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虚構の勇者  作者: かに
第一章:召喚勇者とエルフの少女
11/199

1-11:勇者スキル

「さて、どうしようかな。」


エイトは、罠で転送された先のドームで、ぼんやりと光る壁の赤い点群を見ながら、作戦を考えていた。


彼は完全に、自分の勇者スキルのことを思い出していた。


彼の勇者スキル、つまりユニークスキルは「虚構隠蔽」だ。


文字通り無いものをあるかのように見せたり、あるものを無いかのように見せることができる。さらには、情報の改竄や隠蔽をすることに関する、さまざまなサブスキルも習得していた。


召喚の間でこのスキルを見たときは、何もかも秘匿したい自分のためのスキルだと、彼は思ったものだ。


この勇者スキルは非常に強力で、王国の大司教ですら、隠されたこの勇者スキルのことを鑑定できなかった。ただ、それが故に「勇者スキルをもっていない」と思われて、王宮の連中からぞんざいな扱いを受けることになるのだが。


しかも、自分の記憶もいろいろと封印しすぎたせいで、召喚当初は自分の名前すら思い出せない、ただの記憶喪失の異世界人になってしまっていた。なにせ「虚構隠蔽」のスキルを自分に使って、スキルを持っていること自体を「忘れさせて」いたのだ。


スキルを隠したときに、そのスキルを使って記憶を封印したことも同時に「忘れて」しまったのだ。なかなかにややこしい。当時は、虚構隠蔽のスキルの副作用について、彼もよくわかっていなかった。


記憶喪失になってしまったことには、さすがに苦労した。しかしある時、自身の命が危険に晒されたことで、自分自身でかけた記憶の封印がとけ、全てを思い出すことができたのだ。


・・・今回も似たようなものだな。


そう思いつつ、エイトは周囲を改めて見回す。ちょうどいい機会だから、重要なスキルが問題なく使えるか試しておこう。彼はそう思った。


エイトはふうと息を吐き、精神を集中させる。


「分身」


彼がそう呟くと、ドームの中に無数の彼の分身体が出現する。


この分身体を出すスキルは、スキル「虚構隠蔽」レベル5で習得したサブスキルだ。分身体には実体はないが、本物と分身体を見分けることは難しい。目視で判断することはほとんど不可能だ。高いレベルの鑑定スキルか、それに相当する能力をもつ魔道具が必要になる。


先の攻撃で、エイトはこのドームに設置されている攻撃システムが、エイトの分身体から本物を見つけるだけの能力を持っていないことは、すでに確認済みだった。


「偽装」


続けて偽装のスキルを使う。自身の姿を、他の人物のように見せることができるスキルだ。


単純に見かけがそう見えるというだけではない。鑑定スキルを使ったとしても、変装した人物そのものと鑑定されるほどの強力な偽装だ。「虚構隠蔽」のサブスキルで、レベル8で習得した。このスキルも魔法の罠に対して有効なことは、先に確認した通りだ。


スキルを使うと、ドームの中に大量に発生していた自分の分身体の姿が、ミリエンヌの姿に変化していく。すると、それを待っていたかのように、ドームの壁には再び多数の赤い光が灯りだす。


ずどどーん!


赤い光源からは次々と弾が発射され、ドーム内にいる多数のミリエンヌの姿めがけて着弾する。しかし、今度は標的が多数あるせいだろうか。弾はそれぞれバラバラの身体を攻撃した。そのせいか、個々に着弾した弾の爆発の威力は、先ほどに比べて大きく低下しているように見える。


「方向反転」


これは、エイトが触れた物体の進む方向を反転させるスキルだ。厳密にいえば、触れた物体に付けられた「進行方向」の情報を書き換えて、その方向の情報を180度反転した状態に書き換える。結果的に、ぶつかったものの勢いをそのままに、元来た方向に跳ね返すことができる。


スキルを使うと、その直後にミリエンヌに着弾したはずの赤い弾は、壁にでもぶつかったかのように跳ね返っていく。


ずずーん!


