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虚構の勇者  作者: かに
第一章:召喚勇者とエルフの少女
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1-1:突然の解雇

「西の勇者エイトよ。そなたの勇者の任を解く。」


「・・・え?」


突然の王の一言で、エイトは勇者をクビになった。王が「クビ」という趣旨の言葉を口にした瞬間、エイトの足元にあった魔法陣が輝く。それと同時に、エイトの持っていた勇者の剣の柄と、勇者の盾の表面で光を放っていた、西の勇者を示す大鷲の模様が消え去った。


「解任の儀は、無事終了いたしました。」


王の左後ろに立っていた、白ずくめの衣装に身を包んだ白髭の司祭がそう告げる。


王は満足そうにゆっくりと頷いた。それに呼応するように、王の間に居並ぶ王国貴族たちから安堵の息が漏れるのが聞こえる。


「まじか・・・」


あまりに一瞬のうちに起こったことで、エイトは呆然と光を失った剣と盾を見ることしかできなかった。



それは、魔王軍の四天王でも最強と言われる「時の四天王」を王国軍が倒し、王国の城に凱旋した直後の王との謁見の場でのことだった。


彼は城に到着して休むまもなく呼び出され、褒賞でも貰えるのかな?と思ってホクホク顔で王の間までやってきてみれば、周囲はなぜか重苦しい表情の貴族で埋め尽くされている。


これは、とても論功行賞の雰囲気ではないな。そう訝しんでいたら、王から告げられたのは「勇者解任」という予想もしない言葉だった。


突然の宣告に、さすがにエイトも狼狽えた。


王からは、解任の理由について「勇者スキルを持っていないから」とか「先日の時の四天王との戦いで役に立たなかったから」などと、いろいろ言われた。しかし、とどのつまり「弱いから」ということらしい。


「はぁ」


彼の口からは、溜息が無意識にこぼれていた。




エイトは、この世界の暦で半年ほど前に、二ホンという異世界の国から勇者として召喚された。彼の二ホンでの名前は「平塚英人ひらつかえいと」。今年30歳を迎えてしまった、しがないアラサー派遣ITエンジニアである。それは、顧客の無茶ぶりに翻弄されたシステムの納品が奇跡的に終わり、オフィス最寄りのコンビニに朝食を買いに出かけた時のことだった。そのコンビニを出た瞬間、こちらの世界からの召喚要請を受けた。


勇者召喚という言葉にうっかり反応し、さらには徹夜明けの朦朧とした状態で判断力が鈍っていた上に、「あなたが必要なのです。」という可愛らしい王女の声にやられてしまった。つい魔がさして召喚に応じてしまったエイトも迂闊といえば迂闊である。


召喚直後は、元の世界では使えないようなさまざまなスキルに興奮したし、何より疲れを知らない18歳の体に若返っていることに感動した。肩こり腰痛に苛まれるアラサーの体から解放されたという一点だけにおいても、召喚されてよかったと、呑気に考えていたくらいだ。


そんなわけで、勇者召喚について深く考えずにOKしたエイトも落ち度がないわけではない。


しかし、エイトを召喚したのはこちらの世界の都合だ。しかも、召喚魔法は、厳選された強い勇者の素質のある異世界人を呼び出すものとされている。ならば、勇者スキルの有無とは関係なく、自分は強いからこの世界に選ばれて呼ばれたはずだ。


実際、エイトは弱くない。多少アピール不足だという自覚はあったが、それは身の安全のことを考えてのことだ。不可抗力といえよう。


・・・一本釣りのヘッドハンティングしたくせに、勇者スキルがないという理由だけでクビというのは、さすがにどうなの?


