ王女が全く話しに出てこないので、全然関係ないのかと思っていたら、そうではないらしい。


「王太子候補としては、現時点でエイギス殿下よりも、有利な立場におられます。国王陛下も、テレーゼ殿下をエイギス殿下より高く評価されているようですし。」


「そうなんですか。」


「テレーゼ殿下は、エイギス殿下と比較しても遜色ないほどの、多くの貴族の方々からの支持を受けております。物理的な力や体格はエイギス殿下が勝りますが、テレーゼ殿下は高いレベルの魔法スキルを複数お持ちです。そして、王国の魔導士団は、実質的に殿下の配下と言ってもいいでしょう。」


・・・すごいなテレーゼ王女。やり手のビジネスパーションみたいな人だとは思っていたけど、そこまでできる人だったとは思わなかった。


「これまでのご説明の中で、テレーゼ殿下についてお話し致しませんでしたのは、パルディア殿下が王宮に来られるまでは、テレーゼ殿下は兄君のトール殿下の後ろ盾として動かれていたからです。それまでにも王太子候補にという話は幾度かあったそうですが、そのたびにテレーゼ殿下は辞退されたと伺っております。」


「トール王子を国王にするために、自分は跡目争いから退いたということですか。」


俺の言葉に、ロゼッタさんが頷く。


「その通りです。テレーゼ王女は、当初は兄君のトール殿下を次に国王に推挙されておりました。ですが、トール殿下が跡目争いから退く形になったあとは、テレーゼ殿下が自ら次期国王候補として名乗りを上げられたのです。ですから、エイギス王子とトール王子との争いは、実質的にエイギス殿下とテレーゼ殿下の間の争いになっているのです。」


「トール兄様は・・・」


そこで王女は、呟くように話し始めた。


「トール兄様は、国王になりたいとおっしゃったことは、一度もないのです。王座が欲しければ、誰にでもくれてやる・・・と、いつもおっしゃっていました。でも、周りの人たちがトール兄様を放っておかないのです。兄様は諍いに疲れて、最近はどなたともお会いにならなくなってしまいました。わたくしが、兄様のお部屋にまいりましても・・・」、


王女はそこで口を閉ざしてしまった。ロゼッタさんは、しばらく黙って彼女のほうを見ていた。だが、王女はそれ以上は言葉を続けなかったので、ロゼッタさんが再び口を開いた。


「トール様は、ご自身を廻る諍いのこともございますが、それ以上にパルディア殿下のことを気遣われているのです。殿下が王都に来られたことで、それまでエイギス殿下が有利だった状況が一気に変化し、パルディア殿下が最有力候補となったのです。その王女殿下と、これまで最も国王に近いと思われていたトール殿下が親しいとなれば、おのずと周囲の王女殿下を見る目も変わりましょう。」


「わたくしは、国王になど、なりたくはないです!」


俺は驚いて王女の顔を見る。彼女がこれほど声を荒げたところを、これまでに見たことが無かったからだ。心なしか、王女の顔は上気しているようにも見える。


「エイギス兄様にも、テレーゼ姉様にも、何度も申し上げました。ですが、どなたもわたくしの話しをお聞きしていただけません。あの、お優しかったお父様でさえ・・・。」


そこで、再び長い沈黙が訪れた。


そのとき俺は、二ホンの会社で起こった、ある事件のことを思い出していた。


その会社では、昔からいたとある古株の社員が、もうすぐ空きそうな上司のポジションを狙っていた。強力なライバルはいるけど、そのライバルは健康上の問題があって、そのポジションの責務に耐えられないだろうと、周囲からも会社上層部からも見られていた。ライバルには強力な後ろ盾もいたけれど、ライバル自身に出生する意欲がないことから、後ろ盾の人物も半ば諦めかけていた。


そんなところに、突如として中途採用で新たな社員が入ってきた。上司は一目みてその社員を気に入り、俺の跡を継ぐのはおまえだ!とか周囲に言い始める。その社員は技術は秀でているものの、あくまで自分の技術を磨きたいのであって、管理職になりたいとは露ほどにも思っていない。だから、上司のそんな誘いを適当に言葉を濁して避けている。


だが、気に入らないのは古株の社員だ。


ライバルがいなくなったと思ったら、全く関係ないところからやってきた新参者が、突如ポジション争いのライバルになってしまった。しかも、その新参者は元ライバルと意気投合し、仲良くなったという。そして、ことあるごとに会合を持っているらしい。当人は「元ライバルさんとは技術の話で盛り上がりまして」といっているが、そんなのは嘘だ。奴を味方に引き入れようとしているに違いない。二言目には「ポジションに興味はない」と言ってはいるが、それも敵を欺くための嘘に決まっている。そうやって油断させておいて、あっさりポジションを奪うつもりだ!許すまじ!