跳ね返った弾は、弾の発射口らしき部位に直撃して爆発する。発射口は爆発によって破壊され、赤い光を失った。反射角度が正確に180度なので、弾は発射口に向かって真っすぐ飛んでいく。


そうして、飛んでくる赤い光を次々と反射させていく。みるみるうちに、ドームの壁面にあった赤い光は破壊されていき、わずかな間に赤い点はひとつつもなくなった。


赤い光が消えるたびに、爆発音と共にガラガラとドームの壁が崩れ落ちる音が響く。


しかし、しばらくするとその音もしなくなった。


「・・・終わりか?」


英人は用心深く周囲を警戒した。念のため、方向反転のスキルはそのまま使い続けている。


この「方向反転」は、飛んでくる物体に対して無敵に近い。ただし、このスキルが有効に働くのは、飛来する物体が小さい時だけだ。また、反転できるのは形があるものだけという制約もある。


小さい物体しか反射できないのは、反射のために物体全体の運動パラメータを書き換える必要があるからだ。小さい物体は、少ない書き換え時間で、物体全体の速度を書き換えることができる。つまり、物体に触れている時間がほとんど必要ない。


しかし、物体が巨大だと書き換えに時間がかかるため、物体に触れる必要のある時間が長くなる。非常に大きい物体だと、書き換える前に自分が押しつぶされたり、破壊されてしまいかねない。それに、飛んでくる物体の大きさが小さくても、速度の早すぎる物体も書き換えが間に合わないこともある。


「そのあたりの見極めが、ちょっと難しいんだよなあ」


ちなみに、相手との位置を入れ替える「位置交換」というサブスキルもある。これは、先に刺客に襲われたときに無意識で使ったものだ。こちらは、双方の位置の情報を「コピペ」するだけなので、物体の大きさはあまり関係なく使える。


「・・・次が来るな。」


静かになったドームの中に、突然地鳴りのような音が響き始める。ドームの床や天井から、何かがゆっくりと隆起してくるのが見えはじめた。そうして、英人がその正体を見極めようとしている間に、いきなり巨大な物体が英人めがけて接近してきた。


「今度は質量兵器かよ!」


ずががががーんん!!


直前までエイトのいた場所に、巨大な石の腕のこぶしが命中した。途方もない地響きが起こると同時に、ドームの床面に大穴があく。破壊音がドームの壁にこだまして、衝撃波のようにエイトを襲った。エイトは転位でかろうじて腕の直撃を免れる。


「なんと大雑把な・・・」


攻撃だ、とエイトが言いきる暇まもなく、別の腕がエイトへめがけて振り下ろされる。エイトは転位でまた逃げる。そこそこの広さのあるドームではあったが、大木ほどもある太さの石の腕が何本も生えては、逃げる場所の余裕も少ない。


ためしに分身体を出してみるも、一度のパンチで10体以上の分身体がまとめて消し飛ばされた。


次に「隠蔽」のスキルで完全に気配を消してみた。すると、石の腕はむやみやたらに、腕を振り回した。壁や床に激突して、いたるところに砂煙が舞う。どうやら、この石の腕はさきほどの赤い光と違って、見境なく攻撃するように作られているようだ。


「隠蔽」を使えば、直接的に狙われなくはなるが、腕の動きがランダムに近くなり、むしろ動きを読んで避けるのが難しくなった。しかも、流れ弾・・・ならぬ流れ拳がミリエンヌに当たる可能性もある。