エイトはそう訴えてみたが「ヘッドハンティングにも情報の間違いはある」とか「勇者スキルがないのは契約違反」とか、さらには「契約条件に期間の条件はないのでいつでも解約可能」みたいなことを言われて、取り合ってもらえなかった。


・・・だいたい、契約違反って何だよ。契約書どころか、大した説明もなかったじゃないか。


エイトは心の中で悪態をついてみたが、その叫びを口には出さなかった。どうせ言っても無駄だろう。



なんでも、この世界では100年ぶりに魔王が復活するのだという。それに対抗するために、人族の国では東、西、南、北の4人の勇者を異世界から召喚する儀式を行っていた。エイトが召喚された王国の担当は伝統的に西の勇者だったので、召喚されたエイトは自動的に西の勇者ということになる。


異世界から召喚される勇者というのは、この世界の人間が持っていない、特別な「勇者スキル」なるものを持っているのだという。そのスキルは強力で、強大な魔王にも打ち勝つことができるのだそうだ。


しかし、召喚した直後にエイトを鑑定した大司祭は「勇者スキルを持っていない」と言った。召喚現場に居合わせた、王族や神殿関係者の驚きようといったら、それはただごとでは無かった。過去に何度も行われた召喚で、勇者スキルを持たない勇者が召喚されたことはないらしい。もちろん、勇者召喚は100年に1度というようなイベントで、前回の勇者を見た者は、この王国にはいない。あくまで、王国の歴史書にそう書いてあるだけだそうだが。


自分のように、勇者スキルを持っていなくて召喚された、強い勇者もいたんじゃないのか?


エイトは王にそう問いかけたが、王は即座に否定した。そればかりか、


「お主らが出撃している間に、勇者スキルをもつ、真の勇者が召喚された。」


王はそんなようなことを言った。実際のセリフはこの10倍くらいの長さがあったが。エイトは、その王の長大なセリフの意味を聞き間違えたんじゃないかと思うくらい、そのセリフは分かりにくくて長かった。


念のため聞き直してみたが、王は感情のかけらも見られない冷たい声で、全く同じことを繰り返し述べた。そして、「真の勇者」なるものが召喚された以上、エイトは間違って召喚された「ただの異世界人」だったのだという言葉を、そこに付け加えた。


唖然とするエイトを無視するかのように、王は続けて、エイトの今後の身の振り方について貴族的な言い回しを多用しながら述べた。その要点まとめると、つまりは


「人違いでヘッドハンティングしてしまったけど、元の世界には戻すことはできない。王国内にいる許可は出してやるから、あとはこの国のどこかで好きに生きろ、以上。」


ということだった。しかも、王国内にいる許可を出すのは、王の慈悲による特別な措置なのだそうだ。


そっちが呼び出しておいて、王国内にいてもいいなんてことが、王の慈悲だって!?


勇者スキルを持っていないと鑑定されたことで、王宮で自分が歓迎されていないことは、召喚直後からよくわかっていた。しかし、エイトはその欠点を補うに余りある働きをしたつもりだ。現に、魔王軍最強といわれた時の四天王を倒している。


業績を全く評価してもらえず、ただ勇者スキルがないという理由だけで勇者ではないと決めつけ、あまつさえ一方的にクビにするなんて。もはや怒りを通り越して、呆れるしかない。


王のあまりの言いように、エイトは言い返す気力すら失っていた。


王はさらに「用なしは剣と盾を置いてさっさと出ていけ」という意味長いセリフをしゃべり始めた。


・・・ああ、この回りくどい長い言い回し。何度聞いてもあくびがでそうになる。


しかも、ずいぶんと棒読みだと思っていたら、王の横に立っている司祭がこっそりカンペのようなものを王に見せているじゃないか。


・・・カンペ見ないとしゃべれないくらいなら、短くストレートに話せよ!


エイトは、王の情報量の無い言葉など聞く気にもなれず、さっさと身に着けていた勇者の剣と盾を床に置いた。まったくもって、時間の無駄だ。


王の無駄に長い言葉が、顧客から長々と聞かされた嫌味と重なって聞こえた。


「はぁ」


エイトは、どっと疲れが押し寄せた気がした。


彼が深い溜息をついている中、エイトを召喚した第三王女だけが、本当に申し訳ないという表情でエイトを見つめていた。彼女こそは「あなたが必要なのです」と言った声の主だ。そう言った手前、彼女は申し訳なく思っているのだろうが、彼女が悪くないことはエイトには分かっていた。


