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MOON  作者: 冴木悠
16/26

第15話:銀ブラ

「ちょっと、何処に連れて行く気?」




《モダリスタ》を出てから、ひたすら私の腕を引っ張って歩く少女に尋ねた。




「何処って《銀ブラ》に決まってるでしょう」




少女は私の腕を引っ張ったまま答える。




「銀ぶらって…」



銀座の街をショッピングとかお茶とかしながら歩く事なんじゃないの?




明らかに少女の行動はおかしい。


《モダリスタ》を出てから何処の店にも寄らず、ただひたすら私のか弱い腕を力強く引っ張って歩き続けるばかりだ。


「ちょっと、これじゃあ銀ぶらじゃないじやない!歩きっぱなしで!」




私は少女に掴まれている腕を払った。




「貴方もう疲れたの?だから年増って嫌よ」




少女は振り返ると溜め息をついた。


(このヤロ−!)



「そうじゃなくて!あんた何がしたいのよ!何処にも立ち寄らないし!この炎天下の中歩きっぱなしじゃ死んじゃうでしょーがっ!」


ぐぅ〜っ



腹の虫がなく。



「お、おまけにお腹だって空くわよっ!」




ただでさえ暑くて店から出たくなかったのだ。それなのに高さんの知り合いだと思って付き合ってやっている私を、この炎天下の中ひたすら歩かせるなんてどんな考えだ!




「はは〜ん、そう」



そう言うと少女は顎に手を当てて私を見た。



「何よ…」

少女が嘲笑する。



「貴方 知らないんだ。そうよね、無理もないわ使用人だもの。貴方ってホントに無知ね」



又嘲笑する。




(いちいちムカつくんですけど〜っ!)



こんなガキ 高さんの知り合いじゃなけりゃ、とっくに一発ぶちかましてるのに!





すると少女は又私の腕を捕った。




「教えてあげるから黙って私に着いてらっしゃい」


「は?」






不思議に思う私を無視して、少女は再び歩き始めた。




◇◇◇




「さぁ ここよ」



「はぁ…?」




私は白亜の三階建ての美しい建物の前にいた。


上を見上げるとそこには沢山のブラジルの国旗が翻り、建物の壁にはイルミネーションが飾られていた。


おそらく夜になるとそのイルミネーションが爛々と輝き《モダリスタ》のように多くの紳士淑女で賑わうのだろう。



白亜の壁には《カフェ パウリスタ》と書いてある。



「カフェ パウリスタ?」



(何だ?ここは。カフェって事は喫茶店だよねぇ…)



白亜の建物を不審そうに眺める私を見て少女が言う。



「さぁ 入るわよ」


「えっ?ここ…」




続く言葉を言わせる間もなく、少女は白亜の建物の中へ私を引っ張っていった。




建物の中へ入ると、芳しいコーヒーの香りが漂ってきた。


少女は窓側の空いている席を見つけると、その席へ歩いて行き座った。




私も少女に着いてその席に座ると店内を見渡した。




店はうなぎの寝床のように奥に長細く、フロアに配置された大理石のテーブルとロココ調の椅子には、山高帽姿の紳士や美しく着飾った品の良い女性がコーヒーカップを持って座っていた。




「いらっしゃいませ」

店内を観察していると、壁に立っていた少年が席へやってきた。




少年は海軍の下士官の軍服に似た白い制服を着ており、サッパリと切り揃えられた清潔感ある髪型に細面をした美少年だった。歳はまだ元服をむかえていないであろう、十五歳未満にみえた。




「あ…」



「コーヒーを2つ頂戴。それから…」



少女が私を見る。



「ドーナツとサンドイッチも」




(……すいません、気をつかって頂いて…)




分が悪く下を向いている私を尻目に、少女はスラスラと注文を伝える。




「かしこまりました」




美少年は爽やかな笑顔を残して颯爽と店の奥へ消えた。







「さてと…」



美少年が去ると少女は私の方へ向き直った。



「無知な貴方に《銀ブラ》を教えてあげないとね」



鼻で笑う。




(だから、それは止めろって!)



