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MOON  作者: 冴木悠
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第7話:雨と花緒

宗嗣と真夜のお話です。

たまちゃんと松木宗嗣のバトルが、日常茶飯事に行われている事に慣れてきたある日の午後



私は高さんに頼まれて、駅前まで買い出しに行く事になった。




(今日も暑いなぁ、帰ったら高さんにクリームソーダ作って貰おう)



そんな事を考えながら帰路を急いでいると、突然空が曇りだした。



ゴロゴロゴロゴロ…


暗い空から轟音がして冷たい雨が降ってきた。


(やば、降って来ちゃった。傘持ってきてないよ)



手を頭に翳しながら大通りを駆け抜ける。



雨は次第に大粒になり、勢いを増してきた。



「冷たっ、」




いよいよ限界だと悟り、すぐ近くにあった本屋の軒下へ飛び込んだ。



「夕立だから、すぐ止むよね」



私は暫くこの場所で雨がおさまるのを待つことにした。




◇◇◇




どのくらい経っただろうか。


大通りを何本もの路面電車が行き交って行った。

道行く人も少なくなる。



「どうしよう、今何時ごろかな?」



この買い物。確か高さんが今日の夜使いたいと言っていた。



「急がなきゃ、でもどうしよう」




普段ならちょっとコンビニに寄って、ビニール傘を買ってしまえば良いが、今は大正時代。


コンビニなんて存在する訳が無い。



「困ったなぁ」


濡れた着物が体温を奪い、体が冷たくなる。



「さぶっ、」





ガラガラガラ…



冷えた体を擦っていると、本屋の引き戸を開けて誰かが出てきた。



「あっ、」



出て来た人を見てビックリする。


松木宗嗣だ。




「あんた…」



松木宗嗣も私に気付く。



「ど、どうも」


「……。」



そのまま傘を差して去ろうとする。



(無視かよ)




と、松木宗嗣が立ち止まった。



「あんた 傘は?」


「……ない」



恥ずかしながらも素直に答える私。




「そう」



そう言うと戻ってきて傘を差し出した。



「えっ?」



思いもよらない行動に躊躇する。



松木宗嗣は傘を閉じると、又軒下に入ってきた。



「傘ないんだろ?ほら」



横に立ったまま、今度は閉じた傘を差し出す。



「あ、」



差し出された傘を思わず掴んでしまった。


そして買い物籠を顎で指す。



「高さんに頼まれたんだろ?遅いとタマも心配する」


外方を向く松木宗嗣。



(何?照れてる?)



「ありがとうございます。」



お辞儀をした。


なんだか私も照れてしまった。


「松木さんはどうするんですか?」


「俺は別に急いでねぇし、近くに知ってる店もあるから適当に時間潰してく」



外方を向いたまま答える。


(この人って…自分無器用なんで、ってタイプの人間なんだ)




案外 いい奴かも。



まじまじと横顔を眺めてしまう。



最初にあった時とは違って、今日は服装も髪形もサッパリと整えられていて、以前本人が言っていたように中々の男前だ。


ロン毛のモジャモジャは健在だけど。




私はもう一度頭を下げると、傘を差して走り出した。


「げっ!!」



と雨に足を捕られ派手にすっ転んでしまった。



ブチッ、



鈍い音を立てて何かが切れる。



「いったぁ〜」



顔を擦り剥いてしまった。


(もぉ、私って何回転べば気が済むのよ!!)



自分に呆れてしまう。



すると本屋の軒下から私以上に呆れ顔した松木宗嗣が近づいてきた。




「あんた何やってんの?」


転んだ私を見下ろす。



「……」



(恥ずかしい…逃げたい)


????



その場から動けない私に手を差し伸ばして、私を引き起こす。



「あ、いたっ、」



腕に激痛が走る。

腕を見ると、血が滲んでいた。




「あんた間抜けだな、さすがタマの友達だけあるよ」


そう言うと腰に差していた手拭いで腕を巻いてくれた。



「ありがとう…あっ、」



頭を下げると、下駄の鼻緒が切れていた。



「あ〜あ、最悪」


「ん?」



私の視線の先を追って、松木宗嗣も鼻緒の状況を理解する。



「ぷっ、」



松木宗嗣が吹き出した。



(笑っ…た?)



「あんたって、何から何までついてねぇなぁ」



松木宗嗣は笑うと自分のモジャ毛を束ねていた紐を解いて鼻緒を作ってくれた。


「どうも…」



恥ずかしくて小声になってしまう。



「早く 帰んな、着物着替えねぇと風邪ひくぜ」



そういう彼は

もうかなりの濡れ鼠だ。


私に傘を貸したから…。



落ちた傘を拾って寄越すと、じゃあな と言って走り去って行った。


その時の彼の笑顔は、とても爽やかで優しかった。


(あの人 あんな顔するんだ…あ、急がなくちゃ)



私は彼に借りた傘をしっかりと握りしめ、足早に《モダリスタ》へ向かった。

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