6 覚悟を要求する
RPG制作ソフトの最新作を楽しみ、ゲームを作る日々。そんなある日、久しぶりにクロートゥルの声がした。
『なあ、神よ。全然俺等のゲームを作ってくれないけど、こっちに戻ってくる気はないのか?』
「いや。クロートゥルの覚悟が決まるまで、まだ時間が必要かなって思ってさ。」
『覚悟……?』
クロートゥルが戸惑った声を出している。
「あれ、もしかして、言ってなかったっけ? 次に作る時は、クロートゥルは大魔法使いになっていて、エイラルソスは死んでるって。」
『は? 師匠が死ぬ? 俺を大魔法使いにするかどうかは聞いた覚えがあるけど、師匠が死ぬなんて初耳だっつうの!!』
クロートゥルが叫んでいる。普通なら耳が痛くて勘弁してくれとなる場面なんだろうが、耳は無事だ。頭の中で聞こえている声だからなんだろうが、小野塚は久しぶりに不気味さを感じた。
ただそれはそれ。興奮しているクロートゥルを放ってはおけないので、会話を続ける。
「そりゃ、お前が大魔法使いになってるのに、エイラルソスが生きてる意味もないし。」
『ああ、それはそうですね。』
初めて聞く声がする。エイラルソスだろう。
『師匠、生きてる意味がないとかいう暴言を、認めないで下さいよ!』
一緒に抗議するもんだと思っていたのに裏切られたのがショックだったのか、クロートゥルは更に興奮している。
『お前は忘れているのかもしれないが、わたしは引退する為に、後継者を探したんだ。そうして見つけたのがお前だ。』
『忘れてませんし、感謝してます。ドジで仕事が出来なかった俺は、仕事探しに疲れ、ニートをやってた。でも、俺に失望した両親は代わりの子供達を作り、俺を養う余裕がなくなった。』
クロートゥルの独白が続く。『追い出されるのも時間の問題になってた頃、師匠が来てくれました。俺は師匠のお陰で生きていられる。』
「そんなに感謝してる癖に、魔法の練習をサボるんだよなー。」
小野塚は茶々を入れた。
『新しい魔法を覚えるのは楽しいんだけど、既に覚えた魔法の練習がつまらなくて……。つーか実装出来もしない熟練度システムを考えた神の所為で、やる気が出ないんだと思う。頑張っても実際は熟練度は上がらないし、熟練度をあげた時に入る経験値も、設定だけで実際には無いわけだし。』
「うっ。」
クロートゥルからの思わぬ反撃に、小野塚はうめいた。
攻撃技などを使い込むと、技のレベルが上がるゲームがある。使い勝手が良くなったり、消費MPが減ったりする。更に経験値も少し貰えるものもある。
それを設定として考えてはいるのだが、クロートゥルに突っ込まれた通り、実際どうやってそれを組み込むのか分からないでいた。プログラムを組めれば、制作ソフトに拡張性を持たせられるのは知っている。実際、公式では最新作でやっと組み込まれたサイドビューシステムを、クロートゥル達のゲームの制作ソフトより、更に古いソフトで導入している作者もいる。
だが、小野塚にプログラミングの知識はない。ないからこそ気楽にゲーム作りが出来る制作ソフトを買っているのだ。覚える気もなかったし、配布されてる物を探す気もなかった。
何故かというと、無くてもゲームとしては成立しているからだ。熟練度システムがないゲームの方が多いのもある。だから、熟練度はあったら面白いだろうなくらいでしかないのだ。
それに実装出来たとして、今度は熟練度で強くなった場合も想定して、戦闘バランスをとる必要がある。企業が人を沢山雇ってやってる事を個人でやるなんて、少なくとも楽ばかり考えている小野塚には無理だ。
『こら、クロートゥル! 創造神様になんて口をきくんだ。自分の怠惰を創造神様の所為にするな。』
『いてっ、いてっ。ご免なさい。』
エイラルソスがクロートゥルを叩き始めたようで、痛がる声が聞こえてくるが……。
「神って呼ばれるのもきついのに、創造神様は拷問レベルだな……。」
『そうですか。では神様と呼びます。』
今まで黙っていたのが不思議なくらい、今日のエイラルソスは饒舌だ。
「う・うん。そうしてくれ。」
『そもそも、引退=死は成り立ちません!』
エイラルソスの気がそれたのをいい事に、クロートゥルが話を戻した。
『それはそうだが、引退したら、不老長寿の薬を飲むのを止める。止めれば老化が再開して、いずれ死ぬ筈だ。』
『……。』
「筈って言うか、その認識で合ってる。いやまあ、生きていても問題ないけどさ、でも、引退して何するんだって話でもあるし。400年……いや、クロートゥルを育てるのに200年かかるって考えてるから、600年も生きた後、まだ生きたいと思うかなって。」
『それはそうだけど……。ってか大魔法使いになるのに200年って途方もないな……。』
「研究を続けたいのに寿命が尽きそう→若返りの薬を作ったり、クローンで自分を増やす……みたいなマッドサイエンティストが、敵として登場する漫画があるからさ……。研究って時間がかかるもんだと思うんだ。
真面目なエイラルソスが400年かけて研究開発したり、大量にある現存魔法を網羅した訳で、それを怠惰なクロートゥルが覚えるのには、時間がかかるだろうっていう考えから出来た設定なんだ。」
『それなら、400年より長くなると思うけど。』
クロートゥルが不思議そうな声を出す。
『新しい魔法を開発するのには、試行錯誤が必要だ。だが、既に開発した魔法に、研究する為の時間は必要ない。だから、短くてもおかしくはない。』
『成程ー。よく分かりました。師匠。』
クロートゥルが尊敬したような声を出している。それはいいが、何で自分へはため口でちょっと馬鹿にしているのに、師匠のエイラルソスは尊敬しているんだろう。
当たり前と言えば当たり前だが、何だか納得がいかない。かといって、神と言って尊敬されるのは気が引けるのだが。小野塚は複雑だった。
「ま、というわけで、次回作を作る時、エイラルソスは大往生していて、クロートゥルが作った墓が島にある。クロートゥルは大魔法使いになっているって事で宜しく。
それが呑み込めたら次回作を作るから、覚悟が出来たら、声をかけてくれ。」
『分かった……。』
重苦しいクロートゥルの返事に、もう彼から話しかけてくる事はないのではないかと小野塚は思った。
彼は、この奇妙な生活は終わるのかもしれないと考えていた。
コメディ要素は何処に……。でも、作ったキャラに人格があって動いてるとか、ファンタジーで面白いものだしなぁ。