9 弟子を押し付ける
********クロートゥルの視点。
「神の世界へ行きたい。」
クロートゥルは、紙にそう書いた。「殺すのは冗談にしても、1発殴りたいよなー。」
羽ペンを置くと、クロートゥルはふうっと溜息を吐いてから、反り返る。
本当だったら、頭の後ろに腕を回し、椅子をシーソーのようにグラグラと動かしたい所だが、ドジな自分がそれをやると、椅子ごとひっくり返るので止めておく。しかも、テーブルに足が当たって、テーブルも倒れ、インクと紙が散らばる……という大惨事になるのが目に見えている。意図しなければ起きないような事が起きるのが自分である。
230年以上も生きているので、クロートゥルは自分というものが良く分かっているのだ。
いや、そんな事よりも。
「まず練習として、魔物が徘徊するっていう魔界へ行こう。」
それも紙に書いておいた。別に書かなくても覚えていられるのだが、書いておくと気分が上がると思ったのだ。戦闘狂のクロートゥルは、目標が無いと、モンスターと戦うだけで、毎日が過ぎていってしまうからというのもある。
魔界について。クロートゥルが、勇者達よりも活躍するシーンがあったゲーム。そのゲームでは、魔王がクロートゥル達の住む世界ではなく、魔界に住んでいた。色んな魔物のキャラチップを買ったので、魔物だけが住む街を作ったと神が言っていた。有名ゲームの過去作の真似になったが、楽しかったそうだ。
その影響で、クロートゥルは、魔界から黒い炎を呼び出して攻撃する魔法が使えるようになっていた。イベントで使う為に、エイラルソスから学んだわけでもなく、自ら研究したわけでもない魔法を、知らないうちに習得させられていた。
大抵のモンスターが耐性を持っている闇属性の全体攻撃魔法なので、エイラルソスから教えられた光系最強魔法に比べると使い勝手が良くないし、勝手に習得しているという、ご都合主義な展開が不満ではある。ただ、クロートゥルは、その新たな攻撃魔法でモンスター相手に遊びまくったので、神へ文句は言っていない。
また話がそれてしまったが、勇者達は特別なアイテムを手に入れて、魔界へ行ったそうだ。ゲームクリア後、必要のなくなったそのアイテムは消失した設定の為、クロートゥルには入手不可能だ。
「だが、魔界という設定が増えて、炎や魔物を召喚する際は、そこから来ると説明がついた。つまり、行く事が出来るって訳だ。
召喚魔法の記述を書き換えれば、逆召喚……つまり、魔界に行ける。」
という事で、研究を始めようと思ったら……。
********小野塚の視点。
「やっほー。クロートゥル。今日は、お前にいい知らせがあるぜ。」
小野塚はテンションを高めてから、クロートゥルへ話しかけた。
『今の俺には、やる事があるんだが……。』
答えるクロートゥルの声は面倒そうだ。
「まあ、そう言わずに聞けよ。な・なーんと、巨乳好きなお前に、可愛くて巨乳な女を弟子としてプレゼントするぜ!」
『その人は、何歳くらいのお姉様なんだ?』
クロートゥルは、ただの巨乳ではなく、匂い立つ色気を持つ熟女の垂れ始めた巨乳がいいと力説する男である。我ながら何処の官能小説だとツッコミたいが、ただの巨乳好きだとありふれていて面白く無いと、設定を考えた当時は思ってしまったのだ。
「ごめん。20代女子。」
『要らね。研究に集中させてくれ。』
「まーまー、そう言わずに。貧民育ちで、手癖が悪いから、エロいお仕置きし放題のイリーダちゃんを貰ってくれ。」
『欲しいと思える要素が無い。めんどくさすぎるだろ、そんな女。っていうか、そんな事を言うなら、RPGじゃなく、エロゲって奴を作れ、そしてそれに出せ。』
クロートゥルは、小野塚がエロゲの日常パートを読んでいると、たまにツッコミを入れてきたりする。邪魔されたくないエロシーンの時には何も言ってこないので、まだいいが……。ちょっと落ち着かなかったりする。
「実は作ろうとしたんだ……。エロゲに相応しいノベルゲーを作れるソフトも買ったんだ……。そして、リビドーのまま、文章も考えて、エロいシーンも興奮しながら打ち込んだんだ……。」
『ほうほう。で?』
興味を持ったのか、クロートゥルに先を促された。
「でも……。」
『もったいぶらずにサッサと言えよ。』
「冷静になって読み返したら、全く抜けないんだ……。文章は、中学生の作文だってもっと抜けるってレベルで下手だし、流れを考えられてないから、そのシーンを再現するには、女に腕3本生えてたりと、人間止めてないと駄目だろみたいな事になってるし……。」
『そ・そっか……。』
クロートゥルの声に同情が混ざる。
「と・という事で、イリーダちゃんはお前に払い下げる事に……。」
『エロゲを作れなかった事には同情するが、だからって、俺様の弟子にする必要はないだろ。』
「いやー、次回作で、イリーダちゃんが、お前にエロいお仕置きされてるのを匂わせるシーンを入れたくて……。」