おそらく、こんな感じだったのだろう。


一方の新参者からすれば、上司の言葉はありがた迷惑以外の何物でもない。古株社員には何度も「その気はない」と言っているのに信じてもらえないどころか、ますます敵視される結果になる。そして、せっかく技術の話で意気投合した元ライバルは、自分に気を使って「しばらく会うのは辞めようと」とか言われてしまう。他方、後ろ盾氏は「元ライバルが身を引くなら、わしがそのポジションにつく!」とか言い出す始末。新参者氏は、望まないバトルロワイヤルに巻き込まれてしまった形だ。


当人は、業務に打ち込めるような状況にないので、次を探したいと思い始めてはいる。でも、ここへ転職するのにもかなりの労力を使った。転職してまだ大して時間もたってないし、この会社での実績も十分積めてない。そんな状況で、すぐまた転職するのはもったいない。


あの困った古株社員や上司たちを、どうにかできないものか・・・


・・・ってなりますよね。


うん、うん、わかる。


「・・・勇者様、どうかなさいましたか?」


「あ、すみません。何でもないです。」


俺は慌てて姿勢を正した。



「・・・勇者様、どうかなさいましたか?」


「あ、すみません。何でもないです。」


俺は慌てて姿勢を正した。


腕を組んだまま、何度も大きく頷いていたのを、王女に見咎められてしまったらしい。記憶が戻ったことで、こちらの世界の状況の理解も、これまでよりもスムーズになった気はする。それ自体はいいことだ。でも、あちらの世界でよく指摘されていた「話している間に一人で考え込んでしまう癖」まで戻った気がする。気を付けないとな。


もちろん、王女はキャリアを積みたいわけでも、転職したいとか思ってるわけでもない・・・多分。でも、王族と認められてしまった以上、勝手に王宮を出ては行けないだろうし、状況的には「会社を今すぐはやめられない」という状態に近い。


ちなみに、さっきの話の「中途採用の人」は、結局すぐに会社を辞めてしまった。そのうえ、元ライバルの人も一緒に辞めてしまい、揃ってライバル会社に転職してしまった。ライバルが二人もいなくなった古株社員は喜んだけど、青ざめたのは上司を含む会社の上層部。高い技術を持ち、将来を嘱望していた二人が、揃ってライバル企業へ行ってしまうなんて、悪夢以外の何物でもないよね。まあ、傍観者の俺からすれば、会社のマネジメント能力不足が原因で、自業自得としかいいようがないのだけど。


「もしかして王女様は、王女を辞めたいと思っているんでしょうか。」


俺は過去の話を思い出しながら、王女はこの先どうしたいのだろうと思った。そして、その疑問がつい口からこぼれ出た。言ってからしまったと思ったが、遅かった。案の定、王女の表情が強張る。同時に、ロゼッタさんの目尻が、僅かながらつり上がったように見えた。


俺は慌てて頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。失礼なことを言いました。」


「・・・いいえ、まったく、勇者様のおっしゃる通りです。」


「殿下!?」


ロゼッタさんが驚愕の声を上げる。


「ロゼッタ、いいの。」


王女は手を上げて、ロゼッタさんを静止した。そして深く息を吐くと、意を決したように顔を上げ、その金色の瞳でじっと俺を見た。その美しい瞳に強い意思を感じ、俺は思わず息を飲む。


「わたくしは・・・いえ、わたしは、王女なんて器では到底ないのです。それは、自分がよくわかってるんです。綺麗な服を着て、王宮に住んではいても、中身は高原で走り回っていた、田舎娘にすぎないんです。礼儀作法を学んでも、それは上辺だけのもの。思ったことがすぐに顔に出てしまい、姉様やロゼッタにはいつも怒られます。そんな小娘が国王になるなんて、あり得ないことですし、わたしもそんなことは少しも望んでいません。どうして皆さん、信じていただけないのでしょうか。」


「殿下・・・」


そうか、やっぱり彼女も王女を辞めたいのか。


これまでの話を聞いて、勇者を辞めたいと思う気持ちがマッハになった俺からすれば、その気持ちはめちゃくちゃよくわかる。


これはアレだな、新参者と元ライバルが一緒に辞めるパターンか!


・・・いや、でも少し違うぞ。


元ライバルはトール王子なわけだから、その線でいけばトール王子とパルディア王女が手を取り合って辞めるってことになる。すると、俺の役どころはいったい・・・?


「叶うなら、今すぐにでも王女を辞めたいと思っています。ですが・・」


そうして彼女は、再び俺を見た。だが、すぐに目線を逸らせる。そうして、ロゼッタさんのほうをちらりと見た。それは、彼女が助け船を求めている合図なのだと、俺にも薄々わかりはじめていた。


王女の視線を受け、ロゼッタさんは少し逡巡する様子を見せた。しかし、すぐに諦めが付いたように、口を開いた。


「パルディア殿下は、たった一回の召喚の儀で勇者様を召喚なさることに成功されました。他の王族の方々が、半年にわたって執り行い、一度も成功されなかったにもかかわらず、です。」


「は、半年も皆さんでやってたんですか??」


思わず叫んでしまった。召喚の儀ってそんなに大変なものだったのか。


「勇者を召喚できるのは、昔から王族と決まっております。ですが、王族の誰が召喚するかは決まっていません。そして、召喚の儀はそうそうは成功しないのです。過去の記録から、国王や王妃が召喚するよりも、王女や王子が召喚したほうが成功しやすいことは分かっていました。そのため、王子か王女が召喚を行うのですが、成功した場合はその人物がそのまま次期国王となることが多いのです。ですから、エイギス殿下やテレーゼ殿下にとっては、この召喚の儀は非常に重要な意味を持っていたのです。」