口を尖らせる私。



そんな態度を気にも留めず、《銀ブラ》が何なのかを話し始める。




「無知な貴方は知らなかったかもしれないけど、《銀ブラ》ていうのは銀座でブラジルコーヒーを飲むってことよ。何と勘違いしてるか知らないけど、本当に貴方って無知ねぇ」




(無知ですいませんねぇ)


そもそも私はこの時代に来てまだ間もない。やっとお金の価値感がついていけるようになった私が、《銀ブラ》とか《銀ぶら》の違いが解る訳がない。


私のいた平成では《銀ぶら》は読んで字の如く《銀座をぶらぶらする事》だ。


ブラジルコーヒーだの何だの何て知らない。




「あのぉ、お話中申し訳ないんだけど、コーヒー飲んだからって何があるの?」



すると少女は話しを止めて私の顔をマジマジ見た。




「何なのって、近くに居乍ら解ってないの?」



溜め息をついて呆れる少女。




(そこ迄呆れるほどか?ただコーヒー知らないだけで)



何か腹たつ〜っ!




「銀座の《カフェ パウリスタ》でブラジルコーヒー飲むのが今のステイタスなんじゃない!」



「すていたすぅ?」



若干八歳の子供から横文字が飛び出したぞ〜。




「そうよ。《鬼の如く黒く 戀の如く甘く 地獄の如く熱きコーヒー》って言葉知らないの?」




「地獄の如く?」



私は頭を悩ませる。



なんじゃ、そのキャッチフレーズは?


聞いた事ないぞ?




「まったく、何処まで無知なのよ貴方はっ。高様の店で給仕していてそんな事も知らないなんて…」



頭を振る。




「高様が可哀想だわ」



そして再び溜め息。




はいはい。

要するに 高様なのね…




「この《カフェ パウリスタ》はね…」




少女がこの店の歴史を語りだす。




はいはい 解ったから。



私はウザくなって又店内を見渡し始めた。


店内には階段があった。



「…二階ってどうなってるんだろ…」




「ちょっと聞いてるの?」


そう思って階段を見ていると少女が声をかけてきた。


「あ、あぁ聞いてるよ」



取り敢えず返事をする。



「貴方って無知なんだからこのくらい知って…」



「お待たせいたしました」



先程の美少年がコーヒーを銀のお盆に乗せて持ってくる。


お盆にはコーヒーの他に野菜が沢山挟まっているサンドイッチとドーナツ。それに特異な型をした陶器の砂糖壼が乗せられていた。



美少年はそれらをテーブルに丁寧に置くと、再び店の奥に去った。




「とにかく、百聞は一味に如かずよ!」



私はおそらく、一升は入るであろう大きなコーヒーカップを両手で持つと、口に運んだ。




黒く熱い液体が喉の中を流れ落ちる。




「美味しい…」




ブラジルコーヒーは芳ばしい香りが表すように、口の中をコクのある苦味で満たしたかと思うと、流れ落ちた後には爽やかな口当たりに包まれた。




「こんな美味しいコーヒーは初めて!」



「でしょ。この美味しさを知らないなんて、貴方人生半分は損しているわ」




少女は砂糖壼から砂糖を取り出してカップに入れると、コーヒーを口の中へ流し込んだ。




(って言いながら、あんたは砂糖を入れるのかいっ!)




ま、しょうがないか。


お子ちゃまだもんね。




「熱っ、」



少女が口元からカップを離す。



「ほら、気を付けて」



少女に注意する。



「解ってるわよ!だから子供扱いしないでって言ってるじゃない!」



少女は怒って私を睨むと、またコーヒーを口へ流し込んだ。


顔が赤くなっている。


恥ずかしさで照れているみたいだ。




(こういう仕草は可愛いんだけどな)




私はそんな少女の顔を見て微笑みながら、テーブルにあるドーナツを一つ摘んだ。


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