エミカと四人組との演武と、タケキリ。
僕の夢の中に、<その子>はまたも現れる。
By "Little Signer, a girl-like-boy's Economica. 製作委員会", AD2097.
この女子4名、男子2名、おまけ1名のグループが結成されたきっかけは、特別奨学生の義務である演芸会的な演舞会での出しものをどうしようかと、僕と博士が咲花に相談したことだった。
僕と博士が履修した運動機能系のカリキュラムを咲花がチェックした。そして、「咲花は~ん、相変わらずお美しい~ん」と友樹が体をくねらせながら近寄ってきた。
スルーして無言でチェックを続けた咲花は、「剣術カリキュラムの履修した子たちとグループを組むといいかもね」と言うと、咲花がリアルでの剣術レッスンをつけていた美里夢、誌、アクリーナのお嬢様三人組に声をかけてくれた。そして、剣術・剣道カリキュラムを受講中の、博士と咲花とお嬢様三人組の5人が剣術の試技を行い、居合のカリキュラムを受講済の僕が居合の技を披露するという演舞会グループが誕生した。
言ってなかったけれども、咲花の父は、千田チルダン師匠だ。チルダン師匠は、伝説の剣道家である。30年ほど前の釜山福岡オリンピックの際に、韓国寄りのルールが定められたことが問題となった剣道団体戦で日本が金メダルを取った立役者と、師匠はみなされている。オリンピック前に日本に帰化し、競技剣道を引退した後に一回り以上は歳の離れた咲花の母と結婚している。
還暦を迎えた今は、真剣を用いての居合の修行に取り組みつつ、千田道場を開設し、後進の指導を続けている。武道を極めたお方らしく、とても紳士的な方なのだが、大柄で目つきが鋭いチルダン師匠を前にすると、対人恐怖な僕はいつもすくんでしまう。でも、今度嫌な目にあいそうになった時に自らの身を守るために、と僕はチルダン師匠に定期的に指導をしていただいている(幼馴染の咲花のよしみで無償で、だ)。おそれおおくて、僕はチルダン師匠に相談する時は、何とか絞り出した小声で「師匠」としてしか話しかけられない。消え入りそうな僕の声色を師匠はたしなめるようなことはなくて、そのたびに僕に有益なアドバイスをしてくださる。僕が護身具として持ち歩くことにした強化セラミック製の尺八もチルダン師匠のアイデアだ。
次に不審な人に迫られた時には、身体が恐怖で固まってしまうことなどなく、圧縮学習と千田道場とで身につけた、居合の技で撃退できるものと僕は信じはじめている。何しろ僕は武道家であるチルダン師匠の鋭い視線に耐えつつに、居合の技を繰り出せるようになったのだから。
ちなみに、チルダン師匠の鋭い視線は咲花にも引き継がれている。ただし、着物界を盛り上げるためにあえて出場したコンテストで準ミスジャパンに選ばれた和服美人である母の血が顔立ちの鋭さを和らげてくれている。咲花の容姿を「しばしばニヤリ笑いをする、目つきの悪いハーフ美人」とシンプルに要約すると、ほとんどの人は頷くはず。人目にとまる美人ではあっても、咲花に近寄ってくる不審者はいないことだろう。
そして、咲花の身体は、チルダン師匠級の武道家のものだ。三才で竹刀を握り、父の指導の下、小四で女子小学生剣道の全国大会で優勝している。その後は競技剣道には携わらずに圧縮学習を活用して新たな武道の所作を身に埋め込みつつ、千田道場で師匠の門下生たちにたまに稽古をつけている。
師匠曰く、「今の咲花は、オリンピックに出ていた頃の僕より強いデスね」とのこと。才能ある武道家のリアルの場での修行をはるかに上回る力が圧縮学習での所作の埋め込みにはあるらしい。
そんな咲花だが、美里夢に「咲花ちゃんは剣道家にはならないの?」と聞かれた時には
「ないない。圧縮学習で身につけた技なんて、実感わかないし。
それにいくら修行を重ねて真剣を握ったところで、戦闘サイボーグには全く敵わないんだよ。圧縮学習向けにAIが作成した技だって、戦闘サイボーグのAIに共有されちゃってるし、ね。」
と、大げさに肩をすくめて否定をした。
ただ、その後には、「まぁ、戦闘サイボーグを斬り倒せるようになった時には、考えてもいいかもね」とニヤリと笑ってみせたのだが。
