第4話:『モダリスタ』
粋でいなせな着物美人に腕を引っ張られ、果たしてマヤは何処へ連れて行かれるのでしょうか…そして着物美人の正体は?第1の扉《大正ロマネスク編》の始まりはじまり〜。
今私はとある喫茶店のカウンター席で、小紋の着物を着てクリームソーダを頬張っている。
あの後彼女に拉致られた私は、大通りの路地裏にある《モダリスタ》というお店に連れて行かれた。
中に入ると、三十前後の男性が一人いて、テーブルを拭いていた。
「お帰り……あれ?」
「ちょっと…」
彼女は男性に近づいて行くと何かを話す。
「了解」
男性は頷くと、カウンターの奥に消えた。
「こっちだよ」
彼女は私を促すように言うと、先程 男性が消えていったカウンターの左奥にある階段を上がり、二階の一部屋に私を連れて行った。
「スカート脱いでこれに着替えて」
箪笥から着物を一枚取り出す。
「きも、の?」
着物なんて、成人式以来だ。ましてや着付けなんてやったことがない。
(着れる訳ないじゃん、無理無理っ!)
「まさかあんた、着物着れないの?」
おたおたしていると、彼女に気付かれた。
(この歳になって着付けも出来ないなんて恥ずかしい…)
「あんたってお嬢様なんだねぇ」
彼女が呆れた声を出す。
「お嬢様じゃないけど…」
何て恥ずかしい。この三十〇年、大体の事は一人でやってきた。こんなところに盲点があったなんて…今のご時世着付けなんて必要ないしさ…ぶつぶつぶつ…
頭の中で自分の腑甲斐なさを呪っていると、彼女が私の洋服を脱がせ始めた。
「えっ、ちょっと、何してるんですか!?」
脱がせまいと自分の体を抱きしめる。
(まさかこの人、その気があるんじゃ…やばい貞操がっ)
焦る私を尻目に、彼女はブレザーを剥ぎ取る。
(三十過ぎてこんな…こんな世界を知ってしまうとは…)
「私そんな、無理です、無理無理っ!!」
「何言ってんの?着付け出来ないんでしょ?あたしがやってあげるから早く脱いでよ」
………………。ははははは(笑止)やばいのは私だろっ、このエロ三十路っ!!
私は頬を紅く染めながら素直に従った。
◇◇◇
着付けも無事に終わり下のお店に下りていくと、カウンターには白いアイスクリームをたっぷり盛られた緑色をした液体が置いてあった。
「どうぞ」
テーブルを拭いていた男性が、優しい笑顔と共にその飲み物を差し出してくれた。
「有り難うございます」
軽く会釈をする。
外の熱気にやられたのか、喉がかなり渇いていたので、遠慮なくクリームソーダをいただく。
冷たい緑色の液体は渇いた喉を潤しながら、胃の腑におちていった。
「冷たくて美味しいっ」
「でしょ?」
男性が嬉しそうに微笑む。
柔らかい微笑みだ。
「うちの店で、結構評判がいいんだよ」
「うちの店?」
「そう僕の店」
どうやら《モダリスタ》のオーナーさんらしい。
「オーナーさんですか?」
「オーナー?あぁ、店長ってことか。そうだよ、僕が店長さん」
細身でスラッとした長身なスタイル。髪の毛はさっぱりと七三に分けられていて、切れ長の細い目には楕円形の銀縁メガネがかかっている。
外見はインテリ系で、学校の先生か何かお堅い職業の人のようだ。
「やっぱり見えない?」
私の心を読んだかのように彼は、話しかけてきた。
そして照れ笑いをする。
「いえ、別にっ…」
見透かされてしまったようで、ちょっと慌ててしまった。
「いいんだよ。たまちゃんにも良く言われるから」
そう言ってこめかみを掻く。
「たまちゃん?」
首を傾げる。
(誰のことだ?)
「えっ、たまちゃんの知り合いじゃないの?」
「たまちゃん、てさっきの女性ですか?」
「そうだけど……えっ?」
今度は店主が驚く番だった。
◇◇◇
私は店主にここに来てから、今迄の経緯を簡単に話した。
勿論彼女に会ってから後の話しだけ。
すると彼は大笑いした。
「はははは、そうなんだ。たまちゃんらしいね。それじゃあ、ビックリしたでしょ?ごめんね。でもあの子には悪気はないんだよ。面倒見がいいというか、お節介というか…」
「誰がお節介よ」
声がする方へ顔をやると、階段から彼女が下りてきた。
噂のたまちゃんだ。
「人がいないと思って、悪口言ってたんでしょ」
たまちゃんが店主を睨む。
でも顔には笑みが浮かんでいる。
「ははは、悪口だなんて人聞きが悪いなぁ。さすがたまちゃんだな、って感心してたんだよ、ねっ」
店主が私に同意を求めてきた。
美味しいクリームソーダのお礼に、店主に頷き返してあげる。
「でもたまちゃん、ちゃんと名乗らないと怖がられちゃうよ」
「あれぇ?あたし名乗ってなかったっけ?」
素っ頓狂な声を上げるたまちゃん。
その様子を見て店主が私に囁く。
「ね、悪気は無い子でしょ?普段からああなんだから」
くすっ、と笑う。
思わず私もつられて笑ってしまった。
「なぁに?又あたしを仲間外れにするつもり高さん?」
たまちゃんは腕組みをして、ぷぅと口を尖らせた。
◇◇◇
自己紹介がまだだったので、
お互いに名前を教えあった。
店主は《浅野高宣》という名前で、歳は二十八。三年ほど前からここでお店を営業しているという。
たまちゃん曰く、あまり店主らしく見えないので、店員さんや常連さんからは《高さん》とよばれているらしい。
私を助けてくれた彼女は、《笹川たま代》歳は十八。《モダリスタ》の女給さんで、夢を追って田舎からこの町にやって来たという。
「夢?」
「そう、あたし女優になりたいんだ」
「女優さん?」
「うん。大きな舞台に立って、いっぱいお客さんがいる前で思いっきり歌を歌いたいんだ」
たまちゃんの瞳は輝いている。
「この店は、その為の第一歩ってとこかな」
(なんて大きな夢を持ってるんだろう)
たまちゃんが楽しそうに話を進める。
「ここはね、昼間は珈琲や軽食を出すだけの喫茶店なんだけど、夜になるとお酒も飲めるダンスホールになるんだ」
「へぇ〜」
私は店内を見渡す。
緩やかなドーム型を描く木目の天井。そこにある大きくて見事な硝子細工の照明。店の奥には等身大のクラシカルな振り子時計が飾られている。
横には赤い布を掛けた台のような物が見える。
フロアに向けば黒く艶のある木製の椅子と丸いテーブルが目に入る。窓には色硝子が嵌め込まれていて、近くには寛げるソファーまで用意されている。
なかなか小洒落た趣きだ。
「ここが?」
「そう。昼間はあんまり冴えないけど、夜は凄く綺麗なんだよ」
「冴えないは余計でしょ」
横から高さんが突っ込みをいれる。
「だって本当の事じゃない。あたしは夜の方が好きだもん」
たまちゃんが微笑む。ふわっ、とした笑顔はまるで華がほころぶようだ。
(かわいいっ!)
