第14話:許婚
久方ぶりぶりの更新です。どうもすいませんっ。
「はい、どうぞ。お口に合うかわからないけど」
私はカウンターの奥から、高さんに習いたてのクリームソーダを作って持ってくると少女の前にある机に置いた。
「アイスクリンが少ないんじゃない?ま、いいわ勘弁してあげる」
そう言うと、少女はキンキンに冷えて微かに冷気の発っているアイスクリームを丁寧にスプーンで掬って口に運んだ。
「あ、つぅ、」
「あ、冷え過ぎてるから気を付けてね!」
「解ってるわよ!子供じゃないんだから」
少女は私を睨む。
(おぉ、恐い 恐いっ)
でも君はどう見てもまだガキンチョだよ。
そう心の中で悪態を吐きながらも、何とか笑顔を貼りつけて少女の隣の席に座った。
「それで貴方、名前は何ていうの?」
「…」
ぱくぱくぱく…
↑※アイスを食す音
無視かよ。
「あ、私は有佐真夜。貴方は高さんの知り合い?」
「…」
ズズズズ〜
↑※ストローの音
おいっ、何か言えよっ!
「此処まで一人出来たの?」
ズズズズ〜ッ
ゲフッ、
ゴホゴホゴホッ…
ムセる少女。
「し、失礼…」
少女が顔を赤らめて下を向く。
「くくっ、一気にソーダ水を流し込もうとするから出ちゃったんだよ」
少女の背中を擦る。
「大丈夫よ、もういい」
少女が手を払い除ける。
と 分が悪そうに外方を向いた。
(こういう所は駄々っ子みたいね)
ちょっと微笑ましくなる。
「ねぇ、名前くらい教えてくれない?折角ここで知り合ったんだから、ね」
少女の顔を覗き込む。
「……」
「………」
「華子…羽林華子〈うりん はなこ〉」
少女は外方を向いたまま渋々応える。
「華子ちゃんて言うの。可愛い名前だね。高さんの知り合い?」
高さんの名前が出ると、少女の頭が微かに動いた。
「高様は華子の恋人」
「恋人って…華子ちゃんはいくつなの?」
「八歳」
「八歳って…高さんが二十八だから…えっ、二十歳も歳の差があるじゃん!」
これって、犯罪でしょ!?
「恋愛に歳の差なんて関係ないわ」
少女が微笑む。
頬が少し赤らんでいる。
何 照れてる?
この子頬ぺた“ポッ”て赤らめて“一丁前に照れてるの!?
「華子と高様は、華子が大人になったら華燭の儀を挙げる仲なの」
「華燭の儀?」
華燭の儀…って確か何かの歴史小説で見たな。えっと…えっ?婚礼の儀って事じゃなかったっけ?!
結婚するの?高さんと?
頭がクラッシュする。
何言っちゃってんだ?この子。女王気質に狂言癖まであるのか?
痛い、痛すぎるぞ。
「ねぇ、華子ちゃん華燭の儀って意味知ってるのかな?」
少女はアイスを食べている手を止めた。
「当たり前でしょ。意味も解らなくて言う訳ないでしょ。貴方ってやっぱり馬鹿ね」
鼻で笑う。
ははは、こいつ 調子が戻って来たじゃないか。
さっき迄頬っぺた赤くしてウブッてたくせにぃ。
「そ、そうなんだ。華子ちゃんて頭が良いんだね」
私は顔を引きつらせながらも丁寧に答える。
(きっとこの子、高さんに憧れ過ぎちゃって妄想しちゃってるんだ)
よくあるもんね、このくらいの女の子って。自分に優しくしてくれた年上のお兄さんとかに憧れて
「将来お嫁さんになるんだぁ〜」とか言って、しまいには恋人と勘違いしちゃってる子。
他の女の子とかが近付くのも邪魔したくなるって事。
なぁんだ、そう考えたら狂言癖も可愛いものじゃないかぁ。
よしよし、優しいお姉さんは付き合ってあげるぞぉ〜
「そうか華燭の儀を挙げるんだね、おめでとう。でもいくら婚約者に会いたいからって一人で来たら危ないよ?」
優しく頭を撫でる。
「一人じゃないわ」
少女が私を振り返る。
「でも、今一人じゃない?」
「途中まで三村と来たわ」
「三村?」
誰だそれ?
「でも…」
少女がニヤッと笑う。
「邪魔だったから途中で巻いてやったわ」
「はっ?」
少女はそう言うと最後の一口を口の中へ収めた。
巻くっ、てあんたは犯罪者かっ!
て言うか 三村って誰?
又 謎が増えてしまった。
(まあ、いいか。高さんが帰ってきたら全てわかるもんね)
私は一つ溜め息を付くと、空になったグラスを洗おうと席をたった。
「ねぇ、」
グラスを持って席を立つと直ぐに、少女が話し掛けてきた。
「何?」
お代わりか?
私は振り返る。
「私ここにいるのもう飽きたわ。何処かに連れて行きなさいよ」
少女が命令する。
「はっ?」
「ここで待ってるの飽きたのよ。貴方と二人で息が詰まりそうだわ」
そう言って髪を掻き上げる。
おいおい、言ってくれるじゃないか。
そのセリフそのままあんたに返してやるっ!
「そう。でも留守番してないと…」
「貴方 私が言ってる意味解ってる?」
少女が馬鹿にしたように聞く。
だからその態度ムカつくんだってばっ、
「解ってるけど、高さんに留守番頼まれてるって言ったでしょ?」
お前こそ 留守番の意味わかっとんのかい?
留守番…留守居の事。外出して家に居ない時に家を守る人の事。
家から出るなって事でしょ〜がっ!
広辞苑をひけっ、広辞苑をっ!
私は無視してカウンターへ消えようとした。
だが少女はそうさせてくれなかった。
再び言い放った。
「貴方 頭使ったら?何の為に鍵があるのよ。出口はここだけじゃないのよ?私が出かけたいって言ってんだから頭使いなさいよ」
「…………」
これが若干八歳の子供の言葉か?
もぅ、やだっ!
どう足掻いてもこのガキには太刀打ち出来そうにない。
本当はこのクソ暑い中外なんかに出たく無いだけなんだよな〜
ダメか。
これは私の我が儘なのか。
私は観念した。
◇◇◇
「で、何処か行きたい場所でもあるの?」
私はグラスを洗い終わって帰って来ると、少女に尋ねた。
「そうねぇ…折角ここまで来たんだから…」
少女が微笑む。
「銀ブラ」
「銀ぶら?」
「そうよ。一度行って見たかったの」
少女は目を輝かせる。
〈銀ぶら〉って…ウインドーショッピングしたりお茶したり、ただブラブラと銀座の街を宛ても無く歩く事だよねぇ。
この炎天下の中を
宛てもなく
ブラブラと歩いたら………
死んじゃうだろっ!間違いなくっ!
私を殺す気か、このガキはっ!
現代ならデパートなんかにはエアコンが付いてて、中々な冷却スポットにはなるが、今の時代それは望めない。
と、いう事は
間違いなく私を待つのは、熱射病だ。
「ちょっと、早く支度しなさいよ!」
人の気も知らず、少女が急かす。
もし熱射病になったら一生呪ってやるっ!
私は呪いの言葉を考えながら店の鍵を締めた。