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新世界

 世界はファビエンヌの歌声でナノという病原体が姿を消し、病が消えた人々は完全に姿を失った人々を処分し、何事も無かったように生活をし始めた。

 エノクという星は完全に廃墟となったが、俺達の故郷であるアガレス星は復興を始めており、都市部では戦争もキメラの襲撃も忘れたかのような日常を取り戻しているところもあるそうだ。


 伝聞なのは、俺がアガレス星を捨てて、オファニム星の住人となったからだ。


 公爵は死んだが、新たな公爵がオファニムの王となり、世界の復興へと動いている。


 あぁ確かに、ワッツは公爵の曾孫だと繰り返していたよ。

 あのフォルブス公爵がファビエンヌの母をベネディクトから奪えなかったのは、奴こそ妻帯者というろくでなしだったからに過ぎない。

 正妻の子供の子孫であるワッツ様が曽祖父を裏切るための策略を練っていたのは、当たり前すぎるくらいに当たり前なのだ。


 最後まで俺の副官でいようとしてくれたと、俺のあの日の感激を返して欲しい。


 そして奴は、若く美しい嫁迄手に入れた。


 アシュレイ・キアは、頭が寂しかろうが激しかろうが気にするような人ではなく、判断基準が有力者か金持ちかだけであるという、清々しい女性なのだ。


 ワッツめ、苦労しやがれ。


 さて、軍服を脱いだ俺だが、今は庭師となって王宮の巨大な池の管理人ともなっている。

 鯉や亀が泳ぐ池に大きなさざ波が立ち、そこから乳白色の丸い頭が付きだした。


「ファビエンヌ。お早う。」


 彼女はぬるぬると泳いで岸まで来ると、大きな頭をぺこりとへこませた。

 今の彼女は全長五メートル程度の小ささなので、彼女をフォルネウスという恐ろしい星へ放つことはまだ出来ない。

 彼女の希望はオファニムの王宮の池で飼われる事ではなく、女王らしくフォルネウスで君臨する事である。


 しかし彼女がまだ王宮の池で我慢してくれるのは、彼女がフォルネウスでは俺が死んでしまうと頑なに信じているからに過ぎない。


 彼女は知らないが、今やフォルネウスの大気は浄化され、水と食料さえあれば人は生きていける、ぐらいの環境となっている。

 ただし、虫はフォルネウスで繁殖しているし、クラーケンも悠々と金属の海を泳ぎまわってイングジラル鉱石の採取を人間から阻んでいる。


 俺は可愛い彼女の丸い頭を撫でた。

 彼女は嬉しいのだよ、と一目でわかる顔文字のようなへこみを頭に作って俺の愛撫に答えてくれた。

 俺は彼女が喜んでいる事が嬉しいが、彼女への望みだってある。


「いい加減に出てきてください。俺が悪かったです。」


 ぷいっと大きな頭を俺から背けた姿は、あの日の俺の素振りのようでもある。



 彼女は一度死んだ。


 歌い終わると同時に崩れ落ち、体を輝かせていた輝きも消えて、抱き上げれば魚屋に並べられて時間のたったイカのように冷たくぐんにゃりとしていた。

 俺は彼女を抱きしめながら泣きながら館内を歩き回っていた。

 そして俺はいつのまにやら研究室のような一角に迷い込んで、クラーケンの幼生が入っている試験管を見つけたのである。

 イルカの子供サイズの白いそれは死んでいるかのようにぴくりとも動かなかったが、ファビエンヌを抱いた俺が近づくと急に激しく動き出し、なんと触手を出すや試験管を破って襲いかかって来たのだ。


「わあ!」


 俺の腕からファビエンヌは奪い取られ、だが、幼生のクラーケンに巻き取られた彼女は輝き始めた。


「ファビエンヌ!」


 俺は彼女に近づき、クラーケンの幼生を刺激しないように恐る恐ると手を差し出し、ネオンの輝きを取り戻しつつある彼女の頬を撫でた。

 彼女の瞼はぴくっと動き、俺は目を閉じている彼女のその瞼に口づけようとして身を屈めた。


「つ!」


 彼女は急にがばっと起きあがり、彼女の額が俺の額にぶつかったのである。

 当たり前だが人間である俺の方が損害が大きく、俺は床に昏倒していた。

 目を開ければ目を開けたファビエンヌが俺を見下ろしており、彼女は俺に嬉しそうに微笑むと、小さなクラーケンを掲げた。


「よかったわ。小さなハルがいて。私にはガーディアンがいないと死んでしまうもの。これで大丈夫。」



 思い出した俺はそっぽを向いているファビエンヌに、あの日の俺の憤懣をぶつけた。


「俺はガーディアンに君が初恋の男の名前をつけても許したのに、俺が新しい船にガラテアってつけたことを許さないってどういうこと?俺の乗り物は、いつだってガラテアって名前って決りなのに。」


 俺は一応オファニム星復興の功労者として、新王様から新型の宇宙船をプレゼントさせている。

 イザとなったら一個師団もくれてやるぞと教官の顔で凄まれたが、ワッツ様はそのイザが来ないように頑張っているお人なので大丈夫だろう。


「どうしていつもガラテアなのよ。」


 拗ねた声を出したファビエンヌに、俺は心の中でガッツポーズを取りながら答えていた。


「好きな神話にちなんでいるんだ。」


「どんな?」


「女神に惚れて女神の像ばかり作り続ける男がいてね、そんな馬鹿男を哀れんだ女神が像に魂を入れて男にプレゼントしたって話だよ。人間になった女神像の名前がガラテアだ。俺は女神を手に入れられない男だからさ、ピッタリでしょう。」


 ばしゃん、と大きな水音を立ててファビエンヌが飛び上がった。

 いや、飛び上がったのはハルか。

 それは飛び上がって大きな池から抜け出すと、のしのしと東屋という名の庭師である俺の住処へと進んでいった。


「あれ、どこに行くの?」


 俺はニヤニヤしながら彼女の後ろ姿に尋ねていた。

 白い筈の彼女は、きっと真っ赤に染まっている事だろう。

 俺達は仲直りの為に東屋に行く。

 彼女はそこでするりと偽りの皮を脱ぎ捨てるのだ。

 俺はその続きを前回の行為と重ねてしまって、自分こそ顔が真っ赤になっていると慌てたように立ち上がると、美しい妻の本当の姿を抱きしめるために急いで彼女の後を追いかけた。


 いつか俺達はフォルネウスに戻るだろうが、脳みそがお花畑な俺達ならば、きっと幸せに暮らしていけるはずだろう。

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