オクトは「隠蔽」をやめて、再び姿を現した。間髪いれず、腕がオクトを狙い撃ちにすようとする。


「こいつは難敵だな・・・」


これだけ敵が大きいと、運動反転も位置交換もできない。分身体を置いても、まとめてつぶされるし、本体が遠くに離れないと簡単に巻き込まれる。やっかいな。


「ちっ」


腕がエイトの本体を僅かにかすった。僅かとは言え、大質量による攻撃と風圧で、エイトは態勢を崩される。


「くうっ」


すかさず、別の腕がエイトを狙う。でかいくせに、やたら素早い。エイトはギリギリで石の腕をかわすと、腕が床にめり込んだタイミングで、石の腕に触れた。


「結合解除」


エイトがスキルを使った瞬間、石の腕に触れた場所の周囲がボロボロと崩れ落ちた。すかさず腕が引き抜かれるが、確実に腕の大きさは減っていた。


「どうやら効くようだな。」


結合解除は、触れた物体を分解する。具体的には、物体を構成する要素同士が「結合している」という状態を「結合していない」という状態に書き換えるスキルだ。


仕組みは少々ややこしいが、つまりは大きな岩を多数の小さな岩に分解したり、石を砂にしたりできる。無生物にしか使えないスキルだが、幸運にも目の前の腕は魔法の罠の一部で生物ではなかったようだ。


スキルが有効だと分かると、エイトは同じ腕に対してスキルを何度か繰り返し使った。腕は原型を留めなくなるまでに崩れさる。しかし、よく見ると破片の中でも大きなものは、ゆっくりと動いて再びくっつこうとしてる。


「しぶとい!」


エイトは呆れつつも、じりじりと移動する破片に触れる。


「結合解除」


大きな破片を、砂になるまで細かく分解した。スキルを使った後には、サラサラと白い砂が落ちて積もる。原理はよくわからないが、砂にまでなってしまうと動けないようだ。


エイトは徹底的にすべての腕を砂に変えていった。腕の数も量もそこそこあったので、分解しきるにはかんりの時間がかかった。


「ふう。さすがにこれで終わりだよな?」


まるで巨大な砂場のようになったドームを眺めながら、ようやくエイトは一息つく。


しかし、ドームの罠のほうは、エイトに休憩を許さなかった。


「え!?」


今度は、床面全体に魔法陣が浮き出た。何の前触れもなく、砂の上に魔法陣が浮き上がり、そこに大量の魔力が集中していくのを感じる。


「まさか、全体魔法か??」


エイトは焦った。これまでの攻撃はかわしようがあったが、全体魔法をこんな閉鎖空間で撃たれては、さすがに逃げる場所がない。当然、ミリエンヌまで巻き込まれてしまう。


「魔法解析」


瞬時に、魔法陣を解析するスキルを発動させる。ただ、これは虚構改竄スキルではなく、鑑定スキルのサブスキルなので、それほどレベルが高くない。魔法陣全体の解析は難しく、一部の情報だけを取り出すのが精一杯だ。


しかし、大爆発でドームごと粉砕する魔法陣らしい、ということは分かった。


「いや、分かっても、どうしたらいいんだこれ!?」


エイトは限られた時間の間で頭をひねる。


転位で逃げられれば良いのだが、エイトの転位スキルは見通しがある場所にしか跳べない。


転送スキルでなら遠くまででも跳べるが、転送スキルは例の襲撃者たちがやったように魔法陣を書く必要がある。到底そんな時間はない。


土魔法で防護壁を作って耐えることもできるかもしれないが・・・この狭い場所で爆発が起こったら、さすがに耐えきれない気がする。罠の製作者の、何がなんでも犠牲者を殲滅するという、強い意志を感じた。


「なんて執念だ!!」


エイトは悪態をついてみるが、何の解決にもならない。とにかく必死で頭を巡らす。


しかし、もう発動まで時間がない。


「くそ、魔法改竄!!」


エイトは、発動する魔法陣そのものの書き換えを試みた。


「魔法改竄」は「虚構改竄」レベル5で得られるサブスキルで、発動する前の魔法を別の魔法に書き換えることができる。レベルが上がると、改竄できる範囲や内容が広がっていく。


スキルレベルは10なので、改竄の対象に制約はない。その点で改竄ができることは確実なのだが、書き換える分量によって時間がかかる。時間さえあれば、魔法陣の機能そのものを失わせることもできるだろう。