同姓ながら、たまちゃんの可愛らしさには惚れ惚れしてしまう。
「そうだよね、たまちゃんは夜の方が好きなんだよね。やっぱり」
(やっぱり?)
たまちゃんは、お酒が好きなのかな?
私も大好きだけど…
「そうそう、」
思い出したように、突然たまちゃんが話しをかえた。
「マヤの洋服、綻び直しておいたからね!あと転んだ時汚れちゃったみたいだからついでに洗濯しておいたから」
「えっ?」
「大丈夫!これでもあたし お裁縫得意なんだから。綻んだ場所は全然わからないから安心して」
(洗濯って…)
じゃぁ、着替えがないってこと?
私どうすれば…
そんな不安もたまちゃんの次の一言で、一気に吹き飛んでしまう。
「だから、洋服乾くまでここにいなよ。何なら二階に部屋も空いてるし、ずぅっといれば?」
(ず、ずぅっといればって…そんな簡単に)
「見たところマヤ 洋行帰りみたいだし、どっかのご令嬢なんでしょ?」
(だから、違うって)
「そんなご令嬢がこんな所を一人で歩いてるなんて、あたしと同じでしょ」
「同じ?」
「家出」
たまちゃんは断言する。
……。
(なんでそうなるっ、てかあんたは家出して来たのか?)
たまちゃんはまだ続ける。
「あれでしょ、留学かなんかする為に外国に渡って帰って来たけど、政略結婚かなんかさせられそうになって家を出てきたんじゃない?そうでしょ、そうでしょ」
(だれか 彼女を止めてくれぇ〜っ)
私は唯一止めてくれそうな相手を見つめる。
高さんはニコニコしながら、楽しそうにたまちゃんの話しを聞いている。
(おい おい、保護者よ)
益々たまちゃんは話しに熱が入り、熱く語る。
「そりゃそうよね!折角遠くまで行って勉強して帰って来たのに、家の都合で結婚させられるなんて頭にくるわよね!今は女性も社会進出する時代なのよ!」
拳を握るたまちゃん。
(その妄想力……たまちゃん、あんた一流の女優になれるよ…)
と、突然手を握られる。
(!!)
「あたし応援するからねっ!高さんも応援してくれるよね」
そして高さんを見る。
高さんは微笑みを絶やさぬまま、たまちゃんに頷いた。
(高さん、それでいいのか?おかしいだろ今の話は)
私が目で訴えると、高さんは なにっ?とおどけた顔をする。
……そうなのね。
「そうと決まったら、ここに置いてあげよう?部屋だって沢山余ってるし、いいでしょ?」
(ここに置くって)
「ぜんぜん構わないよ。理由がどうあれ、もし行く所が無いなら何時までも居てくれてもいいよ。どうせ二階の貸部屋も僕のだから、好きに使ってくれて構わない」
「えっ?」
僕の、ってさっき二階に上がった時に少し眺めただけだが、ざっと数えても十部屋はあった。
それにこのお店。ダンスホールになる程広いし、置いてある調度品も素人目から見ても、なかなか良い物のようだ。
(この人いったい 何者だ?)
そんな私の疑問を余所に、高さんは微笑んだまま私の返事を待っている。
(どう見ても、気弱そうな学校の先生だけどなぁ)
「はぁ…」
「高さんもこう言ってくれてるし、ここに住んじゃいなよ、楽しいよ」
うーん…どうせこの後どうすれば良いか解らないし、ルナが言ってたモノも探さないといけないからなぁ…滞在地が必要か…。
「これでも 夜はかなり忙しいんだ。手伝ってくれると有難いんだけどな?ねっ?ねっ?」
たまちゃんが 子犬のような切ない顔で覗きこんできた。
(……この顔 弱い…)
かくして今日から私は、たまちゃんの妄想力と高さんの親切により《モダリスタ》の住人となった。
たまちゃんと高さんとの出会い。これからどんな生活が待っているのでしょうか…。そしてアルモノは見つかるのでしょうか。少しずつでも頑張って書いていくので、又見に来て下さいませ。(礼)