今や咲花がライバル視しているのは、もはや人間ではないらしい。そして、超高速で動きまわる軍事兵器を斬ってしまうようになってしまった存在が、競技剣道界に戻ると言ったところで全く歓迎されないことだろう。
☆
咲花が、中指で僕のおでこを軽く突いた。僕がまたもやライターAIにのめり込みそうになっている気配に感ずいたのだろう。
「そろそろバイトの時間でしょ」
と、咲花は僕に確認を入れてくれた。
そう、僕はこれからアルバイトのために、電車に乗って移動しなければならない。別に焦るほどに電車に乗る時間が迫っているわけではないけれども、ライターAIに日記を書くことにかまけていてはいけない。対人恐怖症が悪化してからというもの、僕はちょっとした隙間時間ができた時に、ライターAIに日記を出力するのが癖になってしまっている。
いつも高速モードで働く僕の別人格脳が行うライターAIへの日々の出力は、日本語に直した後には10万字を超えるボリュームとなっている。内容は日々感じたことと、夢で見た妄想など。僕はライターAIは常にオフラインにしており、書き溜めた日記を誰かに見せることはない。単に、ライターAIに出力を続けないと不安になるがために行っでいることだ。
「最後に、私たちの演武を一回だけ見てく? 結構いい勝負になってるから」
咲花が少し楽しげなニヤリ笑いをした
咲花たち5名で行われる演武は、当然ながらのハンディ戦。演武会では、次のようなハンディ戦のルールが配布される予定だ。
・ 咲花に対するは、博士、美里夢、誌、アクリーナの四人組
・ 四人組は当たり判定付きフルサイズの模擬剣を用いる
・ 四人いずれかの模擬剣が咲花の身体との接触判定をした時は、四人組の勝ち
・ 咲花は長さ20センチメートルの小刀相当の模擬剣を用いる
・ 咲花の模擬剣が相手の身体との接触判定をした時は咲花の負け
・ 咲花は、合気の技で相手の背中を床につけた時にのみ相手を倒すことができる。
・ ただし、咲花が合気の技を使う時には、模擬剣を手から離していなければならない
・ 咲花四人全員を背中に床につけた時には咲花の勝ち
・ 制限時間5分を経過して、四人のうち一人でも背中に床がついていない場合は四人組の勝ち
・ 咲花が合気の技を使う時には、相手に痛い思いさせてはならない
・ 咲花の合気の技で背中をついてしまったものは、10秒間死んだふりポーズをする
要するに無手の咲花が四人全員を合気で優しく投げ切らない限りは、咲花の負けというルールだ。ほとんどは咲花の提案であり、最後の二項目はそれぞれ美里夢と誌とが付け加えたものだ。
試技をはじめたばかりの頃、四人組の中で最弱候補らしい誌は、試技の中で何度も咲花に倒され、そのたび自ら提示した追加ルールに従い、「ぎゃぁ」とか「にゃー」とか言った後になかなかの死んだふりポーズを極めていた。10秒間経つとニヤニヤ笑いながら追加ルールのもと、再び立ち上がり咲花に挑み始める。たぶんこのルールを気に入っているのだろう。
これまで見た三回では、いずれも咲花は5分以内に四人を背を床につけていた。優しく投げるルールがあってもなくても咲花ならそうするであろう、床につく時にはふんわりしている投げ方で、だ。
ただ、今回の試技では、三分を経過しても、咲花はアクリーナの背を床につけることができていない。どうやら、博士、美里夢、誌の三人が咲花に鋭く切り込んでは順番にふんわり投げされる役に、一番敏捷なアクリーナが逃げに徹する役という作戦にしたらしい。
技の後半で本来のスピードを殺す合気投げをする関係で、咲花が相手の身体を崩し投げ終えるまでの間に100ミリ秒ちょっとの時間を要する。一人が投げられそうになったことを残りの二人が高速回転している別人格脳で捉え、、無手となっている咲花に斬り込むという作戦のようだ。
