第2話:ルナ
登場人物は2人です。どうぞご覧くださいませ。
私は暗闇の中に立っていた
何一つ 音は聞こえない。
向かい側にある青白い光が次第に大きくなって近づいてくると、そこが細長い廊下で、私はその廊下の始まりに立っていることに気づく。
両側には、ホテルのような形も色も同じ扉が均等な間隔にいくつも並んでいた。
光の中にあの天使の姿が見える。
「改めて。ようこそ私のエリアに。自己紹介が遅れたが、私はこのエリアの案内人 ルナ=クレッセント。
天使ではないよ、君のホストだ」
宜しく、と言って黒いシルクハットを脱ぎ挨拶をする。
「私は有佐真夜」
私もつられて頭を下げてしまう。
…えっ?今何か見てはいけないものが…
頭を上げて彼を見る。
そして、シルクハットが除かれた頭を見て目が離せなくなった。
「みみ、耳!」
今までシルクハットで隠れて分からなかったが、漆黒の髪に紛れて三角形の小さな黒い耳が覗いていた。
「そう耳だよ、当たり前じゃないか。君は面白いことを言う」
(当たり前か?耳がついているのが当たり前なのか?)
私の反応を愉しそうに見ながら、彼 猫耳男は笑っている。
「あ、当たり前な訳ないでしょう?普通はないから!」
「そう?でも私には付いているよ。猫だからね」
そして鳴く真似をする。
猫の天使か?猫でも死んだら天使になるのか?でも天使じゃないっていってたし…じゃ、
長く生きた猫が死んだ後猫男なったんだ、そうかこれは猫又だ!そうしよう!
あまりにも理解不能な話なので、勝手に自分ながらの持論を組み立てて理解しようと頭を悩ませる。
その様子が可笑しかったのか、猫又はまたにやにやしている。
「ほんとに君は面白い子だね」
この飄々とした態度が謎をますます深くする。
彼と話していると、まるで狐につままれたみたいだ。
いや、この場合猫につままれたみたいだと言うべきか…
「そんなことよりも、本題に入らせてもらっても構わないかな?」
?マークが飛び交っている私を無視して、猫又は切り出した。
「本題?」
「そう。なぜ君がここに来たのか。そしてこの後どうすべきなのか」
(そうだ、それを確認しなければどうにもならない)
「Mr.ルナ=クレッセント」
「長いからルナでいいよ」
…紳士ぶってるわりに、結構アバウトな奴だ。
「じゃあ ルナ。ここは何処?」
「エリアだよ」
…。
「どんな場所?」
「どこでもないどこか」
………。デジャブか?
「さっき言ったと思うが。君は面白いね」
…。(苦笑)
やっぱり奴と話していると、頭が痛くなる。
このままでは永遠に話が進みそうにないので、他の質問に変える。
「ルナはさっき 私のホストだって言ったけど、なぜここに連れてきたの?」
「君が呼んだからだよ」
(だから呼んでないって)
「私はルナのことなんて知らないわ」
ルナは一瞬寂しそうな顔をした。
「私は知っているよ。今も昔もずーっと。私は君の傍にいた」
「えっ?」
こんな美形な猫耳青年なんて知らない。もし会っていれば、絶対記憶している。
違う意味でも。
「いつも君の傍にいたから、私が君をここへ連れてくることが出来たんだ」
優しく微笑む。
少し憂いを帯びたその微笑みは儚くて、ちょっと母性本能をくすぐられてしまう。
「どういうこと?」
「私は君を見ていた。だから君が望んだように、ゲームをすることにしたんだ」
ルナは私の質問を軽くスルーして、また新たな疑問を投げかけた。
「ゲームって?」
ルナの瞳が細くなる。
「簡単さ。君が望めばすぐにでも戻れる」
「望むって…」
「このエリアから君の世界へ戻ること」
「当たり前よ。今すぐにでも戻りたいわ」
こんなエリアだかなんだかって訳のわからない場所、早く出たい。
「本当かな」
「本当よ!」
「でも、今君は望んではいないよ。私にはわかるんだ」
ルナの口角が上がる。
そんなことはない。でも…
分からなくなっている。自分がどうしたいのか。帰りたい気持ちは勿論ある。
仕事だって無断欠勤する訳にはいかない。戻らなくちゃいけない。でも…
「…もし望まなければ?」
何を聞いているんだろう。そんなこと思っていないのに…
「どうかな」
ルナが深い瞳で私を見つめる。すべて見透かされてしまいそうだ。
「私のホストなんだから教えてよ!」
恐れを振り払うように、少し強い口調で尋ねる。
私を見るルナの細く黒い瞳に、鋭い光が宿る。
萎縮してしまう。
「どちらにせよ、君は君の望むものを見つけるよ」
そう言ってから頬を緩めると、持っていたステッキで廊下の扉を指した。
「この扉はいろいろなエリアの入口だよ。それらのエリアは全く違うものだが、すべてが繋がっている。君はこのエリアであるものを見つけなくてはならない。それがなければ戻れないからね。でもそれは君が心から望まなければ現れないし、見つけ出すことは出来ない」
「宝さがし?」
「そうだね、君にとっては大切なものをを探すんだ」
唐突にゲームに参加しろなんて、それは参加し難いだろ。
ルナは続ける。
「でももし君が望まなければ、それでも構わない」
望まないってことは即ち…
「それじゃぁ帰れないじゃないっ!」
「そうだよ。私はそれでも構わない」
ルナは優しい瞳を私に向けた。
(な、なんでそんな目で見るのよ)
私は構う!一生こんな場所なんて御免被りたい。
(何としても見つけ出さなくては!)
