第3話:大正ロマネスク
風変わりな格好した住人達…町を行くレトロな乗り物…。果たして扉の中の世界とは?第1の扉がいよいよ開きます。
気が付くと街の往来に立っていた。明るい日差しが頭上から照りつける。少し蒸し暑い。
柳の木が植えられた大きな通りには、路面電車が走っていて、煉瓦造りの西洋建築が立ち並ぶ。
通りの向こう側には、石造りの立派な建物が見えた。
「ここどこ?」
突然の景色の変化に、まだ頭が上手く回らない。
滑稽なほどに頭を膨らませた着物姿の女性。羽織袴に帽子を被った和洋折衷な出で立ちをした初老の紳士。丸い黒縁メガネをかけ、足早に走り過ぎるスーツ姿の男性。
向かいからは袴姿にお下げをした学生風の女の子達が歩いてくる。
(これってば正にハイカラさん時代?)
確か私、扉を開けたはずなんだけど…何処かの撮影現場にでも来ちゃったのかな…
にしても、音とかやけにリアルだ…
路面電車の鐘の音。大通りを行き交う車の騒音。遠くから流れてくる軍歌。そして馬の蹄の音…
(ん?蹄?えっ?)
「どきなっ!」
「!!!」
突然後ろから叫ばれる。
慌て飛び退くと、背後にあった街灯にぶつかって思いっ切り尻餅を付いてしまった。
「いったぁ〜」
叫んだ方を振り返ると、人力車が物凄い勢いで走り去っていった。
(人力車って…)
私まさかタイムトリップしちゃっ……た?
思考回路がショートした。尻餅をついたまま動けなくなってしまった。
「ちょっとあんた、大丈夫かい?」
呆然としていると女性に顔を覗かれた。
はっ、として我に帰る。
「あっ、大丈夫ですっ!」
慌てて立ち上がろうとしたが、お尻が痛くて上手く立ち上がれない。
「ほら」
女性が手を差し伸べる。
「すいません、有り難うございます」
私は女性の手を掴むと立ち上がってスカートの汚れを払った。
歳十八・九くらいだろうか。丸顔で肌理細やかな白い肌にパッチリした二重。口元には淡い紅色の口紅を付けている。栗色の混ざった黒髪は、しっかりとウェーブがかかり耳を隠していた。
どちらかといえば、可愛い印象をあたえる女性だ。
「まったくひどいヤツだねぇ」
彼女は人力車が去っていった方向を睨みつけると、腕を組んだ。
「私もぼーっとしてたから」
「そうだね。ぼーっとつっ立ってたあんたも悪いね」
すっぱりと言い捨てる。
(き、きつい…)
この人見かけに依らず、きっついなぁ。
思わず苦笑いをしてしまう。
「でもあんな危ないもの動かしてるんだ、あいつももっと気を付けるべきだよ。それに」
私の方へ振り返る。
「あたし、金持ちは嫌いなんだ」
悪戯そうに首を傾げると、にこっ、と微笑んだ。
(かわいい…)
優しく微笑む彼女はお人形さんのようだ。
「あんた怪我してないかい?」
「大丈夫みたいです。あっ!」
スカートのお尻の部分が破れている。きっと、さっき尻餅をついた時に擦れてしまったのだろう。
「どうした?血でも出てるのかい?」
彼女が今度はお尻を覗き込む。
「あ〜あ、破れちゃってるねぇ。それなら…」
腕を強く掴まれる。
(???)
「あたしに着いてきな」
「えっ?あっ、ちょっ…」
腕をぐいぐいと引っ張られる。
(着いてきな、というか勝手に連れて行かれてるんですけど!?)
そんな心の声が届くはずもなく、私は彼女に拉致られていった。
これから登場人物もどんどん増えていきます。ちなみに第1の扉の舞台は大正時代の銀座辺り、かな?お楽しみに(礼)