『俺様にそんな鬼畜要素をつけるなよ……。尻ひっぱたくくらいならするけど。女に酷い事をしたくないんだが?』
クロートゥルは不満そうだ。
「ま・まあ、エロいシーンを書く才能が無いのは身に染みたから、それっぽくするだけだ。実際のお前は、エロいお仕置きじゃなく、尻叩けばいいんじゃね。」
『でもなー。俺様にはやりたい事があるのに、そんなめんどそうな女を200年かけて育てて大魔法使いにするとか、激しくめんどい……。』
「……そういや、さっきも研究とか言ってたな。何をやりたいんだ?」
『秘密。』
「気になるんだが。」
『まあ、イリーダちゃんは仕方なく受け入れてやるから、あんたは次回作を作っておけよ。』
「嫌な予感がするんだがなー。」
小野塚は不満だったが、いくら問いただしても、クロートゥルが口を割る事はなかったのだった……。
********再び、クロートゥルの視点。
何をしようとしているか、しつこく訊いてきた神だったが、やっと諦めたのか静かになった。
「あー、煩かった。仕事の時間になってなきゃ、まだ訊いてきたんだろうか……。粘り強過ぎだろ。ゲーム作るのは大変らしいから、根性があるのか。」
クロートゥルは溜息を吐いた。
そういや……と、ふと思う。自分は神の頭の中に住んでいるようなのに、神が口にしない事は読めないし、神がこっちの思考を読む事も出来ないのは不思議だ。
「頭の中身を読まれ放題でも、おかしくないのにな。」
それはともかく。精神的に疲れたので、お茶でも飲んでゆっくり休もうかと考えていると……。
唐突に貧民街へ行きたくなった。行きたい理由が全くないのに、行きたくて仕方ない。
「何だこれ……。あ! 神がイリーダちゃんなる女を弟子にしろって言ってたから、その所為だな……。」
空から降ってきたりはしないらしい。魔界の炎の召喚魔法は勝手に習得したんだから、イリーダなる女も、目の前に瞬間移動してくればいいのにと、クロートゥルは思った。
クロートゥルは貧民街に降り立った。ここに来るまでに乗ってきた箒を家に戻す。そんな動作をしている間に、貧民達がぞろぞろと集まってきた。彼等は一列に並び、静かに待ち始める。
「今日は金をばらまきに来たんじゃないんだが……。まあ、さっきの変な強制力が消えたし、やるか。」
クロートゥルは空中に魔方陣を描き始めた。
RPGには、モンスターが直接お金を落とさないものもあるが、小野塚がクロートゥルシリーズとひそかに名付けているこのRPGは、ごくごく普通の作りなので、お金を落とす。
なので、戦闘狂のクロートゥルは、メニュー画面の表示限界を超えるだけのお金を持っている。それだけ持て余しているので、たまに貧民街に来ては、お金をばらまいている。
最初の頃は奪い合いになったり、早く欲しいからと順番を守らない輩が居たりしたが、炎の攻撃魔法で炙ったりして、しっかり躾けた。その結果、今では、貧民達は、大人しく待つようになったのだ。
偽善だとか堕落させるなどと色々言われたりもするが、お金がなくて死ぬ子供が減るし、クロートゥルとしては少しでもお金を減らしたいので、相手にしていない。
召喚魔方陣で、お金を呼びだすと、並んでいる貧民達に一週間ほど生活出来るだけの額を配っていく。王侯貴族なら一日も持たない額だろうが、色々金額を変えて渡してみた結果、この額が妥当だと思うようになった。本当だったらもっと大金を配りたい所だが、上手くいかなかったので仕方ない。
お金を配り終えたクロートゥルは、可愛くて巨乳の女を探すか……と辺りを見回した。と言っても、神の思う可愛い女と、クロートゥルのそれとでは、それなりに違う。神好みの女を探す必要がある。
「あー、金を配ってる時に、一緒にイリーダちゃんを探せば良かったな。しかも、探すにしても、皆、金を手に入れたばかりだから、店屋に行くなりして、居ないのでは……。俺は馬鹿だ。」
しばし落ち込むクロートゥル。でも、と彼は思う。巨乳の若い女は居なかった気がしている。
自ら探し辛い状況を作り出してしまったが、イリーダを見つけない限りは、貧民街から出られない。頑張って探すしかないのだ。
肉体的には元気だが、精神力が0に近いと疲れ果てているクロートゥルの前に、女が現れた。神好みの可愛い顔で、巨乳だ。元はエロゲのキャラになる予定だっただけあって、身に着けている粗末な服も、扇情的だった。
こんな女が、治安などとは無縁の貧民街に居たら、色んな意味で無事では済まない筈だが、目に見える範囲では傷や痣などと言ったものはなかった。
「大魔法使い。あたしを弟子にしてよ。」
空からは降って来なかったが、イリーダが自分からやって来た。手間が省けて、ホッとするクロートゥルだった。
エロ界隈は創作者に優しいので、創作を始めるならエロがいいよって言ってる人が居ました。実際なろうとか、フリゲとか、やったらきつかったり偉そうだったりする感想があるわけで……。小野塚はもっと頑張っても良かったのかもしれないw