博士あたりが考えたのであろう、なかなかによくできた作戦だ。四人の剣道カリキュラムの圧縮学習での所作習得も順調なのだろう。咲花に斬り込む際の踏み込みも剣筋も二週間前に見た時とは別人のように鋭い。誌が三度目に突きを入れた時には、無手のままではかわし切れないと判断したのか、博士への合気投げを止め、宙に投げていた小刀模擬剣を咲花を握り直して受けることとなった。二人の動きが余りに速すぎて、高速回転しているの僕の別人格脳でも、誌の模擬剣が咲花に触れたかどうかは分からなかった。接触判定は出なかったので、誌の模擬剣は届かなかったようだ。握りなおしたばかりの長さ20センチメートルの小刀模擬剣で、間近に高速で迫る模擬剣を受け流すなんてことが物理的に可能とは僕には思えないのだけれども、咲花には可能なことなのだろう。
四分が経過した。開始からこれまで、20秒に一回くらいののペースで切り込み隊3人が代わる代わる死んだふりポーズを披露している一方で、アクリーナは残る2人を盾に敏捷に動きまわりつつ、時には四人組の中では最速の剣筋を振るっての牽制をかけて刹那を稼ぎ、咲花の接近を許さない。四人組の方が今回は優勢かもしれない。チルダン師匠も興味深そうに観戦している。
四人組の弱点は美里夢だろう。以前からは見違えるような動きができるようになったとはいえ咲花が近づくとあっさりと投げられてしまう。美里夢が死んだふりポーズをするときの掛け声「あいやぁ」が、千田道場に何度も響いた。博士や誌が投げられそうになった際に助力に踏み込み斬り込む時の速さも他の二人より平均60ミリ秒くらい遅いようだ。
そして、またも美里夢をふんわり投げした咲花は勝負に出た。
これまでのようには小刀模擬剣をキャッチしなおさずに、誌の突きを横跳びでかわすと二連続のバク転をしてアクリーナに高速接近。寸でアクリーナの剣の間合いに入るというところで、上半身を右に傾けながらアクリーナに向けてスランディングを始めた。動きに戸惑いつつもスランディングには反応できたアクリーナが下段への最速剣筋の所作で咲花の胴を付き払おうとしたが、足を入れ替えながらなおもアクリーナに迫った咲花は、模擬剣が身体に触れそうな刹那にアクリーナの姿勢を崩す。次の瞬間、アクリーナの背中は床についていた。模擬剣の接触判定は、なし。
その時、試合終了の鐘の代わりのように、美里夢が六度目のおっとりな「あいやぁ」を言い終えた。誌の突きをかわした時からの一連の動き全てが別人格脳でも捉えることが困難なほどの超高速だった。けれども、アクリーナへの最後の投げも、ふんわり投げだった。
「モハヤ、戦闘サイボーグにしかできない動きだねぇ」
と苦笑いしたチルダン師匠。咲花はちょっと口を尖らせて
「今回は、合気の技以外を使っちゃったからねぇ。アタシの勝ちかどうかはけっこう微妙かも」
と言った。
「何の技だったの?」
と、誌に聞かれると、
「ブレイクダンスと新体操、あと、最後のはカポエラと合気の合わせ技」
と、不満そうに答える。
「ダンスや体操の所作を剣術の試合で使うなんて、咲花にしかできないって」
と、誌たちは笑い出してしまった。
不満がまだ唇のあたりに出ている咲花の方は、普段の目つきの悪さが和らいだためか、いつもより美少女度がアップしている気がする。大技を極めたこと自体にはたぶん満足しているのかもしれない。本番で咲花が何らかの大技を繰り出して、この不満唇で勝ち名乗りを受けたならば、修了式演舞会のトリを飾ることになっている演武はけっこう盛り上がることだろう。
そのとき、僕の隣で、珍しく言葉少なに観戦をしていた友樹が真剣な声色で言った。
「なぁ、瑛やん、修了式の演武では、咲花はんにミニスカ・チアガールの恰好をしてもらったら、超絶技巧な美少女のおパンツが拝めるかもしらんって、めっちゃ盛り上がるんじゃないか」
「チアガールする人たちはそういうこと対策済でしょ」
と何とか返してみせた僕に、
「ウブな瑛やんは知らんのやな。ただのチアガールではない本物のミニスカ・チアガールというものはな。ほんまに、ほんまに、おパンツが拝めそうな感じなんやで。めっちゃハラハラドキドキぃ」
ハラハラドキドキぃ、で、ようやくにいつものくねくねダンスを出し始めた友樹に、(いや、それを修了式でやったらハラハラじゃなくてハラキリものだろ)と僕は無音で突っ込みを入れた。どこの異世界の本物ミニスカ・チアガールの話なのか?
