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ファビエンヌ

 丸みのある軟体動物の頭頂部はラフレシアの花が咲くように裂け、そこに掴んでいた公爵を押し込んだ。

 公爵は悲鳴を上げなかった。

 悲鳴を上げたのは俺の方だった。


 クラーケンが、ガーディアンが、あのかわいい巨大なイカが、俺の目の前で崩壊していくのである。

 砂で作った巨像が崩れてくそのままだ。


「ファビエンヌ!」


 俺は慌てて階段を駆け下り、広間の中心へと走り、銀色に輝く乳白色の砂山を駆け上った。


「ファビエンヌ!」


 言葉をそれしか覚えていない子供のように、俺は彼女の名前だけを叫びながら、つるつるとする砂を必死でかき分けていた。


「ファビエンヌ!」


「少佐。」


 ワッツが俺の肩を叩いたが、慰められてたまるか。

 彼女は砂になんかなっていない。

 絶対に生きている筈なのだ。


「ワッツ、手伝ってくれ。ファビエンヌが!」


「少佐。」


 もう一度肩を叩かれ、俺は彼の腕を大きく振り払って彼を見返した。


「どうして手伝ってくれないんだ!」


 ワッツを見返した俺は、手どころか自分の時間を止めた。

 これまでの数分ぐらい巻き戻してしまいたいくらいだ。

 俺が掘っていた所から斜め五メートルくらい後方、つまりワッツの斜め後ろにファビエンヌが顔を膝に伏せて座り込んでいたのだ。


「あなたは意外と方向音痴ですよね。砂山に上りながら見当違いの場所に辿り着いている。だから指揮車に乗って欲しいのですよね。」


 俺は彼に不貞腐れたいつもの顔を見せると、俺が必死に探していた女性の元へと歩いて行った。

 ほんの数歩。

 乳白色に輝く白い彼女は静かに泣いていた。

 俺はあの夜の彼女が俺にしてくれたように彼女を抱きしめ、彼女の頭をあの日の彼女にしてもらったように優しく撫でた。


「わたくしのひとりよがりの決断が、父とハルベルトを壊してしまった。」


「俺はあなたに助けられてばかりだ。俺はあなたには塵のようなものですか。」


 彼女は何も答えず、俺は彼女が俺への好意はあってもそれ以上は無い事にかなり落ち込んでしまっており、落ち込んだのは俺が彼女に恋をしているからだと認めざる、いや、俺はハルベルトの日記を読んだ日からこの姫君を愛しているのだ。

 彼女という幻影を守りたいと軍隊に入り、そしてここにいるのである。

 俺は動かない彼女を抱き上げると、彼女を守るという誓いをもとに、彼女を安全な場所へと連れていくことに決めた。


「ワッツ。ここを脱出する。小型機はどこだ?」


「少佐。がっかりさせないでください。逃げる?ここに住めば良い。ここには食料のプランテーションもあります。人間の暮らしができる場所ですよ。」


「だが、ここではファビエンヌが死んでしまう。フォルネウスに戻る。」


「まって。」


 俺の腕の中の姫がようやく動き出し、彼女は自分の顔を覆っていた両手を外して俺を見上げた。

 俺がどうして彼女を落とさなかったのかわからない。

 俺は初めて彼女の顔を見た様な気がしていた。

 彼女を守る殻が消えた事で、彼女は人間だった時の姿を少し取り戻していたのだ。

 

 乳白色の肌に瞳は灰色の瞳が青や緑にとチラチラ輝くという、生きている人間というよりは人形のような質感は変わらずだが、だからこそ尚更に息をのむほどに美しいと、その一言しか出てこないのである。


 そんな夢の美少女が俺を一途に見上げて、懇願の瞳で俺を見ているのだ。


 彼女はそっと俺の胸に右手を当てた。

 あぁ、俺は心臓が止まってしまったかもしれない。


「あ、あぁ。どうしたの?何でも聞くよ。」


「だめよ。あなたはフォルネウスに戻ったら死んでしまう。あそこは死の星だわ。あなたはそこでは生きていけない。」


「でも俺は君を守ると決めたんだ。」


「でも!」


「間を取ってオファニム星に住むというのはいかがですか?」


 俺は口を挟んだワッツを見返し、彼が差し出した右の手の平にハルベルトからレティシアが盗んだというガラスビーズを手渡した。

 彼はにっこりと微笑むと、踵を返して階段へと向かって行った。


「彼は何を。それに、あれを渡すなんて。あれは他にも意味があったの?ただのお母さまの形見のガラス玉よ。」


「ハハハハ。姫様。これは姫様のガラス玉ではありませんよ。」


 俺はなんだとファビエンヌを抱き直すと、ワッツの後ろを追いかけた。

 彼は玉座へと昇り、公爵家の旗が掲げられていた王座の真後ろの壁の前に立つと、旗をビリっと音をさせながら壁から剥がした。

 旗が消えて現れたのは魔法陣ような形をした銀色に輝くコンソールだ。

 中心には目玉模様の青いガラスが埋まっている。


「これはハルベルトのお遊びです。彼は公爵とオファニムの反乱を企てて、そして全てをここに集約した。動かす鍵を大事なお姫様の思い出の品と同じにしてね。けれど、公爵と袖を分かつことになった彼は、形見の品をここに残し、鍵の方を恋人に手渡した。」


「恋人?」


 俺が尋ね返すと、ワッツはにこりと俺に微笑んだ。

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