7 大魔法使いクロートゥル
今回はクロートゥル視点です。小野塚が出てきません。主役不在。
「師匠、散歩に行きませんか?」
クロートゥルが声をかけると、ベッドに座って窓の外を眺めていたエイラルソスがこちらを向いた。
「ああ、連れて行ってくれ。」
「はい。」
クロートゥルは車椅子をベッドに寄せた。そしてエイラルソスが自力で座ろうとするのをさりげなく手伝う。俺様も、師匠の介護が上手くなったもんだぜと自画自賛する。
ちなみに、この中世RPG的世界観に合わないような気がする車椅子は、足が悪くなったエイラルソスの為に、クロートゥルが案を出して、職人に作って貰ったものだ。大魔法使いのクロートゥルが金に物を言わせたので、質がいい物になっている。
「今日は何処に連れて行ってくれるんだ?」
「希望が無いのでしたら……。ティフォラ国に行こうかと。」
「あそこか……。」
渋面になったエイラルソスを見て、クロートゥルは首をかしげる。
「嫌でしたか。違うとこにしますか?」
「いや、行く。」
「別に俺に気を使わなくても……。」
「そうじゃない。防寒着を着るのが暑くて嫌なだけだ。」
「あー、成程。」
ティフォラ国は雪国だ。出かける前に、年老いたエイラルソスが風邪をひかぬようにしっかり防寒具を着せる。二人が住んでる島は温暖な為、ここで着ると暑くなってしまう。それが嫌なようだ
「まー、我慢して下さい。」
「分かっている。」
大魔法使いにはなってみたかった。全属性の攻撃魔法を操って、モンスターを蹂躙したら、さぞ気持ちいいだろうと考えていた。クロートゥルは、魔法使いなのに、戦闘狂だった。
モンスターと肉薄して戦う前衛職と違い、後方の安全な場所で杖を振るっているだけ。だが、だからこそ安全にモンスターを殲滅させられる。ゲームキャラが言う事じゃないが、ゲーム感覚なのだ。
とはいえ、力のない魔法使いなので、防御力の低い装備しか身につけられない。油断していたら、あっさり殺される。でもそれがいいのだと戦闘狂は考える。前衛職程ではなくても、命のやり取りが出来るのだから。
だから大魔法使いにはなりたかった。しかし、尊敬している師匠を代償に出来るかと言われれば、答えは否だ。
師匠エイラルソスは厳しく、すぐに手をあげるが、理不尽な暴力を振るった事はない。全部自分が悪い時だ。まあ、そんなに沢山叩かなくてもと思う事はあったが。
ともかく、エイラルソスが死んで、島に、自作の墓が出来るくらいだったら、永遠に弟子のままでいいと思っていた。二度と創造神の小野塚に声をかける事はなくてもいいと思っていた。
なのに、今の自分は大魔法使いで、エイラルソスは死に向かっている。
現在の状況について二人で話し合った結果、創造神の望みではないかという結論になった。最後に彼と話した時、最後の言葉はクロートゥルの意思を尊重するかのような言い方だった。だが、最初に話しかけた時は、クロートゥルの覚悟が決まるまでの時間が必要だと思うと言っていた。
つまり、創造神にとっては、クロートゥルが大魔法使いになり、エイラルソスが死んでいるのは、もう決定事項なのだ。だから、クロートゥル本人の意思とは別に、勝手に時間が流れていると二人は解釈した。
もしかしたら、既に大魔法使いになったクロートゥルが出るゲームを、作り始めているのかもしれない。今までは特に意識していなかったので、ゲームが完成したら状況が変わるのか、作り始めたら変わるのかが分からない。
どちらにしろ、受け入れるしかなかった。
防寒着を着せている間、暑いと愚痴っていたエイラルソスも、雪国にテレポートすると、楽しそうな顔になった。車椅子で雪道を進むのは厳しいものがあるので、魔法によって少し浮いている。弟子時代のクロートゥルだったら、浮かせる事自体はともかく、維持は難しかったかもしれないが、大魔法使いの今なら、何の問題もない。
二人で散歩を楽しむ。
時間が流れたので、在りし日のエイラルソスを覚えている人が減った。それは少し腹立たしいが、かつての大魔法使いが、歩く事もままならなくなったと同情の目を向けてくる人も減ったので、半々という所だ。
穏やかな時間が流れている。
年老いて我儘になってしまったエイラルソスの介護を大変に感じる事も多いが、クロートゥルはそれでは帳消しに出来ないくらい、エイラルソスに世話になっている。
怠惰な自分を大魔法使いに育て上げたエイラルソスには、苦労ばかりかけてしまった。だから、我儘や、トイレの為に夜中に起こされる事くらい我慢出来る。もっと我儘にしてくれてもいいくらいだと、クロートゥルは思う。出来るだけ長生きして欲しいと願っていた。
しかし、無慈悲なる神がゲームを完成させ、クロートゥルは偉大なる師匠と死に別れる事となった。
自分の意思ではどうにもならないゲームキャラの悲哀みたいな話になってしまいました。コメディが遠い。