「…それは何?どんな形をしているの?」
「申し訳ないが、私にも解らない」
「えっ!?」
ありえない答えが戻ってくる。
「君にしか分からないんだ」
(何を 言っている?)
「で、でもそれじゃぁ、何を探したらいいのか分からないわ」
「君にしか見つけだせないものなんだ」
どんなものか分からなければ、どうする事も出来ないじゃないか。
「じゃあ、ヒントを出してよ」
ルナを見据える。
「私は知らないんだ」
困った顔をする。
でもその顔は私には、単なる形にしか見えなかった。
(嘘だ、知ってる。知っているなら教えてくれればいいのに。)
彼の口元から短く息が洩れる。
「これ以上知らないし、知っていても教えてはいけないんだ。そういうルールなんだよ」
(と言うことは、知っているということじゃないか!)
私は言い返えそうと口を開いたが、その後の言葉が出せなかった。
ルナがとても悲しそうな表情で私を見ていたから。
その瞳からは今にも雫が溢れてきそうで…そう哀しみと、愛しさと、切なさがご茶混ぜになっている、そんな顔をしている。
(だから、そんな顔で見ないでよ、調子が狂うじゃない)
「私は知らないんだ」
同じセリフを吐く。
何も言えなくなる。
闇色の瞳が私を見つめる。
その瞳を見ていると、さっきまであれほど恨めしいと思っていたこの男が愛しいとさえ思えてしまう。
「解った。これ以上は聞かないわ。後は自分で考える」
「そうだね」
彼の顔がほころぶ。
(でもわかる訳ないのよね、今のままじゃ)
ふぅ、とため息をついてしまう。
どうしよう。
「では一つだけ」
ルナが口を開く。
「それは君が失った数だけ現れるんだ」
(失った?なんだ?今度はなぞなぞか?)
彼を見ると、先程までの表情は消え、初めて会った時の狡猾な顔に戻っていた。
(こ、こいつっ)
前言撤回。やっぱり愛しくなんてない。少しでも同情した私は愚かだ。それにこの反応、まさか…
「心が覗けるの!?」
「今解ったのかい?だから君の心が解るんだよ。どうしたいのか、どう思っているのか。やっぱり君は面白いお嬢さんだ」
くくくっ、と笑うその顔は今や恨めしいだけだ。
私の馬鹿馬鹿っ!!
突然両側の扉が淡いクリーム色に光りだした。
「さぁ、時間だよ。どの扉を選ぶ?」
「えっ、えっとぉ…」
咄嗟に考える。
ルナは言っていた。世界は違っていても全ては繋がっていると…ということは、どれを選んでも余り変わらないということではないのか。
「それなら…」
向かって右側の、先程ルナがステッキで差した扉へ向かう。
「それでいい?」
「結局どこも似たり寄ったりなら、どれも一緒でしょ」
「そうか」
ふっ、と笑う。
「決まったのなら、これをあげよう」
そして銀色に光る懐中時計のような物を手渡した。
「時計?」
「いや、ペンダントだよ。これはこのエリアで君に必要なものだよ」
ペンダントを見つめる。
ちょうど片手に乗るくらいの大きさ。表も裏も不思議な幾何学模様の繊細な銀の細工が豪華なまでに施されている。
「きれい…」
思わず見惚れてしまう。
ルナが満足そうに微笑む。
「気に入ったみたいだね。良かった」
嬉しそうだ。
「それは大切な鍵。だから決して無くしてはいけない」
真剣な顔で言われる。
「わかった」
ペンダントをしっかりと首から提げる。
「あとは?」
「それで準備はOKだよ」
よしっ!
私は頷くとドアノブを握った。そしてクリーム色に光る扉を一気に開く。
中から温かい風が吹いてくる。
一歩踏み出すと、薄オレンジの光に包まれた。
どこからか声がする。
――望むのも望まないのも貴女の自由。でもこのゲームにはルールがあるんだよ。そしてルールには厳しい罰が存在する。
さぁ ゲームを始めよう。
貴女が勝つか私が勝つか。
すべては貴女の思うがままに…――
次の瞬間 薄オレンジの光が弾けた。
注)猫又…日本の伝説の妖怪。年をとった飼い猫が(一説では百歳以上とも)変化した妖怪。妖力があると人間の姿にも化けることができる。