勇者召喚は、本来は魔王を倒すための戦力を呼ぶ儀式のはずなのに、いつのまにか跡目争いの道具になってしまっているってことか。何だか大変だな・・・


なんて、他人事みたいに思ってしまったが、まったく他人事ではなかった。


「テレーゼ殿下とエイギス殿下は、数十回にわたって儀式を執り行ったと聞いています。」


「全部失敗だった、ということですか。」


「はい、その通りです。」


ロゼッタさんは大きく頷いた。


「半年経過しても召喚に成功しないことから、国王陛下や重臣の皆さまも焦りを感じられたようです。こうしている間にも魔族が力をつけ、突如として王国へと侵略してくる可能性があるわけですから。そこで陛下は、トール殿下とパルディア殿下にも召喚の儀を行うようにと命令されたのです。エイギス殿下は反対されたようですが、半年にわたって失敗されていることを指摘されては、強くは反対できなかったのでしょう。お二人も儀式をされることとなったのです。」


「トール王子もされたんですか。」


「はい、トール殿下も一度だけ儀式を行われました。ですが、途中で体調が悪化されたこともあり、儀式を完全な形で行うことができなかったようです。その後、殿下はしばらく寝込まれましたので、次はパルディア殿下が行うようにと、陛下が命令なされました。」


そこで俺はロゼッタさんの視線に気が付いた。


「・・・そして、俺が呼び出されたということですか。」


「そうです。しかも、一度だけの儀式で召喚に成功されたのです。それはもう、王宮中が大騒ぎとなりました。」


なるほど、そういうわけだったのか。それは、大騒ぎになるのも仕方ない。あの時、狭い召喚の間にぎゅうぎゅう詰めになるほど、多くの人が次々とやってきたのはよく覚えている。


それにしても、ようやく、今の王宮内の状況の全体図が見えてきた。


「わたしは、王宮に来てからずっと何の役にも立てず、エイギス兄様やテレーゼ姉様のお心を乱すばかりで、心苦しいとずっと思っていました。肝心のスキルの訓練も、あまり成果がでなくて・・・。でも、もしわたしが勇者様を召喚することができれば、この国や世界を守ることに、わたしの力が役に立った証しになるのではないかと思ったのです。あの時、勇者様が召喚に応じてくださったときは、本当に嬉しいと思いました。こんなわたしでも、この国の役に立つことができると、心から思ったのです。でも、それはわたしの浅慮でした。」


王女はそこで言葉を区切った。


「わたくしが・・・わたしが分不相応なことをしたのがいけないのです。王族として不完全なわたしが召喚をしたせいで、勇者様にはお記憶も、勇者スキルもないのです。」


「ちがう、それは違う!」


俺はたまらず声を上げた。王女の大きく見開いた金色の瞳が、俺を見つめている。


俺はぐっと両手を握った。



「記憶は戻りました。」


「・・・え!?」


その言葉に、王女の瞳がさらに大きく見開かれるのが分かった。


俺は座っていた椅子から立ち上がり、王女とロゼッタさんを交互に見る。


「俺の名前は、平塚英人ひらつかえいとです。苗字がヒラツカ、名前がエイトです。二ホンから来た、二ホン人です。自己紹介が大変遅くなったことを、深くお詫びします。」


俺はそう言いながら、深々と頭を下げた。


「・・・エイト様、エイト様とおっしゃるのですか。」


「はい、エイトが名前です。」


二ホン人的には、名前で呼ばれるのはちょっとこそばゆい気もする。でも、彼女に名前で呼ばれるのは悪い気がしない。


「本当に、記憶が、戻られたのですか・・・」


王女もゆっくりと席を立ち上がった。そうして、俺のほうへとゆっくりと近づいてくる。


「大丈夫です。全部、思い出しました。」


「・・・よかったです、本当に、本当によかった。わたくしが、勇者様の大切な記憶を奪ってしまったのだと、ずっと思っておりました・・・。」


彼女の瞳が、みるみる潤んでいくのが分かった。彼女が本当に喜んでくれているのがよくわかる。


そんな彼女の表情を見て、俺はいたたまれなくなった。


・・・ああ、やっぱりダメだ。


ほんのわずか前に、勇者を辞めようと決めたはずだった。でも、こんな健気な王女様を見限って一人で辞めることができるかと言われると、さすがの俺にもできない。ここで辞めたらクズ過ぎる。


王国のために魔王を倒すなんて気は、さらさらない。でも、彼女が願うなら、その願いは聞いてもいいんじゃないか?


俺は彼女に請われたからこの世界に来たんだし、彼女との約束を守る義務はある気はする。


いや、でも。彼女も王女をやめたいといっていた。ならばいっそ、彼女ごと二人で辞職届を叩きつけてみるのはどうか・・・?


・・・そんなことを考えた直後のことだった。



ズズーン!!!



突如、地鳴りのような大きな音が響いた。


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