第三王女パルディアは、蒼い髪に黄金の瞳をもつ美少女であった。


その美貌は王宮内でも追随をゆるす者がおらず、まさしく絶世の美少女と言っても過言ではない。エイトも、初めて会った時には、その美しさと可憐さに圧倒され、まとにも口がきけなかった。その時は、召喚に応じて正解だったと、エイトも全力で思ったほどだ。


しかし、彼女は王宮内で何ら権力をもってはいなかった。むしろ、エイト以上に王宮内では疎まれる存在であったともいえる。そのため、王の決定を覆すことはおろか、エイトに声をかけることすらできはしないのだ。ひたすらに、エイトに謝罪の目線を向けることが、彼女にできる精一杯のことだった。


彼女に罪はない。


彼女は、王国に言われるままに、エイトを召喚するという役割を担ったのだ。彼女が人選したのではない。エイトのような、美少女に釣られるバカな男を釣るために利用されただけだ。エイトにもそれは分かっている。


王宮の連中の多くは、エイトが勇者スキルを持たないと知るや、エイトに大して極めて尊大な態度を取ったり、侮るような言葉をかけるようになった。しかし、彼女はエイトのことを勇者として遇した。いや、正確には遇しようと努力していた。実際は、彼女の王宮における立場の弱さ故に、ほとんど何もできなかったのだが。それでも彼女の心遣いは、四面楚歌に近い王宮の中にあって、エイトにとって僅かな救いとなっていたのだ。


「・・・速やかに退出せよ。」


年老いた王のしわがれた声が、謁見の間に響く。エイトを見るのも億劫だ、というように王は目を閉じ、しっしっと犬でも追い払うかのように手を振った。


跪いたエイトが何も言わないのを、王は承諾とみなしてか、騎士団長に命じて勇者の剣と盾を回収させた。


こうして、エイトは勇者をクビになり、王宮から追放されたることになった。


騎士団長と数名の騎士に取り囲まれ、謁見の間から出された。



「・・・俺は、お主の勇者契約の解除が適切だとは考えてはいない。」


「え?」


騎士団長レオポルドの声に、エイトは思わず振り向く。日ごろから無口で、あまり接点のなかった騎士団長に声をかけられるのは、彼には予想外だった。


レオポルドは、騎士団長の名に恥じない、がっしりした体格をしている。彼の背丈は、エイトより一回り以上大きく、自然、エイトはレオポルドを見上げる形になった。レオポルドは、懐から銀貨の入った袋を取り出して、エイトに差し出す。


「受け取れ」


エイトは何も言わず、それを受け取った。レオポルドは、続けて懐から何かを取り出した。


「・・・これは、パルティア殿下からの餞別だ。」


そういうと、レオポルドは黒光りする鞘に収められた短剣をエイトに渡した。短剣についてレオポルドは詳しくは話さなかったが、パルティア王女がわざわざエイトに渡すよう、託したものだったらしい。


「・・・ありがとうございます。王女にも、感謝していますとお伝えください。」


エイトがレオポルドにそういうと、彼は返答することなく、ただ目を閉じただけだった。


レオポルドは、王宮の多くの連中とは異なり、エイトを蔑むような言動をしたことはなかった。いつも厳めしい顔つきをしているレオポルドの心中など、エイトが読み取ることはできなかったが、彼なりにエイトには何か思うところがあったのだろう。事務的では、決してエイトに好意的という態度は取らずとも、中立という立場を一貫して取り続けていた。その態度は、エイトにとっては実にありがたいものであった。


「辺境伯を頼るがいい。奴は、お主がたとえ勇者でなくなったとしても、悪いようにはしないだろう。」


レオポルドは静かにそういうと、踵を返して門に向かっていった。エイトは返答する間もなく、ただマントを翻して王宮の門の中へと消えていく騎士団長を見送るしかなかった。


王宮の門が閉まるのを見届けると、エイトは王宮を後にした。


「辞めるより前に、辞めさせられるとは・・・」


エイトは王都の石畳の道を歩きながら、感慨深げに呟く。


「・・・思ったより早かったけど、ま、ある意味予定通りだな。」


王宮から遠ざかる彼の足取りは、何故か軽かった。


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