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読書記録:「謎めいた肌」

 自覚している記憶と皮膚感覚が覚えている記憶。

 とだけメモして、読んで少したってしまった。

 思い出しながら記録していく。




 読んでいる時「残酷な神が支配する」を関連として思い浮かべた。

 以前にジェルミについて考えたとき、あえて除外した性暴力が与える影響について理解を深められるような気がしていたから。

「謎めいた肌」を読んで感じたのはジェルミの受けた行為は確かな暴力で、支配だった。

 くっきりと憎しみを感じて嫌悪していたということ。

「謎めいた肌」作中で幼い頃に同性である成人男性の性的な対象となったニールやブライアンの行為についての捉えは、もっと混沌としていて、収まるべき場所を知らない。


 それは彼らの受けた行為が虐待ではない、という意味ではない。

 彼らの捉えに確かさがない。

 おそらく行為を行う男の認識にも確かさがない。ただ欲望のままである。

 善悪の彼方にぽんと投げ出されたように行為だけがある。

 真っ白に圧倒される。



 そのことを思った時、ジェルミと母親の関係も同じようにジェルミにとってそれがどのようなものか捉えがたいものだったことを思った。

 不確かさ故に何が自身を傷つけていたのかを知るまで、ジェルミがわけも分からず翻弄されたことが思い浮かんだのだ。


 性暴力を振るう義父に対してジェルミは許せない、憎いと感じる確かさを持っていて。

 それは良くも悪くもエネルギーだった。

 対称的にどういうものなのか捉えがくるくる翻る母親との関係。

 それはジェルミからエネルギーを根こそぎ奪い、彼自身から彼を行方不明にした。



 憎めたら。

 敵という対象に収めることができる。

 憎しみに圧倒される苦しさは、けれどもとてもクリアだ。

 謎めいた捉えようのない霧の中にいる苦しさとは違う。




 だから「謎めいた肌」の訳者があとがきの中で、作者は「記憶の揺らぎを描いた」といっていたと書いてあったのがストンと落ちた。

「記憶の形成と再構成の物語」だから作者は価値判断を表現しない。

 いかにもな悪人として描かない。

 相当な覚悟じゃないかと思う。


 10にもならない男の子が同性である成人男性から性的な対象として扱われる。

 おそらく行為を要求した男にはそれ自体虐待だという意識はない。

 甘えはあっても悪意はないのだ。単なる欲望。

 無邪気なほどの。

 でも子供にとって大人が圧倒的な存在である以上、男がどれほど素直で純粋な気持ちだと言い募ろうと、それは侵略であり暴力となる。

 無邪気にせまり、エスカレートするおぞましさ。

 悪意はない。ただ欲望だけ。

 男は真に、純粋に悪魔だと思う。




 男の欲望に誇りを感じたニールの気持ちは、最初抑圧され捻じ曲げられて生じたものではない。

 選ばれたという高揚。


 でも行為は。

 エスカレートしていく行為のどのあたりまで彼自身のものだっただろうか。

 想像を超えた生々しい行為にいつのまにか圧倒され、自身の感覚をどこか飛ばして踏み込まれ蹂躙される。

 いつのまにか、だ。

 認められたい、特別でありたいという気持ちにつけ込まれ、無理を無理と感じないまま、強すぎる衝撃を真っ白に脳の外に飛ばして皮膚感覚で記憶する。

 虐待の瞬間だ。


 自覚している記憶は誇り。嫉妬。一番になりたくて。

 受け止めきれない行為をもしかしたら進んでやったかも知れない。


 恐れ、嫌悪。

 意識に上らない感情は皮膚感覚だけが記憶する。

 いつの間にか進んで気づかぬうちに傷つき抑圧されている。

 どうしてこうなってしまったのか、ニールにはわからない。

 彼は何が原因だったのかと問われたら自分が、と答えるのだろうと思う。


 圧倒して、そして姿を消した男の残した空漠を埋めようとニールは転落した。 

 同じ刺激。同じ感覚。強烈で圧倒的な何か。

 その生き方は強要されたものではないから。


 衝撃の自覚、理解はずっと遅れてやってくる。

 近すぎて全体を見ることが叶わなかったものを、なぞって辿ってわかろうとしたのだろうかとも思う。

 ちっぽけに扱われた私を、自尊心を置いてけぼりに。


 アンビバレントに引き裂かれ拗れたまま、収まるべきところがわからない。 

 もし収めるべき場所を見つける時が来たとして、その時ニールは男を憎めるだろうか?

 越えられるだろうか。

 立ち上がるパワーは奪われきっているのではないだろうか?




 ニールと違いブライアンは男の欲望を最初から全くおぞましいものと恐怖したのではないかと思う。

 恐ろしくて真っ直ぐにすべてを抑圧し、記憶の奥底に閉じ込めた。


 だからパックリと記憶の扉が開いた時、彼は圧倒され、恐れ耐え難く震えただろう。

 性に関連するものは恐怖。

 ブライアンにとってその記憶は自身の恐怖にまっすぐパズルがあうように符合していったのではないかと思う。

 彼は何が原因だったのかと問われたら、この出来事がと答えるだろう。


 ぶれた像が一つになるまで確かめきった後、苦しみ震えながらブライアンは男をクリアに軽蔑の枠の中に収める。

 嫌悪し、悪と断じ踏みにじることに躊躇しない。

 憎しみのコントロールに苦悩しながらもパワーは尽きることなく湧いてくるのではないかと思う。




 作中比喩、感覚描写がとてもしっくり来る翻訳で表現の露骨さも含め素晴らしかった。

 ニール、ブライアン対象的な二人がそれぞれちがう色を持って迫った。

 ニールは黄みがかった青で、ブライアンは赤黒く熟れきったスイカの色。

 シーンの印象が強いからだろう。


 いろいろと思い巡らせて今はそんなふうに思っている。


 この話も家族関係が丁寧に描かれている。

 こちらについてはまた保留にしておきたい。



掲載日2018年 11月13日 00時25分

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