四人組の振り返りは、チルダン師匠も参加しての、咲花を打倒するための作戦会議となったようだ。おまけで友樹も参加している。師匠もいる前で、「ミニスカ・チアガール姿でおパンツ出したら咲花の負け」とかいう謎ルールを提案したりしないか少し心配だ。
その時、一人残されることになった咲花が僕の方にやってきて、
「ほら、そろそろ出発の時間でしょ」
と道場を出るよう促した。
チルダン師匠と四人組に向かい、いつものように小声で「ありがとうございました」と言い深々と一礼すると、美里夢が「たけきり物語、がんばろうね」と言って、おっとりとハッスルハッスルポーズを決めてくれた。
美里夢にはにかみ笑いを返す僕を、友樹が「瑛やん、演舞会での美少女セーラー服な本気姫騎士コスな居合い、期待満点やでぇ」と、またも余計なことを言いながら、くねくねと見送った。
友樹は、僕にどうしても演舞会で美少女戦士セーラーなんちゃらという前世紀のアニメのコスプレをさせたいらしい。対人恐怖症な僕が二度と人前で本気の女装コスなどするわけはないのに。
それはそうと、僕たちのグループの演題は、竹斬物語。
「題名なんて誰も気にしないから、適当なの決めといてね」と、演武のルール決めに勤しむ咲花に丸投げされたので、僕は、僕の演舞としてはそのまんまの名前を提案した。
美里夢が
「お姫様の出演ありそうな竹取の昔話っぽくていいんじゃない?」
と賛意を示したことで、僕らの演題はあっけなく竹斬物語に決まった。
刹那の後になされた「お姫様コスする子を、まずは抽選で決めんとなぁ」という友樹の真剣な声での提案の方は、全員の反対で却下された。
道場を出ると、咲花と僕は無音で並び、千田家の庭を歩く。
咲花が
「ともあれ、サイナーの中等部も無事に終わって、良かったよね」
と僕に言った。
いつものニヤリ笑いではない、頬を少し赤らめて恥じらいの笑みで。育ちの良さと緋若さとが浮きってくる咲花の恥じらい笑いを、僕は好きだった。ふと、咲花に抱きしめられた時のことが思い浮かぶ。
千田家の通用門で咲花と向かい合った僕はいつの間にか両目を潤ませてしまっていたけれども、咲花は何も言わずに僕を送りだしてくれた。
千間台駅に着いた。いつものようにネオスカイツリー線の六本木までの指定席を買い、構内へと向かう。貧乏暮らしの僕だけれども、六本木のアルバイトに向かう際には、余分のお金を払って身元を確認済の人しか入れない特別車両の指定席を取ることにしている。小5の時に地下鉄で見知らぬ怖い目のおばさんに無理やりにいたずらをされて以来、対人恐怖となってしまっている僕の、ささやかな贅沢である。
指定車両指定席に座った僕に、メール着信。咲花を打倒するための作戦会議で書記役となったらしいアクリーナからだった。本番の演武での新ルールが決まったとのこと。
追加ルール:
・ 咲花は、残り時間一分となると最終兵器な彼女となる
・ 最終兵器となる咲花は、剣道着を脱いで新体操のレオタード姿となる
・ 最終兵器なレオタード姿の彼女となった、咲花は、超絶の技を繰り出す
・ 最終兵器にどうせ倒される四人は、当日までに新たな死んだふりポーズを考えておく
剣道金メダリストのチルダン師匠を入れての作戦会議でも、戦闘サイボーグ並みの戦闘力を持つ咲花を倒すことはできないという結論に達したらしい。それにしても、咲花がレオタード姿となることを良く了承したものだ。どうせ、友樹の粘り勝ちなのだろうが。
(それにしても)、と、「私も最後は全力の死んだふりポーズを披露するからね」という結びのアクリーナの言葉に僕はクスリとした。
僕の姓が阿久津であることと、外国籍の方の日本語での姓名の表記順序が選択制であることからくる出席番号順の関係で、僕とアクリーナは実習でペアを組むことが多かった。実は雑談好きな彼女から、ウクライナ出自の彼女の趣味の話を僕は聞かされていた。アクリーナの趣味の一つはコスプレだ。写真を見せてくれたマジ妖精な妖精コスプレでき演武姿で見られるのかもしれない。
(アクリーナのマジ妖精コスに対抗できるのは、天使の娘コスをしていた頃の僕くらいかもね?)
指定席にくつろぎながら、そう思った時の僕は知らなかった。
来週の修了式演芸会では、グループ全員が全力でコスプレイすることになるという近未来を。