1-12:罠からの脱出
エイトは転送魔法で閉じ込められたドームの罠を何とか突破し、エルフの少女を連れて石の長い階段を上っていった。
彼は階段を上りながら、ひとり反省していた。今回の罠は乗り切ったものの、いろいろ反省点は多かった。
勇者スキルの「虚構改竄」さえあれば、勇者をやめた後でも、楽々スローライフできるだろうと思っていた。しかし、現状の「虚構改竄」だけでは、単純な攻撃をしてくる相手にすら苦戦することがある、ということが分かった。
そして何より、同行者がいる、という状況をこれまで想定してなかったことにも気が付いた。しばらく彼女を連れて歩くことにもなりそうだし、その点については対策を考える必要がある。
・・・それにしても今の場所、召喚の間にあったドームにどことなく似ていたような?
エイトは、彼がキャラクターメイキングルームと呼んでいた「召喚の間」にあった、魔物との戦闘を試すことができた、広いドーム状の構造物を思い出していた。最初、ドーム内に転送されたときにも思ったが、構造も見た目もあの召喚の間にあったドームに似ている。偶然かもしれないが、何らかの関連性があるのかもしれない。
それに、罠がエルフの少女にだけ敵意を向けたことも気になっていた。エイトには反応せず、彼女にだけ反応したということは、エルフを狙った罠だったのか、それとも『魔食い』を狙った罠だったのだろうか。
いったい誰が、何の目的で作ったのか。すべては謎だった。
念のため、エイトは外に出る前に建物の中をくまなく探索してみた。しかし、特も不審な点は見つけられなかった。彼の探索スキルのレベルが足りないのか、はたまた、本当に何もないのか、今の時点では彼には分からなかった。
いずれ機会を見て、ここは調べなおしてみようと、エイトは思うのだった。
石の階段の最上部まで上がると、そこは重そうな石の壁でふさがれていた。しかし、壁はところどころ崩れていて、外からの光が差し込んでいるのが見えた。そこでエイトがその扉に「結合解除」を使うと、石壁にぽっかりと穴があいて外の光が差し込んだ。日は傾きかけており、そう遠くなく夕暮れがやってくる頃だろうと思われた。
「・・・森!」
ミリエンヌが、思わず声を上げる。その声はどことなく嬉しそうだ。
「申し訳ない。怖い目にあわせてしまったな。」
エイトは、石造りの祠のような建物から外に出たところで、ミリエンヌにそういった。
「そ、そんな!」
ミリエンヌは、頭を下げるエイトを見て、驚いて言った。
「私のほうこそ、助けてもらうばかりで、足手まといになってしまって・・・本当にごめんなさい!」
彼女は、申し訳ないという表情でエイトを見上げる。よほど戦闘が怖かったのだろうか、あるいは安全そうな場所に出て安心したのだろうか、彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
金色の髪の毛が、日の光に照らされてキラキラと輝いた。その美しさに、思わずエイトは息を飲む。
「い、いや。俺が油断しすぎてたんだ。次からは、怖がらせないように守るよ。」
偉そうなことを言いながらも、彼の目は完全に泳いでいた。
しかし、ミリエンヌはその言葉を聞いて、ゆっくりと顔を伏せた。
「・・・こんな、私を・・・」
「え?」
少しの間の後、ミリエンヌが何か小声で答えたが、エイトにはそれがよく聞き取れなかった。彼は思わず聞き返す。
「すみません。私なんて・・・」
ミリエンヌは、俯いたまま言い直す。
「私なんて、本当は守ってもらう価値なんてないんです。」
「どうして、そんなことを?」
驚いて問い返すエイト。
「私は『魔食い』だから・・・」
彼女はそういうと、自分の髪の毛にそっと触れた。
オクトの目には、彼女の髪の毛は、美しく輝く金色にしか見えていない。しかし、それはオクトのスキルで偽装しているからそう見えているのであって、本来はそこに緑色の髪の毛が半分ほど混じっているはずだ。
髪の色を偽装したことで、彼女の心は『魔食い』という言葉から、少しは開放されてはいたようだ。しかし、長年にわたって周囲から存在を否定され、削り取られた自尊心は、そうそう簡単に回復するものではない。
自分の存在に対する自信のなさ。自分の価値を低いと感じるその気持ち。
・・・分かる
周囲から「痛い奴」「ズレた奴」と言われ続けてきたエイトには、自分のことのように理解できる。
・・・この子にとって、この世界は生き辛いのだろうな。俺にとって、元の世界がそうだったように。
エイトは、溜息をついた。
そして、ほんのわずかに躊躇した後、目を伏せているミリエンヌの頭の上に手を伸ばすと、勇者スキルを使った。
ぼんやりとミリエンヌの体が光る。
「・・・あれ、私、何を言ったんでしたっけ?」
光が収まると、ミリエンヌはきょとんとしてエイトを見た。
「俺が『君を守る』と言って、君が『お願いします』と答えたんだよ。」
エイトは、何事もなかったようにそう答える。
「そ、そうでしたか。すみません、ぼうっとしてしまって。」
ミリエンヌは首を傾げながらそう言ったが、先ほどのような憂鬱そうな表情は、すっかり消え去っていた。
エイトはふぅと息を吐き、そして、何かを振り払うかのように、大きく首を回した。
「守るよ。約束する。」
エイトは改めてそう言い直すと、複雑な思いでミリエンヌを見る。
「・・・ありがとうございます。」
それに対し、ミリエンヌは素直に礼を述べ、屈託のない笑顔で微笑んだ。あどけなさの抜けない少女の、丸い頬のふくらみが実に可愛らしい。
エイトは不意打ちを受け、思わず目線を泳がせる。
・・・ああ、何が元勇者だ。アラサーにもなって、女の子への耐性が皆無の自分が心底情けない。
彼はぶんぶんと頭を振る。
そんなエイトの思いをよそに、ミリエンヌは安心しきった顔で、彼をただ見上げるだけだった。