しかし、とにかく今は時間がない。


「ああ、もう、キーボードがあればもっと早く書き換えられるのに・・・!」


エイトはそういいながらも必死で書き換えをする。全体を書き換えるのは到底無理だ。一部だけ書き換えて、無害化するしかない。


「これでどうだ!?」


魔法陣が発動する直前、エイトはミリエンヌのいる結界の内側に転位スキルで跳んだ。彼女を一瞬見て、無事なことを確認すると、重ねてスキルを発動した。


「反射」


光や熱のような、形のないものを反射する防壁だ。しかし、虚構改竄のスキルではないので、レベルが4と低い。このレベルの防壁では、爆風までは防げない。


「目を閉じろ!」


エイトが叫ぶ。ミリエンヌが僅かに動いたのが見える。


その直後、魔法陣が発動した。


まばゆい光がドームの中を埋め尽くす。


防壁以外の場所は、直視できないほどの光で溢れた。


「・・・!」


何もかもが光で包まれる。




しかし、爆音は聞こえなかった。


「・・・うまくいったようだ。」


エイトは、ふう、と息をついた。周囲を覆っていた光は、徐々にではあるが薄れていった。


ミリエンヌは、エイトが言った通り、床に伏せたまま目を閉じている。細かく震えてはいるが、どこにも怪我をしている様子はない。


「もう目をあけても大丈夫だ。」


エイトがそう言うと、ミリエンヌは恐る恐る顔を上げた。ドームに充満していた光も、弾を撃ってきた赤い光も何もなかった。ドームのそこかしこに、砂山が見える。


魔法陣は、火魔法レベル8のサブスキル「インフェルノ」をドーム全体に対して発動するようになっていた。そのまま発動していたら、ドームの中に数千度の爆風が充満して、二人とも消し炭すら残らなかったはずだ。


それを「改竄」で光魔法レベル8のサブスキル「ホーリーサークル」に書き換えた。ホーリーサークルは魔族や魔物を浄化する魔法で、人族にはまばゆい光で目がくらむという以上の効果はない。


大丈夫のはずだった。


実際、二人ともダメージを受けることなく、やり過ごすことができた。


効果範囲は書き換える時間がなく、ドーム全体が範囲のままになっている。書き換えが少なくて済む方法が他に思いつかなかった。ある種の賭けだった。


「こんな博打、生まれて初めてやったよ、まったく。」


エイトはどっと疲れが出て、首をがくっと垂れた。


すると、周囲を見回していたミリエンヌが何かに気が付いたように、ドームの天井のほうを見た。


「・・・あれは何でしょう?」


ミリエンヌがドームの頭頂部付近を指差す。見ると、ドームの天井のその部部に、ぽっかり穴があいていた。そして、その上に、さらに別の天井があるように見える。


「調べてみよう。」


エイトはドームの穴の向こう側を探索スキルで調べはじめた。今度は、ミリエンヌに敵意のあるものも含めて、念入りに調べる。


「・・・どうやら、あそこから外に出られそうだ。」


そういうと、エイトはミリエンヌの腕を軽くつかんだ。ミリエンヌが僅かに反応したのが分かったが、構わずエイトはスキルを使う。


「転位」


一瞬で視界が切り替わり、二人はドームの穴の上に移動した。


「え!?」


ミリエンヌが驚いてあたりを見回す。そこは石畳と石壁に囲まれた、小部屋のような場所だった。


「さっきの穴の上に跳んだんだ。立てるか?」


エイトがそういうと、ミリエンヌはゆっくりと立ち上がった。少し震えてはいたが、体に異常がないようだった。


後ろを振り返ると、ドームの天井にあいていたのと同じ、丸い穴が見える。その穴の下にはうっすらと白い砂の積もった床が見えた。ついさっきまでいたドームの床だ。


そして、前方には上に続く短い石の階段が見えていた。


その階段の一番上には、僅かではあるが、日の光が入り込んでいるのが見えたのだった。


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